第17話 収穫祭Ⅱ
キトリーの鼻にも甘い香りが漂ってきた。
人気の屋台のようで、結構な人だかりができている。日本のように順番に並ぶという概念はないようで、人込みをかき分けて屋台の前までたどり着かないといけないらしい。
ルーは躊躇するように一瞬立ち止まったが、意を決して人込みに飛び込んだ。
そして、弾かれる。
小柄なルーには大変そうだ。
人を押しのけるということがそもそもできない。
人の波に押されて、結局元の場所に戻ってくる。
「だ、だめです。全然前に進めない」
「ついてきて」
息を切らせるルーをキトリーが引っ張って人込みの間を通り抜ける。こういう時は遠慮したり、待っていてはダメなのだ。満員電車から無理やり降りるときの要領で、相手を怒らせないレベルですり抜けていく。
「すみません」
先頭までたどり着いたところで、店主に声を掛ける。
近くに来ると甘い匂いがより強くなった。白いふわふわしたものが大きな鍋の中にあり、お玉のようなもので救い上げて、カップに注いでいる。
「二つください」
「あいよ。味付けはどれにします?」
店主の歯切れのいい声が喧騒の中はっきりと聞こえる。
見ていると、カップに注がれた後、かき氷にシロップを掛けるように何かを掛けていた。味は不明だけど、5種類ほどあるらしい。
キトリーは初めてなので、連れに目を向ける。
「ニルシモとヘナはありますか」
「あいよ。じゃあ、二つで10リュートくれるかい?」
白いふわふわに黄色いシロップと、緑色のシロップがそれぞれにかけられる。どっちがどっちかわからない。キトリーの聞いたことのない食べ物らしい。
キトリーが支払いをして、ルーが受け取ると、再びごった返す人々の間を抜けて、何とか落ち着ける場所を探す。
よく見ると通りの各所に座れるスペースが設けられているけども、どこもかしこも人でいっぱいである。仕方なしに人の少ない路地へと避難して、立ったまま食べることにした。
ルーもこんな庶民らしい行動もいまとなってはなんのその。
キトリーが手にしたのは、黄色いシロップが掛かった方のカップだ。カップはバアルという大きな鳥の卵を再利用したもので、スプーンも木を薄く削っただけの物だ。使い捨て出来る様で、近くのゴミ箱に投げ捨てられていた。
白いふわふわにスプーンを差し込む。
見た目通りふわふわしていて、抵抗は全くない。
口に運ぶと、綿菓子のように、あるいはカフェラテの泡の部分だけを食べているような感覚で、口に入れた瞬間に溶けてしまう。
構内に残るのは、濃厚なミルクの味わいと、優しい甘さ。
「おいしぃ」
「でしょ」
ルーがドヤ顔でふふんと鼻を鳴らすと、自身も白いふわふわを口にする。
「うーん。甘くておいしい」
「これって何なの?」
「ルシャナっていうんですけど、さっきも言った収穫祭のメインのカラバ芋を蒸かして、潰して、ゴーマの乳を混ぜ合わせて弱火でじっくり煮るとこんな風に泡ができるそうです。それで、このシロップがニルシモとヘナっていう花の蜜なの。ちなみにキトリーが食べてる方がニルシモです。ニルシモは薄い黄色い大きな花を咲かせるんですけど、本当に大きなお花なんですよ。私の顔よりも大きいんです。あと、香りもすごくいいんです。思いません?」
大好きな花について話し出すと、途端に饒舌になるルーを微笑ましく思う。確かに、黄色のシロップは砂糖のような甘さよりもはちみつの甘さに近いと思う。ふんわりと金木犀の香りのようで、キトリーの好みに合っている。
「うん。すごくおいしい。そっちも食べてもいい?」
「もちろん、じゃあ、交換」
お互いのカップを交換して、今度は緑色をしたシロップのそれを一口掬う。仄かに感じられるのはメープルが持つような樹の香り。色とのギャップに驚きながら口に入れると、味も確かにメープルっぽい。甘さが先ほどのニルシモより強いけども、嫌な甘みじゃないのでいくらでも食べられそう。
「こっちのヘナだっけ。こっちはどういう花なの」
「ヘナはね。白い小さな花が一つの茎にいっぱい咲いてすごく可愛いんですけど、実は食虫植物なの。茎の一部が大きなお椀になってて、中に虫を誘う消化液が溜まってて、それを煮詰めたのがこのシロップなんです。あ、でも、安心してください。こういう風にして食べ物に使うのは、虫が寄り付かないように、栽培したものらしいです」
たぶん、ウツボカズラのような植物だろうかと想像する。
「ルーは本当に花とか詳しんだね」
「屋敷に住んでいた時に、庭師の方にいろいろと教えてもらったんです。お花見てると、幸せな気分になるんですよね」
心から嬉しそうな笑みを見せる。
そんなルーをみて、キトリーも幸せな気分になる。普段は前向きな表情を見せるけども、時々寂しそうな顔をすることを知っている。きっと、行方の分からぬ弟のことを思っているのだろう。
「そうだ。もう一つ、お勧めがあるの。トロ米使った料理だけど、キトリーも絶対気に入ると思います」
食べ終えたカップを近くにあるごみ箱に捨てて、ルーに連れられて大通りへと戻ってくる。宿での夕食の代わりに、あちこちの屋台で少しずつ摘み食いをする。食堂とは全く違う祭り特有の食べ物に舌鼓を打った。
街に入るときに、毎度起こる卑人への差別。
門番、宿、毛皮などの買取所。
分かっていても街に入った日は、少しばかり気持ちが沈んでしまう。そんな気持ちが払しょくされて、町の人々と同じようなにこやかな顔をして、祭りの夜は更けていく。
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