第16話 収穫祭Ⅰ
打楽器や弦楽器、金管楽器、様々な楽器の奏でる軽快な音楽が街のあちらこちらから聞こえている。街は色とりどりにデコレーションが施されて、大通りを埋め尽くすほどの人が歩いている。シュライセの街についた時、ちょうど収穫祭が開催されていた。
「すごい人だね」
「シュライセの収穫祭は、すごく大きなお祭りで1週間かけて行われるんです。ダダン王国でも有数の穀倉地帯が広がってるから、この時期は特にカラバ芋やチャボの実に、トロ米なんかがいっぺんに収穫されるんです。周辺の村々からも人が集まるし、貴族も遊びに来るし、周辺諸国の貴族や大富豪の方が来られることもあるみたいです。でも、今年は少ないほうかな」
「これで少ないの」
通りを埋め尽くすほどの人の多さに圧倒されていただけに、驚いて聞き返す。
「ええ。この辺は問題ないんですけど、北東のソールズベリー領のあたりは干ばつで今年の収穫は大打撃を受けたそうです。なのでシュライセの祭りも中止のうわさもあったんですけど、開催されていたみたいですね。でも、規模は縮小されていますし、盛り上がりは小さいように思います」
「そんな風には見えないけど…。それで、干ばつのあった地域は大丈夫なの?」
「他の地域は問題なかったので、たぶん十分な支援が行われたと思います」
「じゃないと、お祭りなんて出来ないよね」
「だと思います。もちろん、収穫祭はそもそも、今年の収穫への感謝、来年の豊穣の祈願ですからね。やらないというわけにも行かなかったのだと思います」
「そういうのもあるんだね」
確かに日本のお祭りでもそういう意味合いは強かったし、もちろんオーストリアでもそうだった。祭りは元を正せば、そういう色が濃いのかもしれない。
「で、やっぱり、その話し方は止める気ないのね」
「変ですか?」
「おかしくはないけど…」
ゲンセンの町を出た後から、ルーのしゃべり方が軽い敬語調になっていた。興奮した時は、そんな時もあったけど、普段はもっとフランクな話し方だった。だが、キトリーがいろいろとアドバイスをしていたために、ルーが尊敬の念を抱くようになった。
ルーからしたら、元々の話し方に戻っただけなのだが、キトリーとしてはちょっと距離が出来たようで寂しく思う。
「まあ、いいんだけど…それで、何か特別なイベントとかもある?」
「ふふ、キトリーも楽しみなんですね」
「だってお祭りだよ!」
浮足立だせて通りを歩く。
珍しく興奮した様子のキトリーをルーが先導する。
町を歩く二人の服装はゲンセンの街で一新された。オルドーさんたちの力もあり、毛皮と魔核が思ったよりも高額で売却できたのだ。もちろん古着屋で手に入れたものだけど、ルーのセンスで、価格を抑えつつファッション性に優れたものになった。もちろん、旅装としての機能も備えている。
キトリーは革製のパンツに、腰には大きなベルトを通して、ナイフの鞘をつけている。他にもスリングや弾を入れられるようなポーチを太ももに括り付けてある。ブラウスはキトリーの好きな淡緑のもので、スレンダーなラインのデザイン。裾が左右無駄に長いけど、それが可愛いようだ。これから寒くなることを見越してジャケットも購入した。潤沢な資金があるわけではないから、シンプルなデザインで機能性を重視している。
ルーは腰が大きく女性らしい体形のためか、パンツルックが致命的に無理だったので、橙色のスカートを選択した。ひざ下まであるふんわりしたタイプのスカート。花のように明るいルーによく似合ってると思う。
胸元が見えないようにとハイネックのセーターを着ているのだけれども、逆に胸の大きさが強調されているのはワザとではないかとキトリーは睨んでいる。
-ワンピースよりいいけど、旅装っぽくはないよね。
ただ、キトリーはこの世界の価値観とのずれを感じていたので口を出せずにいた。彼女の服選びを見ていて一つだけわかったのは、ボタンやベルトは大きい方が可愛いいようだ。
ルーもジャケットを一枚購入しているので、本格的な冬には頼りないけども、もう少し寒くなっても問題は無い。服はそれ以外にも1着ずつある。色々と買い込んで1200リュートほどの買い物になってしまったけども、まだ2500リュート以上残っていた。
シュライセの街に入り宿を見つけたあと、祭囃子に誘われて街に繰り出したところだった。キトリーは祭りの雰囲気が好きだ。みんなが幸せそうな顔をしているのがいい。この世界の祭りに参加するのは初めてだけど、お祭特有の屋台なんかもありそうな気配がしている。
美味しそうな屋台を求めてあたりをキョロキョロとしていると、変わったシルエットを見つけた。
「あれって…」
通りの中に不思議なものを発見して、キトリーは失礼にも指をさしてしまった。
二人の前を歩いていたのは、シュロのような耳と尻尾のある人だった。普通の人よりも小柄でしなやかな体つきをしている。
「シュロイム人も、今日はお祭りですからね」
「シュロイム人?」
「あれ、テリオン市にも住んでいましたし、そんなに珍しいですか」
「…私、テリオン市の出身じゃないよ」
「うそ!?だって、あの森の近くの街ってテリオン…」
「ああ、そっか。あの洞窟にたどり着くまで、1年くらい彷徨ってたから、出身はもっと南のグルーフェンってとこ」
「そうなの。…でも、うん。グルーフェンだったら、シュロイム人はいないかもしれないですね」
「どういうこと?」
キトリーが小首をかしげる。
「えっとですね」
と、ルーが教えてくれるには、二人のようなタイプをエルマイム人といい、エルマというサルに似た生き物が神様から知恵の実を授かり進化した存在なのだ。この辺りの事はクルシュナ教の経典にも記載があるため、神の家で育ったキトリーも知っていた。だが、進化したのはエルマだけではないらしい。シュロイムはシュロに神様が知恵の実を与えて進化したという。ほかにも、6種の人族(イム種)が存在する。
ダダン王国にシュロイム人のような人種を差別する法はない。
ただし、キトリーの育った地域ではクルシュナ教の中でも、イース派と呼ばれる信仰が根強く神様の寵愛を受けたのはエルマイム人のみと考えている。
クルシュナ教の経典の中には、『神が知恵の実を与え人が生まれた』という一文がある。だが、何者に与えたのか明確な記載はなかった。
イース派では、その何者かについて、エルマイム人のみと考えている。それ以外はないものとされている。そのため、キトリーのいた神の家では、他人種の存在が語られることがなかった。
「なんかいろいろあるんだね」
世界が変わっても、宗教というのはいろいろとあるらしい。日本では宗教とは離れていたけども、アルノーのときは親の影響でクリスチャンだった。キトリーも神の家で育ったので、一通りクリシュナ教の教えは受けている。でも、天界での記憶がある身としては、すべてが滑稽に思えて仕方がない。
神はいる。
でも、人を救う気などない。
と思っている。
通りを歩くのは、エルマイム人だけでなく、シュロイム人、ほかにも幾つかの種族の人たちがいる。彼らの間を流れに逆らわないように、二人も歩く。
あちらこちらからおいしそうなにおいが漂ってくる。
「なにか、お勧めってあるの」
「うーん。どんなのがいいですか?」
「なんでも」
「それじゃあ、わかんないですよぉ」
「甘いのも、辛いのも、すっぱいのも、何でも好きだよ。だから、ここでしか食べれないものとか、旬のものがいいかな」
キトリーの無茶振りにルーはしばらく考え込むように首を傾げていると何かを思いついたように、ぱあっと明るい顔になった。
「うん。それなら、こっち」
「場所がわかるの?」
「匂いが教えてくれますので」
ふふっと笑みを浮かべて、キトリーの腕を引っ張って歩く。人が多いので、手をつないでいるほうが、離れ離れにならずに済みそうだ。いろんな屋台のあるなか、一つのにおいをかぎ分けているようで迷いなく歩いていく。
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