第27話 王都1日目

 ダダン王国の王都は小高い丘の頂上に城が城下町を見下ろすように作られている。もちろん防衛のために作られたともいえる。周辺は平原になっていて、四方のどこから攻めてこられてもその姿は一目瞭然である。


 また、町を取り囲む高い壁とは別に、王城の周りにも塀と堀とで囲まれている。王城の周りには貴族街があり、貴族街にも壁が設けられている。


 王城は街の至るところから、その堂々とした姿を拝むことができた。どの角度から見ても王城の姿は変わらない。中心となる王城を取り囲むように、8つの尖塔が建てられ、ダダン王国を8つに分ける領地を現している。領主は当然のことながら、自分の領地に住んでいるが、領主の代理人や領兵が尖塔の下に詰めている。


 中心にある王城は装飾が遠くからでもわかるほど細かく施され、白と青を基調とした建物に天辺には丸い球根のようなものがのっている。その上にはダダン王国の象徴とも言うべき風の精霊を模した国旗がはためいていた。


 王都の町に到着したキトリーとルーは、宿を見つけると真っ先に貴族街へと足を運んでいた。ただ、王都はでたらめに広い。いままの街をすべて足し合わせたよりも広く、町の通りは複雑に絡み合い、小高い丘にできているために貴族街へ向かうには必然的に上りとなる。


 余りにも広すぎるゆえか、王都には乗り合いの獣車が走っている。幾つかの決められたルートを定期的に巡回するようになっていて、手を上げればどこからでも乗れるし、御者にお願いすればいつでも降りられる。その上、1回5リュートと庶民にとっても使いやすい値段設定になっていた。


 走るルートによって獣車の色が違うため、文字の読めない住民にも分かりやすくできていた。もちろん、役所へ行けば、ルートに関する案内もあるが、それよりも獣車の色と同じ時計塔が立っていて、向かう方向は大体想像ができた。


 通常の町には一つしかない。時計塔が複数あるというのも、この街の大きさを物語っていた。時計には時刻を知らせる大鐘楼がついていて、一日は午前10時間と午後10時間の20時間制で分針の代わりに文字盤の横には巨大な砂時計が付いていることなどは、キトリーにとって些細な問題で文字盤に時刻を表す針が一本しか付いていないのが、物足りなさを感じられいまだに慣れなかった。


 二人は乗り合いの獣車にのって、貴族街近くで降りると、貴族街と下町の間にある壁を通り抜ける。卑人である彼らが入ることを拒絶されるかと不安になっていたけども、幸運なことにそのようなことは無かった。壁には巨大な門があるため、時と場合によっては閉じられるようだが、日常的には開放されているらしかった。


 貴族街に入る前から、王族や貴族御用達の店が並んでいて華やいでいたけども、貴族街に入るとそれ以上の豪華さに目を見張るものであったが、雰囲気は一変して静謐に包まれていた。もちろん、一つ一つの建物の絢爛さや、門から屋敷までの距離など、いままの街では見られることの無かった光景にただただ圧倒されるばかりだった。


 貴族出身のルーでさえ、王都住まいの貴族は別格らしく「うちはこんなに大きくなかったですよ」と否定の言葉を発していた。貴族というのは通りを歩くことは無いのだろう、獣車が通れるほどの広い通りを歩くものはキトリーとルーだけで、時折御用商人らしき獣車や、貴族の獣車のカタカタと石畳を叩く車輪の音が響くくらいだった。


 そのため、屋敷の前を通ると門番らしき人々に不審者を見るような疑いのまなざしで見られていた。居心地の悪さを感じて、門の前を足早に通り過ぎるのが二人の暗黙の了解となっていた。


 二人が向かっているのは、ルーの弟が通っていた貴族学院である。

 入学の際には、ルーも一度だけ訪れたことがあるらしいので、大体の場所は記憶しているらしい。近づけば周囲の建物と違うのですぐに分かるそうだ。


「あれですよ」


 ルーが指差すほうには、レンガ造りの倉庫のような建物が立っていた。確かに、周囲の屋敷と比べるとあまりにもシンプルなつくりであることで逆に目立つことになっていた。貴族の屋敷と同様に建物の周囲には鉄柵のゲートがあり、実際の建物まではかなりの距離があった。


 唯一の違いは、ゲートに門番が立っているものの常に開いていることにあった。

 歩いて近づいてくるキトリーたちに警戒するような鋭い目を向けてはいるけども、呼び止められることは無かった。武器を携帯しているわけではないし、10代の成人したての少女二人組みというのは、怪しくても危険とは思われないのかもしれない。

 ゲートから建物へ続く道には植樹されていて、記憶にある木であれば春になれば満開の花を開かせるのではないかとキトリーは思った。


「ねえ、貴族学院への入学って春先?」

「ええ、そうです。キトリーも気付きました?この木、マーセンフローの白い花ってすごく良いですよね。春先になると満開になってあたりが真っ白になるんです。春は芽吹きの季節とも言いますし、長い眠りの冬があけ、新たなことを始めるには良い季節ですからね。それに、白はまだ何にも染まっていない純粋な色ですから、これからどんどん新たな知識を吸収するようにって願いもあるそうです」


 弟が入学したころの満開の木を思い出しているのだろうか、ルーの顔が懐かしそうに輝いている。キトリーは山で見たマーセンフローを思い出して、ルーに質問する。


「ねえ、たまに青い花が混じっていることがあるよね。住んでたとこ…」

「青いマーセンフローを見たことあるんですか!?」


 ルーが喰い気味に大声を出した。キトリーとしては毎年のことだったのだけど、珍しいものだったようだ。いつも見ている木には真っ白な花にまぎれて、一輪だけ青が混じっているのだ。複数のマーセンフローがあったのだけど、青が混じるのは一本だけで、それも毎年同じ木というわけではなかったのが不思議と記憶に残っていた。


「そんなに珍しいの」

「珍しいってものじゃないです。複雑な条件がそろわないと見られないそうですし、何より自生しているものじゃないと絶対に見られないって庭師さんに話には聞いていました。だけど、山に入るのは危険なので私は見たこと無いんです。一度で良いから見てみたいって思っていたんですけど、どこで見たんですか」

「私の洞窟の近く」

「ホントですか?どんな感じでした!」

「うーん。寂しそうな感じかな」

「寂しそう?」

「だって、周りが白い花をつけているのに一本だけ青っていうのがね。私も一人きりだったから、なんとなく仲間みたいに思っていたんだよね」

「…」

「別に一人で寂しいとか思ったり普段は考えないんだけど、その花見るとふっと思ったんだよね」

「じゃあ、キトリーにとって、その花はあんまり良いお花じゃなかったんですか?」

「ううん。そんなこと無いよ。私は花より緑のほうが好きだけど、あの花だけは特別だったかな。弟君が見つかったら春先に森に行ってみようか」

「是非!」

「そんなに力まないでよ。それより、ほら入り口だよ」


 長い長い道も終わって茶色い大きな建物の重厚そうな扉が目の前に来ていた。遠くから見ればレンガ造りの味気ない建物にしか見えなかったが、近づいてみるとレンガの一つ一つに装飾がほどこされ、一階と二階の境目や屋上近くのせせりだした軒下には魔獣の石造が建物を守るようにして鎮座していた。ここが貴族の建物であることが十分に分かる意匠が端々にまで凝らされている。


 分厚い木の扉を押し開けて中に入る。

 赤いふかふかの絨毯が敷き詰められていて、土足で踏み込むのが申し訳ない気持ちになる。広すぎる玄関ホールから正面と左右に扉があり、二階へと続く階段も見えた。


「どなたですか?」


 どっちに進めばいいのだろうと思っていると、左手の扉が開いて30代前半くらいの黒髪の男が声をかけてきた。真面目そうな印象から、学院の教師なのだろうかとキトリーは想像する。


「お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 こういうときの会話はルーに任せるべきだというのもあるので、キトリーは一歩下がって二人の様子を伺うことにする。


「なんでしょうか。ちなみにこちらは関係者以外立ち入り禁止なのですが、お二人は生徒の関係者ですか?とてもそうは思えませんが?」


 二人の服装を頭からつま先まで見下ろしてそう判断する。わざわざ指摘されるまでも無く、貴族らしくないことくらい理解している。なんで、貴族というのは一々嫌味ったらしいのだろうかと怪訝に思う。


「以前のという言い方になってしまうのですが、こちらの学院に通っていたアーバン・ローブ・エディンバラについて教えていただけませんか?」

「エディンバラ?ああ、あの」


 その名を口にするのも忌々しいというように、男の顔が一気に厳しくなる。平民以下、犯罪者というのはそれだけで嫌悪の対象なのだ。


「何も知りませんよ」

「知らないという顔ではないですよね。爵位が剥奪された後、彼がどうなったかご存じありませんか」

「どういう関係です?」

「アーバンは私の弟です。行方を捜しているんです。何かご存知ではないですか」

「知らないね。大体、ここは君等のようなものが来るところじゃないんだ。さっさと出て行けよ」


 二人の身元が分かった瞬間、彼の目つきが変わり敬語が完全に抜け落ちた。地面に落ちているゴミを見るような目で、しっしと二人を振り払う。だけど、ここで引くわけには行かないルーは縋りつくように質問を重ねる。


「分かっています。でも、弟が最後にいたのはここのはずなんです。学院を追い出された後、どこに行ったか知りませんか。もしくはほかに知っている人、知っていそうな人に心当たりはありませんか」

「だーかーら、知らないって言ってるんだよ」


 不機嫌さを隠そうともせずに、怒気を込めた声でルーたちを建物から追い立てた。抵抗するわけにもいかずに、押し出されるままに外に追いやられると、後ろで激しい音を立ててドアが閉じられた。


「少しくらい親切にしてくれても罰は当たらないと思いますよ!」


 ルーがぷりぷりと怒りながら建物から離れていく。キトリーは彼女が落ち着くように肩を抱いて横を歩く。予想したことではあるからと、安易に受け入れられるものでもないのだ。


「とりあえず、宿に戻ろう。毛皮も売らないといけないしさ」

「そうですね」


 「はぁ」とため息をついて、キトリーに同意する。

 二人は貴族街を出たところで、乗り合いの獣車に乗って、貴族街から宿屋の集まるエリアへと移動した。

 さすがは王都というところか、宿屋の数もほかの街と一線を画していた。卑人価格が健在なのは、いまさらであるが多種多様な宿がそろっていたおかげで素泊まり100リュート(卑人価格で200リュート)という格安の宿を見つけることが出来た。弟の捜索に時間をかけたとしても、1週間程度なら生活できる余裕もある。


 王都は広いとはいえ、探すべき場所は限られている。

 そのひとつ目が空振りに終わったわけだが。


 まだ、日が沈むには早かったので、宿に戻ったもののすぐに温泉で仕留めたショルイドヴァの毛皮の売却をするために再び町に出た。さっさと売却を済ませて近くの食堂に入ると、まだ夕食時には早いようで客は閑散としてた。


 注文したのはギブンという川魚のフライにサラダ。パンとスープはセットでついている。飲み物はいつものように、果実酒を注文した。


「当てはあるの?」

「アーブがくれた手紙に、何人か友人らしい名前が載っていたので、まずは彼らの家を訪ねてみようと思うんです。それで、ダメなら同窓生全部ですかね」

「それってわかるの?」

「大体ですけど。貴族の世界は広いようで狭いですからね。大体皆さん顔なじみなんですよ。特に私の家のように、地位の低い男爵家の場合、失礼のないようにすべての貴族の方の顔と名前を覚えるのに必死ですから」


 しゃべっている間に、注文した料理が運ばれてくる。


 油でカリッとあげられたおいしそうな匂いが漂ってくる。フォークを突き刺すとパリっといい音が鳴る。揚げたての熱々のフライを口に入れると、白身の淡白な味かと思ったら、とろけたチーズが流れてきた。濃厚な味が口の中に一気に広がる。

 予想外のうまみに笑みがこぼれた。


「おいしい」

「でふね」


 ルーが口をはふはふさせながら相槌を打つ。キトリーは果実酒に手をつける。果実の酸味が揚げ物とよく合う。パンを手に取り、食事をしながら会話も続ける。


「弟さんの友達って何人くらいいるの?」


「手紙に書かれていたのは2人だけですね。カーディフ男爵家、チェルムスフォード伯爵家のお子さんですね」

「伯爵家?子供同士だと爵位って関係ないものなの」

「チェルムスフォード伯爵様は、エディンバラと同じく軍人の家系なので、将来的には上司と部下の関係になるんです。だから、子供のうちから将来を見据えて仲良くしていただけかもしれませんけど」


 少し寂しそうな顔をする。ルーが貴族は友達が出来にくいと言っていた事を思い出す。出会った頃、身分を越えて友達になれそうなキトリーのことがとても貴重だったと旅の途中で聞いていた。


「二人とも、王都にいるの」

「ええ、それは大丈夫です。王都に住まいのある子供は寮に入らないので、家を訪ねれば会えると思います」

「貴族学院みたいなことにならないといいけどね」

「そうですね。学校は午前6時から午後3時までだから、3時頃に自宅前で待っていれば何とかなるんじゃないかと」

「朝じゃダメなの?」

「朝の6時に貴族街の門が開くので、間に合わないんです」

「じゃあ、それまではどうする?」


 キトリーが空いている時間の使い道について質問する。


「ふっふっふ。良くぞ聞いてくれました」


 待ってましたとばかりにドヤ顔を決める。


「キトリーを連れて行きたいところがあるんです。私も貴族の端くれとして王都には何度も来たことありますから、色々と知っているんですよ。ふふふ」


 明らかに何かを企んでいる顔でルーが宣言する。


-嫌な予感しかしないな


 キトリーは思う。でも、こういうのもいい。どれだけ心配でも、弟のことだけを考えていたらルーのほうが参ってしまう。だから、こういう風に気持ちの切り替えが出来るルーを頼もしく思った。


-さて、どこに連れて行かれるものやら


 キトリーは明日のことを思い浮かべながら、スープを飲み干した。バウルの味がしっかり出ていて、シンプルな塩味ながらもコクがあって美味しい。

 適当に選んだお店だったけれども大当たりだった。

 二人が食事を楽しむ間に、次から次にお客が入ってきたのがそれを物語っていた。

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