第2話 入院生活初日
✦
カーテンを開く音が聞こえる。強い日差しにつられて目を開ける。
瞼が重い。全身が鉛のように重く、倦怠感がある。
それでもなんとか目を覚まし、あたりを見ると大翔の知らない部屋にいた。ついでに一人知らない後ろ姿がある。
だんだんと意識がはっきりとしていく。
(ああ、そうだ。全部思い出した。俺は電車に跳ねられたんだ)
最後に見たのは泣きながら何かを叫ぶ女性の顔。そこで意識を落とした。
てっきりあの時死んだものだと思ってたが、生きてるということはここはどこかの病院だろう。
「あ、起きましたか!大翔君。今日から君の担当になった看護師の
「よ、よろしくお願いします」
急な自己紹介にうまく対応できず、ぎこちなくなってしまった。
藤咲花と名乗った目の前の女性は、見た感じ20代前半。身長は150センチほどで、薄茶色のショートカットがよく似合っていてとてもかわいい。
可愛い。元気で優しいオーラであふれている。控えめに言って天使だ。
「足痛くないですか?って、痛くないわけないか。何か不自由があったらすぐに言ってくださいねー」
藤咲さんに見惚れてわすれていたが、大翔の右足は足首から太ももまで包帯でぐるぐる巻きになっていた。
ナース服を着ているし、担当になったと言っていたので、この病院の看護師なのだろうが、藤咲さんはかなり軽い。
「ちょうど大翔君のご両親が先生とお話をしているところで、君が起きたら伝えるようにって言われてるんだけど、少し外しても大丈夫かな」
「はい。大丈夫です」
「そっか。じゃあ私は行くけど、何かあったらそのボタンを押してね」
枕元にあるボタンを指さしてそう言い残して藤咲さんは部屋から出て行った。
誰もいなくなったところで、改めてあたりを見渡すが、特に変わったことはない一般的な病室だった。しいて言うならばここは一人部屋のようで、大翔の想像していた病室よりは少し広く感じた。
藤咲さんが部屋を出て数分後、ノックとともに先生を連れて戻ってきた。
「失礼します」
そういって部屋から出て行った藤咲さんは先程とは雰囲気が全く違いとても看護師らしかった。
先生とあいさつも適当に済ませ、それからはしばらく足の怪我について説明された。レントゲン写真を見せられたり、入院に必要なお金の話をされた。
先生の話が終わり、いくつか質問したところで先生は部屋を出て行った。
状況を整理すると大翔の足の怪我は重症で、半年は入院することになるらしく、しばらくは移動の際に車いすを使うらしい。それでも、リハビリがうまくいけば後遺症も残らず今まで通り歩けるようになるらしい。
ついでにわかったのはここが東京にある結構大きな病院だということだ。
半年も学校にいけないのは少し悲しいが、あんな事故にあって後遺症が残らないというのがせめてもの救いだ。
先生が部屋から出て行って数分後に大翔の両親が部屋にやってきた。
部屋に入ってくるなり二人は、大翔の姿を見て安堵したように泣いていた。最初の1分間はまともに会話ができないほどだった。
二人が落ち着くのを待ってから、いろいろな話をした。怪我のことやこれからのことなど。
1時間ほど話したところで二人は名残惜しそうに帰っていった。大翔の両親は二人とも働いているため、二人が来れるのは3日に一度ほどらしい。
生まれてから今まで毎日同じ家で過ごしていた家族とこんな形で離れることになるとは思っていなかったので、少し寂しくなる。
一人になった部屋でこれからのことを自分なりに考えていると、藤咲さんがご飯を持ってきた。
「半年も入院なんて高校生にはつらいよね。せっかくの青春が。それに、一人で勉強もやらないとだし。あ、そういえば先生と話してるときにお見舞いに来た人いたよ」
そういって藤咲さんは、綺麗な明るい色の花を、陽の当たる窓際に置いた。
あんまり花に詳しくないから名前はわかんないけど、綺麗な花だなと思った。
それにしてもお見舞いっていっても、まだ事故から一日しかたってないのに誰が来たのか。今日は平日なので友達が来たということは考えづらい。
「藤咲さん。お見舞いに来た人って誰ですか?名前とか聞きませんでしたか」
「あ、名前聞くの忘れちゃった。ごめんね。でも君と同い年くらいの女の子だったよ。しかもすごい美人さんだった。もしかして大翔君の彼女だったりして」
残念ながら生まれて此の方彼女なんてできたことがない。それに、失礼な話だが自分の身近に美人な知り合いはいない。
(藤咲さんにこんなに言わせる人が俺のお見舞いに?ものすごい気になる)
「俺に彼女なんていませんよ」
好奇心を必死に抑えながら、自分は興味ないですよと言わんばかりにぶっきらぼうに返す。
「でもあっちは君のこと知ってたよ?この花だって大翔君に渡してくださいって言われたし」
「芸能人で言ったら誰に似てるとかありますか?」
「うーん。誰って言われてもなー。でもどこかで見たことがあるような気もするんだよね。まあ芸能界にいてもおかしくないくらい美人だったよ」
それからも、お見舞いに来てくれたという謎の女性の特徴を聞いてみたが、やはり知り合いに当てはまりそうな人はいなかった。
謎の女性についてはわからなかったが、少し会話をして藤咲さんについてはなんとなくわかってきた。
最初の印象通り元気で優しい人だとは思う。だが、少し大雑把な人みたいだ。
「ほかの患者さんのところいかないとだから、そろそろ行くね。なにかあったらすぐに知らせてね」
藤咲さんが出て行った後も、特にやることもないので、謎の女について考えていたが、誰なのかは全くわからなかった。
藤咲さんが可愛いっていうくらいだから、相当可愛いってことだろう。
謎の女性が気になりすぎて、ほかのことが何も手につかないので、とりあえずこの病院を周ってみることにする。
最初のうちは車いすに乗る時には誰かと一緒ではなければいけないと説明されたのだが、病院を周りたいという自分勝手な理由ではナースコールは押しずらい。
ひとりで車いすに乗るのは初めてなので、結構時間かかったが何とか車いすに乗ることができた。
病院を周ってみると中にはコンビニやカフェもあり、案外退屈しないかもしれない。さすがは東京の大病院だ。
移動をしていると車いすに慣れていないため、苦労して少し汗ばんできた。
色々と見て回れたので自分の部屋に戻ろうとする。だがそこで重大なことに気が付いた。
(やばい、部屋番号忘れた。)
大きな病院と、なれない車いすのせいで、自分がどこから来たのかわからなくなってしまった。
病院の人に聞けばわかるのだろうが、約束を破って車いすに乗っているため、なんとおか自力で探さなければならない。
そこから30分ほど見覚えのある所を回ってみたが病院の構造なんてどこも似たようなもので、途方に暮れていると、途中で奇跡的に藤咲さんに会った。
軽く説教をされながら部屋まで送ってもらうと、ようやく自分の部屋にたどり着くことができた。
(ん?誰だあれ)
大翔の部屋の前に知らない女性が立っていた。
セミロングの黒髪ストレートで、身長は160センチくらいだろうか。大翔のように病院服を着ていないので患者ではないようだ。
あの人も迷ってるのかな。あのまま部屋の前にいられたら、すごく入りずらい。
なんといえばいいのかを考えていると、あることに気が付いた。
――めちゃくちゃ可愛い――
遠目でみてもわかる。それにあの人、藤咲さんが言ってた謎の女性の特徴が全部当てはまる。もしかしてあの人が藤咲さんが言っていた人なのかな。
藤咲さんも部屋の前に立っている女性に気が付いたようだ。
「あ、あの人。あの人がさっき言ってた人だよ」
そういうと藤咲さんは笑顔で「後はごゆっくり~」と言って笑顔で車いすから手を離し、去っていった。今日会ったばかりだが藤咲さんはなかなかいい性格をしているようだ。
突然一人ぼっちにされ、おどおどしていると、謎の女性の方も大翔に気が付いたようで、こちらに近づいてきた。
(どうしよう!どうしよう!絶対俺のほうに来てる。話しかけられたらなんて返せばいい)
いろいろ考えた結果、大翔の出した答えは‟逃げる”だった。
謎の女性が近くまで来たところで、タイミングを見計らってすれ違うように前に出る。
よし、完璧だ。
美人耐性のほとんど無い自分に、あんな美人が話しかけてきたら、挙動不審になる自信があった。
だが、当然ながらそう上手くいくことはなかった。
「あの、内田大翔さんですよね」
【あとがき】
謎の女の正体が次回判明します。そして、次からは、女の視点を書いていくこともあります。視点を変えるとき、物語の初めに大翔は✦、女は✤のマークのようなものを入れるので、何か変だなと思った方は、このマークをさがしてみてください!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます