第5話 再会

 ヘルメットアンツの器に川で汲んできた水を注ぎ入れる。器には端に穴が二つ。革ひもで作った簡単な持ち手がついている。三角錐に組み上げた三本の骨のてっぺんから垂直に垂らした吊りがねに引っ掛ける。その下には、小さめの炎が風に揺られて踊っている。


 薪をいくらか足してから、様子をうかがった。風は強すぎず、少なすぎず。風を送る必要も、風よけを準備する必要もなさそうだ。この季節は時々強い風が吹くから注意が必要だけど、たぶん大丈夫だろうと思う。


 天候や風を読むことも今となっては朝飯前だ。


 日中に収穫してきたカゴの中身を見てほほ笑んだ。うまみのぎっしりと詰まったキノコが一つ、二つ、三つ。夏の厳しい暑さが過ぎ去り、そろそろ秋に入ろうかという季節。


 うっかり早めに顔をのぞかせたキノコを森の中で発見した。少し早すぎるかと思い手を伸ばせば、ツンとした香りが鼻腔に広がった。生のままでは刺激の強い匂いだが、火を通せば途端に柔らかな香りに変化する。匂いの強さがキノコがすでに旬を迎えていることを教えてくれる。


 軽く水洗いしたキノコを、大きな葉っぱの上で一口大に切り分ける。春先に出会った嵐のようなルーラルという貴族の娘。彼女からお礼にともらったナイフは、とても切れ味が鋭く、定期的に研いであげれば、包丁カマキリのナイフとは使い勝手がまるで違う。


 彼女は数週間過ぎたころ、遅くなったことを詫びながら騎士を連れて洞窟にやってきた。お礼のナイフを置いてすぐに帰るのかと思えば、たっぷり日暮れまでおしゃべりをしていった。洞窟の前の岩に座ってしゃべるのは、女友達とカフェに行った昔日の思い出の中のようで楽しかった。キトリーはルーラルが好きになっていた。


-もう会うことはないのだろうけど。


 キノコの次は葉物を少々。少し苦みのある葉っぱに、シャキシャキとした触感のいい葉っぱを適当な大きさに刻んでいく。さらに、紫色をした根菜を半分、一口大に切り分ける。火を通すとほくほくとした触感と甘みが楽しめる。


 後は何かたんぱく質が欲しいかなと、昨日取った魚をチェックする。洞窟の外に茎を編んで作ったゴザの上に並べられた10匹の川魚。指先でツンツンと硬さを確認する。もう少し乾燥させた方がよさそうだ。もちろん、食べられないわけじゃないけども。


 キトリーは洞窟の中の保存容器の中を確認する。干し肉に木の実に、夏に作ったドライフルーツもある。十二分な蓄えだけど、冬に向けてそろそろ準備をしたほうがいいかもしれない。


 うーん。食材を前に首を傾げる。


-イコロコの実にしよう。


 黒い点々の付いた黄色い実。乾燥が進むと、黒い点が増えてくる。うん。ちょうどいいころだ。カリカリとした触感が楽しめる、そのままも好きだけど、スープに入れて柔らかくなった身も悪くない。


 鍋の前に戻って木の実を割って中身を入れる。いつの間にかお湯は沸いている。キノコも入れて、しばらくそのまま。


 その間にと、キノコと一緒に取ってきたクヴアの実にナイフを入れる。


 柔らかい乳白色の果肉がナイフにべっどりとくっついてくる。これを鍋に入れるとクリーミーさとコクが生まれてスープがシチューに早変わりする。


 温まった鍋にクヴアの実を入れて匙でかき混ぜる。柔らかな実は温められると、どんどん柔らかくなってお湯に溶けてしまう。乳白色だった果肉なのに、スープはちょっと橙色に近い色になる。


 そのままぐつぐつ、ぐつぐつ。


 塩を入れて、香辛料もパラパラと、後ははっぱを入れれば完成だ。


-うーん、やっぱり魚も欲しいかな。


 そんなことを考える。お腹からぐぅという音が聞こえてくる。さあ食べようかと思った時、遠くでキトリーを呼ぶ声が聞こえた。シチューと声のした方と顔を行き来させると、キトリーは声のした方に歩き出す。


 キトリーがここにいることを知っているのはルーラルしかいない。川のところまで歩いたところで、予想通りの顔が近づいてきた。


「キトリー。ああ、キトリー。よかった」


 その場に崩れるように座り込むルーラルに慌てて駆け寄った。


「どうしました?」


 彼女の周りには護衛の騎士が一人もいない。ただ事ではないのは見ればわかる。彼女の服は初めて会った時と同じように泥にまみれて、靴はボロボロのうえ、スカートからのぞく足も傷だらけだ。


「うぅ、キトリー、キトリー」


 子供のように泣き、名前を呼ぶだけの彼女を焚火のところまで案内する。大きな岩に毛皮を敷いて座らせる。泣きじゃくるルーラルに、夕食用に作ったシチューを半分手渡した。


 温かいシチューを手にしたルーラルは、落ち着きを取り戻すとそっと一口含んだ。


「…おいしい」


 そういうと、二口、三口と箸を進める。


「おいしい。本当においしい」


 キトリーも一緒になってシチューを食べる。美味くできたとは思うけど、シチューの味よりルーラルが気になって仕方がない。ルーラルが食べ終わるのを待って、焚火に薪をくべながら彼女が話始めるのを待った。


「…ありがとう。キトリー。もう大丈夫です」


 大きく息を吐いたルーラルは以前に見た時の彼女に戻っている。森でよほど怖い目に遭ったのか、ここらにはそれほど危険な魔物はでないとはいえ、油断はできないこともキトリーは知っている。


「ごめんね。キトリー」

「どうしました?」


 突然の謝罪の意味がわからず眉根を寄せる。


「私ね。キトリーには心の底から感謝してる。だから、恩をあだで返すことになって本当に悪いと思ってる。でも、私にはもう、頼れる人がキトリーしかいないの。キトリーがこの素敵な森を離れたくない理由も、人と関わりたくないこともわかってる。でも…」


 一拍おいて、歯を食いしばる。キトリーの目を正面からルーラルは見つめた。そして、


「でも、お願い。私を助けて」


 呪いの言葉を口にする。

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