第11話 反省会

「気にするのは止めよう」

「うぅぅううう。わかってるんです。わかってるんですよ。でも、でも、でもぉ。キトリーはなんでそんなに冷静なんですか」


 ベッドの上で足をバタバタと暴れさせる。相変わらず、気が高ぶると敬語に戻るらしい。


「年の功かな?」

「同い年じゃないですかー」


 頭をがばっと上げて、ぷくぅーっと膨らませた顔でキトリーを睨みつける。


「そんな顔してると、小成人前の子供みたいだけどね」

「子供じゃないですよぉ」

「確かに」


 と、ワンピースの大きく開いた胸元に視線を落とす。


「ど、ど、どこ見てるんですか!」


 ルーは胸元を両手で覆い隠す。適当に購入した古着はサイズが微妙に合わず、大きな胸が飛び出そうとしていた。第一ボタンも第二ボタンも留めることができなかった。


 顔を真っ赤にして抗議するルーを見ながら、商会を出た後のことを思い出す。卑人としての扱いは、あれで終わりではなかった。服を売却した時も同じ。ルーの服の売却額は、正しくは宿場町の比ではなかった。1200リュート。それだけの値段が付いたのだ。だけど、結果手に入ったのはたったのその四分の一。


 さらに宿屋で追い討ちをかけられた。

 卑人はトラブルを呼び込むからと、通常料金の倍を請求された。

 カエルの子はカエル。


 犯罪者の子はいずれ罪を犯す。それがこの国の常識なのだ。その差別的扱いの所為で、そう成らざるを得ない事実には誰も目を向けない。まともな職業に就くこともできず、運よく就職できたとしても、卑人であることを理由にピンハネされる。宿屋だけでなく普通に家を借りる場合も、卑人という身分が足を引っ張る。


 犯罪者が更生する機会などみじんもなく、その家族までもが堕とされる。それは一つの抑止力にも成り得るのだけれども、デメリットのほうが多すぎるシステムだ。


「あのねキトリー」

「ん?」


 ベッドの上に座りなおして話しかけてくる、その表情は真剣そのものだ。


「私のさっきの交渉はどうだった?……ううん。どう駄目だった?」

「……どこが悪かったと思う?」

「また、相手のペースに乗ってたと思う」

「そうね」

「でも、どうしたらいいの。お父様は自分のペースを作れって言ってたけど、それをどうしたらいいのかがわからないの」

「相手のペースに乗せられないこと。それが鉄則かな」

「うぅ。答えになってないよぉ」


 ルーが口を尖らせる。

 失敗から学べることは多い。それを知ってか知らずか、前向きに向き合おうとするところが、ルーのいいところなのだ。卑人としての差別を避ける方法はない。それでも、学べるものはあると考えている。キトリーは、そんな彼女に真剣に向き合うことにする。

 頼られるのも悪くない。


「ルーは相手のペースに乗せられてる時って自覚はある?」

「うん。それは分かる。でも、分かっててもダメなの」

「そんなことないよ。自覚があるなら、簡単だよ。商会でも深呼吸して落ち着くように言ったでしょ。それを自分でやればいいの」

「そうなんだけど、それができないの!」


 簡単に応えるキトリーをムキ―っと睨みつける。それもそうかと、キトリーは納得する。ルーにはわかりやすい例えが必要かもしれない。


「ここ見てくれる」


 キトリーはスカートをめくり、太ももの傷が見えるようにした。右の太ももに抉れたような傷跡が残っている。スカートの陰で普段は見えないけども、かなり大きなものだ。


「どうしたの?」

「街を離れたころにね。なかなか食べ物が見つけられなくて、もう何日も食事ができずに彷徨っていたことがあったの。もういよいよダメかってときに、果物の成る木を見つけることができて、お腹いっぱい食べたら安心して無防備な状態で眠ってしまった・・・命があったのは本当に運が良かっただけ。それから、何かいいことがあったらこの傷を触ることにしてる。それが、私にとっての戒めだから。絶対に油断しちゃいけないって言い聞かせてる」


 傷口を触りながら、昔のことを思い出す。


「……だったら、私は相手に飲まれそうになったら・・・・・・どうしよ?」

「何でもいいんだよ。いますぐ決めることないし、ゆっくり考えたらいいよ」


 決めたからと言って実践できるようになるには時間がかかる。分かりやすい形にするのが一番だと思う。それでも、キトリーも癖となるまでに1年以上要した。


 キトリーは至って普通の人だ。特別な力や知恵があるわけではない。ただ、少しばかり知識が多いだけ。美玖のころに読んだ自己啓発本の類が意外なところで役にたっている。


「キトリーみたいなのがいいなぁ」

「そうね。本当に何でもいいの。例えば……ルーは貴族として社交場とかに行くこともあったでしょ。そういう時に緊張とかしなかった?」

「した!すごく。でも、そういう時はお母様が……キトリー!」


 座っていた姿勢からキトリーに飛びついてそのまま押し倒す。


「それです!わたし幼いころ、本当に人見知りで、社交界がすごく嫌でした。でも、ドアの前で中に入れずにドキドキしていると、お母様がこんな風に私の鼻先を指で触って、おまじないを唱えてくれるんです」


 馬乗りのままルーはキトリーの鼻に指先を添えた。


「エルク・ルシ・クルカ」


 精霊魔法を使うときの様な謎の言葉。


「お母様がそう言うと不思議と気持ちが落ち着くんです」

「いいのが見つかったね」

「はい。だから、鼻先を触ることにします」

「え?そこは呪文じゃないの」

「でも、人前で『エルク・ルシ・クルカ』っていうのは変じゃない」

「人前で鼻を触るほうが変だよ。聞こえないように小声で言うか、心の中で唱えればいいと思うけど?」

「そっか。そうだね。はぁ、やっぱりキトリーはすごいなぁ」


 キトリーの顔に頬をぐりぐりと押し付けて感動を共有する。顔を上げると先ほどまでの落ち込みようが嘘のように顔が輝いている。憑き物が落ちたという感じである。


「そんなことないよ」


 素直に称賛をされると照れくさくなる。すべては本の受け売りで、キトリー自身がすごいわけではないのだから。照れくささを隠すように、話を続ける。


「話を戻して、自分のペースを作るってことだけど、宿場町の古着屋の店主と、商会の人の共通点ってわかる」

「共通点……?そんなとこあるの?だって古着屋の人は言葉少なかったし、商会の人はすごくよくしゃべっていたよ。共通点どころか真逆じゃない」


「うん。でもね、やっていることは同じ。自分のペースを作り出してるだけ。古着屋は、ルーが何をいっても「で」って一言で済ませてたよね。会話にすらならないその態度に、思わず調子を崩されてしまう。商会の人はね、ルーが商品に対する知識があまりないって見抜いていたんだと思う。だから、わざと数字を一つ一つ丁寧に説明することで反論できないようにしたの。それも、ルーがついてこれないように早口でいうことで、ペースをつかんでいた」


「キトリーの言うことは…うん、すごくよくわかる。でもね、それをどうすれば……」

「ルーが受けたことを逆に考えるとね、ルーが落ち着いて考えられないように、思考の邪魔をしたってことなの。つまり、一番簡単なのは相手を驚かせることかな。びっくりしたら頭が真っ白になるでしょ。そこに畳みかけるように言葉を紡いだら、人は耳を傾けてしまう。そうしたら、もうこっちのものよ」


 昔に読んだ自己啓発本のプレゼンの仕方について書かれた内容を参考にしている。プレゼンの冒頭で、インパクトのある発言をすると、続きが気になって真剣に耳を傾けるようになるというものだった。商売の心得とは違うけども、共通することもある。


 読んだときは「なるほど」と思ったけど、キトリー自身それを活かせているわけではなかった。経理課員では活かす機会もなかったということもあるけども、書いてある内容に納得できたからと、実践できるかどうかはまた別の話である。


 キトリーは不思議に思う。自分はこんな風に人にアドバイス的なことをするタイプではなかった。


-やっぱり年の所為かしら。


「ううぅ。なんとなくわかるけど……はぁ。遠いなぁ……今度、頑張ってみる」

「よし、その意気。じゃあ、この話はこれでおしまいね。……お腹も空いてきたし、そろそろ夕飯食べに行こうか」

「うん」


 宿に入ったころはもう夕暮れになっていた。食事の準備はまだだからと、こうしてベッドでごろごろと時間をつぶしていたのだ。ルーを押しのけるようにして、ベッドから降りる。


 宿屋では食事つきが普通らしい。料金は宿場町と大きく変わらない150リュート。ただし、卑人価格のため300リュートになった。


 追加で購入した古着に、二人の旅のブーツ。それだけで、せっかくの売却益は吹き飛んでしまったから、現金はあと3泊分しか残っていない。宿場町では身分証がいらなかったから、もう数泊可能かもしれないが、王都までかかる日数を思えば、全く足りていない。


 お金を稼ぐ必要が二人にはある。

 これからも交渉事の経験を積む機会はあるだろう。

 一朝一夕で身につくことでもない。


 部屋を出ると、おいしそうな匂いが階下から漂ってきていた。

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