第14話 盗賊退治
「協力してくれる?」
一つの案が思い浮かんだ。妙案と呼べるほど、優れたものではないと思う。成功するかどうかは五分五分、或いはそれ以下かもしれない。
それでも、足りない1手には届くかもしれない。
「もちろん。何でもやる!」
ルーの頭を撫でて、作戦を伝える。
迷っている時間はない。商人の護衛は諦め武装解除されている。まずは、それを取り戻せないと話にならない。キトリーは街道を避け、草原地帯を大きく回りこみ盗賊の死角に入れるように移動する。距離はまだかなりある。
「をおおおおおおーーん」
遠吠えが後ろから聞こえてくる。
賊の集団にもその声が聞こえたようで、あたりをキョロキョロと見回している。人を集めて襲うような卑劣な集団なのだ。一人一人に戦う技術はほとんどない。一般人に毛が生えた程度。それが、キトリーの認識だった。
二度、三度と響く遠吠えに竦んでいるようにも見える。
そこへキトリーの投石が飛来する。石が頭部を直撃し、一人が崩れ落ちる。突然の強襲に体が硬直しているところへ、2投目が放たれる。二人目がやられたことで、ようやくキトリーの存在が目に入る。
「かかれ!」
賊の頭目が叫ぶ。
キトリーは3つ目の投石を放つと、スリングを手放し槍に持ち替える。三人がかりでサーベルを振り下ろしてくるのを、槍の柄で受け止める。木を削っただけの槍の柄は切断こそされなかったもののに、深々とサーベルの刃を喰らい付かせていた。
坂を駆け下りてきた勢いそのままに、三人にサーベルごと槍を押し付ける。勢いに負けて体勢が崩れたところで、正面の男の体を踏み台にして大きく飛び上がり、獣車の荷台に飛び乗った。
迷うことなく護衛の得物を拾い上げると、持ち主のほうへ投げつける。突然の出来事に固まっていた護衛たちも、すぐに各自の武器を手にとって構える。やるべきことは心得ている。
槍を失ったキトリーは腰のナイフを抜き、手早く標的を判断する。硬い動きをした実戦の乏しそうな若い男。荷台から飛び降りて接近するキトリーに、手に握った安物の剣を向けることすらできない。逃げ腰になっているところへ、キトリーは体重を乗せた蹴りを食らわせる。後ろにいた二人を巻き込むように倒れて、キトリーにとっての道を作る。四方を囲まれた状態で戦い抜ける腕はない。
「そこまでだ!」
包囲網を突破しようとした瞬間、野太い怒声がキトリーの動きを止めさせた。振り返ったキトリーが目にしたのは、ナイフを首元に突きつけられた商人のおびえた表情。
武器をその手に戻した護衛も、それぞれが一人ずつ盗賊を倒し、商人を守ろうと動いていた。だが、一歩間に合わなかった。
「余計な手間掛けさせやがって」
頭目が苛立たしそうに舌打ちする。
キトリーの両親がそうであったように、見た目は普通の男だ。ただ、他の連中と比較して、男の目つきの鋭さは別格だった。戦争に行ったことのあるキトリーには、それが過去に人を殺したことのある男の目だと理解した。必要なら商人を殺すことを躊躇しないだろう。
事態は膠着しているように見えて、すでに終わっている。護衛たちは武器を下げ始めていた。キトリーと違い、彼らの優先順位はハッキリしている。雇い主である商人の安全。
-ここまでか。
諦めようと、ナイフを下ろそうとしたその時、声が聞こえた。
「キートーリーーーーーーー!!!」
全員の目が声のほうに動いた。
泣きじゃくりながら斜面を駆け下りてくるルーと、その後ろを追いかけてくる大型のルロウ族が2頭。
「ふ、ふ、ふざけるな!」
賊の頭が叫んだ。
キトリーも同じ事を心の中で叫んだ。自分が頼んだことなのに、理不尽に舌打ちする。ルーの後ろに見えるのはハバルロウでもなければコーダルロウでもない。青みがかった灰色の毛をした一回りも二回りも大きなガンダルロウ。野獣ではなく魔獣だ。色からしてコーダルロウを素体として魔物化したと思われる。
想定外の魔物の出現に、商人を襲っていた賊は一目散に逃げだした。折角の獲物を前に、どうすることも出来ない状況に、頭目も大きく舌打ちをすると、すぐに駆け出していく。卑劣な盗賊に魔物と正面から戦う力など持ち合わせてはいない。
ルーとガンダルロウを見れば、ここに来るまでに追いつかれることはなさそうだ。
商人の護衛の方は、武器を構えてやる気になっているのを見てホッとする。キトリーは落ちていた槍からサーベルを抜いて構える。投槍に一度くらいなら耐えられるだろう。でも、それ以上はたぶん無理だ。あれほどの大型の獣とやりあえる武器がない。
「あんたたち、アレは殺れる?」
魔物から視線を外さないまま聞いてみる。
「問題ない。そのために雇われてんだ」
ロングソードを構えた護衛が自信を漲らせて答えを返してきた。護衛は3人とも剣士のようだ。構えに無駄がなく、魔物を前に恐れる様子もない。条件さえ悪くなければ、賊に遅れを取ることなどないのだろう。
「初撃は参加するけど、あとは任せる」
槍を構え投擲の姿勢に入る。
「キトリー」
肩で息を切らせながらルーがキトリーの傍まで逃げ切った。ルーとすれ違うように、筋肉をばねに極限まで引き絞った状態から槍をガンダルロウに向けて射出した。同時に3人の護衛が駆け出す。
空気を切り裂く音がする。
20トールほどの距離まで迫っていたガンダルロウの右の眼球を貫き脳を破壊する。駆けてくる勢いのまま地面をゴロゴロと転がり絶命した。突き刺さった槍はへし折れて、この先使えそうにもない。
残りの一頭に向かって3人の護衛剣士が声をあげながら切りかかるのを見て、キトリーは視線をルーに戻した。ぜぇはぁぜぇはぁと肩で息をしている。
「大丈夫?」
「うぅぅぅ。ごわがっだ。しどぅがどおぼっだ。ギドリー(こわかった。死ぬかと思た。キトリー)」
よしよしと頭を撫でてぎゅっと抱きしめる。そして褒める。
「ありがとうね。ルーの遠吠えのお陰で助かったよ」
「でぼ、あんなばげぼのぐるなんて(でも、あんな化け物くるなんて)ひぐっ」
ルーを泣き止ませながら、戦いの場に視線を戻すと、2頭目も無事に倒せていた。護衛の一人がだらりと下がった腕を痛そうに抑えているが、命に別状はなさそうだ。
「助かったよ。ありがとう」
獣車の後ろに隠れていた商人が恐る恐る顔を出してキトリー達に近寄ってきた。
「うまくいってよかったです。あの人数は厳しいかったので」
謙遜でもなくキトリーは応える。ルーが自暴自棄のようになって、キトリーがいなくなったらルロウ族を呼ぶといったのが、ヒントになった。あのタイミングでガンダルロウが現れなければ万事休すだった。ルーの物まねの成功率はせいぜい5割というところだ。森から少し離れていたのもあって、確率はもっと低いと踏んでいた。
それでも、遠吠えで盗賊の気を引ければいい。というのが精々考えていたことだ。
「キトリー、魔核」
「そうだね」
泣き止んだルーに言われて思い出す。魔物の心臓は売れる。仕留めたガンダルロウに近づき、体にナイフを突き入れる。血液とは別の体液がこぼれ落ちる。紫色の体液だが、悪臭は少ない。普通の死骸と同じくらい。魔物は死んだ動物が変化したものだが、不思議なことに一度死んでいるにも拘わらずその肉は腐っていない。
心臓の部分に濃い紫色の石があったので、それを抜き取った。ついでに、毛皮もはぎ取る。ガンダルロウは立ち上がればキトリーよりも大きくライオンやトラを髣髴とさせるサイズなのでキトリーの腕力ではかなりきついが、坂道をうまく利用して転がしながらきれいにはぎ取った。
護衛の人たちは、魔核を取るだけで毛皮の処理をしなかったので、それもキトリーが引き受けた。
その間にルーが、置いてきたコーダルロウの毛皮をピックアップする。
「こっちの魔核もあんたにやるよ」
「いいの?」
「ああ、護衛の仕事に危うく失敗するところだったからな。あのまま行けば俺たちの得物も奪われていた。それを思えば安いもんさ」
「なら、ありがたく」
同じくらいの大きさの紫色の魔核。ドルマの濃度により色は変わる。濃度が濃いほど、色が薄くなる。そして、濃度が濃いほど凶暴な魔物になる。キトリーが森で狩っていた魔物は真っ黒な魔核を持っていた。つまり、それほど危険はないということだ。
「あんたら一体何者なんだい?恰好だけみりゃ町娘って感じだが、さっきの投槍といい、賊との立ち回りといい、ただ者とは思えねぇ」
「ただの旅人ですよ。それより、そっちの彼の治療はいいの」
苦笑しながら答える。
護衛たちには怪我をしている男の治療をする様子がなかった。どう見ても肩が外れている。
「ああ、町まで遠くないからな。いざとなれば無理矢理はめるが、下手すりゃ治療が長引くからな」
「……戻してあげようか?」
「出来るのか!」
「まあね。でも、信用できないなら別にいいけど」
「いやいや、そんなことはない。頼む。グエン、お前もそれでいいだろ」
「ああ、すまん」
キトリーは男の腕を確認すると、グッと一瞬で肩をはめ込む。前世で医者だったのは伊達ではない。この程度はキトリーにとっては朝飯前である。
「おお、すげぇ」
グエンと呼ばれた男がぶんぶんと肩をぐるぐる回す。
「ちょっと、脱臼は直したけど、安静にしてないと痛みが引かないよ。肩が外れるほどの衝撃を受けたのなら骨にヒビの一つ入っててもおかしくないんだから。ほら、包帯持ってるなら出して」
呆れてキトリーが言うと、包帯が出てきたので肩が楽になるように三角巾状態にして腕をつるす。
「まったく、本当に何者なんだよ!」
「ふふん。キトリーはすごいんですよ」
毛皮をとってきたルーが、自信満々に胸を張る。
「なんで、ルーが自慢するの」
「えへへ、いいじゃないですか」
「本当にすごいですね。それにしても、本当に助かりました。町に着いたらぜひともお礼をしたい。上等なものとはいきませんが、せめて折れてしまった槍の代わりでも見繕わせてくださいな」
荷台の商品の確認を終えた商人が、護衛とキトリーの会話に入ってきた。
「いいんですか?だってあれ、木と骨で作ったものですよ」
「あは、そうなんですねぇ。でも、構いませんよ。商品を全部奪われていれば、破産して借金だけが残るところでしたから、そのくらい安いもんですよ」
商人が自虐的な笑みを見せると、ルーが恐る恐るという感じで商人に話しかける。
「あ、あの、商人さん」
「私のことはオルドーとお呼び下さい。それで、何ですかお嬢さん」
「オルドーさん。厚かましいお願いかもしれませんが、こちらの毛皮を買い取っていただけませんか。もしも、毛皮の取引をされてないのでしたら、代わりに取引をしていただければと思うのですが」
「ふーむ。何か事情がおありのようですねぇ」
ルーの提案に、オルドーは商人らしい鋭い目つきになって思案する。卑人では通常の取引は望めないので、誰かを代理に立てればいいと考えたのだろう。多少の手数料を払っても、卑人としての取引よりは得られるものは大きい。
ただ、それを説明するには、卑人の身分を明かす必要があり、明かした瞬間に態度が豹変する可能性もある。その点では、恩人という立場は都合がいい。
「私たちは、商品の取引とか交渉事が得意ではありません。経験もないですし…だから、オルドーさんなら、騙されずに取引できるんじゃないかと。も、もちろん手数料はお支払いします。大した儲けにはならないかもしれませんが、売値の1割でよければ」
キトリーは驚愕してルーの顔を見た。
卑人という立場で満足いく取引が望めない状況で、どうすれば同じ働きでお金を手に入れることが出来るか。直接的に狩りをすることが出来ないルーがどうすれば役に立てるのか。
時々、言葉をつかえさせているものの、ルーは事実をうまく隠して交渉に臨んでいた。緊張で顔はこわばっているけども、少し前まで相手のペースに乗せられていただけのルーが、二段飛ばしで階段を駆け上がろうとしていた。
「ゲンセンの街なら毛皮を扱う商会に心当たりもありますし、私がお供しましょうか?もちろん恩人から手数料を取るような真似はしませんのでご安心ください」
言葉が出てこなくなる。
オルドーは親切心から言っているのだろう。でも、それではダメなのだ。ルーがキトリーを振り返る。首を振る。キトリーにも思いつくことはない。
「変なことを言っているのは重々承知しています。でも、先ほどの提案を受けてくださるなら、売値の3割お譲りします。それで、考えていただけませんか」
聡いものなら気づくだろう。商取引の矢面に立てないのがどういう種類の人間なのか。それならいっその事身分を明かしてもいいのではないか。キトリーがそう考え始めたとき、オルドーが口を開いた。
「まあ、大体の事情は呑み込めました。いいでしょう。恩人の頼みです。何も聞かずにお引き受けしましょう。手数料はそうですね。最初に仰った1割で構いません」
柔和な笑みを浮かべて、ルーの提案を受け入れる。間違いなく気付いている。それでも、話に乗ってくれた。オルドーのやさしさが心に染み入った。
「ありがとうございます」
ルーと一緒にキトリーも頭を下げた。
「なあに。商人なんて輩は、利益さえ見込めれば悪魔とだって取引するもんでさぁ。そんなに畏まる必要なんてないですよ」
わざわざ言い訳めいた事までいうオルドーに、二人は安心して笑いあった。
ニースでの件もあり、人助けに消極的な気持ちになってしまっていた二人には、彼の態度には心底救われるものがあった。
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