第63話
《拓人視点》
とある時限での出来事、ほんの些細なんだけども。
俺は琴音、川島さん、裕貴と別れて選択科目の為に移動教室で授業があった。
いつものように一人で向かっていたら、後ろから声を掛けられた。
「しーばさーきくんっ」
「ん、えーっと…」
やべ、名前が出てこねえ…人の名前覚えるの苦手なんだよな…
「噂通り名前覚えてないのは本当なんだ…改めて自己紹介するけど移動しながらで良い?」
「…お好きにどうぞ」
移動教室の度に誰かしらに声を掛けられる俺、一年の文化祭以降頻繁によく起きていた。
今回もその類いだろうと思い、いつものように簡単にあしらっていた。
「私の名前は
「…よろしく」
「一応言っとくけど別に付き合って欲しいなんて言わないからそこは安心して?好きな人は居ないけど」
自己紹介を終えた大森さんは、ポケットからスマホを取り出し一枚の写真を見せてきた。
「この間、ここの捨てられた猫拾ったでしょ?」
「……それとこれが何か関係あるのか?」
「うん、まあね…」
大森さんは少し暗い顔をしていた、何か思いあたる節でもあるのだろうか?
「その猫、うちで産まれたんだけどこれ以上飼うに飼えなくて……一応友達やら親戚には声掛けたよ?でも誰も居なくってさ、仕方なくこうするしかなかった」
「そう、だったんだ…」
「でもすぐ引き取ってくれてありがと、あのままだったら私居てもたっても居られなくて……本当にありがと」
相当後悔していたのだろう、捨てたくないのに捨てざるを得ない判断をしてしまった自分を。
彼女の私物は殆どが猫に関するものばかりで、本当に猫が好きっていうのが分かった。
「あれからあの子どうしてる?元気?」
「うん、意外と大人しいけど凄く甘えん坊」
俺は胸ポケットからスマホを取り出し、画像を見せた。
「やっぱり猫は良いわ~、見てて癒される……」
「やっぱ可愛いよな……っと急がねえと遅刻する」
「そうだね…んじゃ行こっか芝崎君」
俺達は足早に教室に向かった。
☆
その後何も起こらずに一通りの授業が終わって、待ちに待った昼休み。琴音のお手製のお弁当タイム。
いつもの小さな弁当箱と、少し大きめの弁当箱を持って俺のところに歩み寄ってくる。
「ほら、琴音?芝崎君の為に作ったんでしょ?あ、ひろくんこれどうぞ」
「んっ……これ」
顔を逸らしながら顔を赤くして俺に差し出す琴音。
「ありがと、開けて良い?」
「うん……」
俺は琴音から貰った弁当箱を開けた、色選り取りなおかずに俺は目を奪われた。
どれも美味しそうで、食べるのが勿体ないぐらいだった。
「んじゃいただきます」
まずは唐揚げを一口、外の皮はカリカリで中は柔らかい、一度琴音から貰ったことがあるけどそれ以上に美味しかった。
「うん、美味しい」
「私としては……玉子焼きを食べて欲しいんだけど……」
琴音に言われて玉子焼きを一口サイズに切り分けて、口の中に白飯と一緒に含む。
「っ!えっこれ……めっちゃ美味いんだけど……」
母さんや結衣が作ってくれるのと全く同じ味、いやそれ以上だった。
「そ、そう……ふーん」
「いつも食べてるのと全然違う……本当に凄く美味い」
「もう大袈裟よ、でもありがと」
俺は夢中になりながら、琴音の手作り弁当をただひたすら食べ続けた。
「琴音って本当何でも出来るよね?料理も勉強も」
「美咲だって、裕貴君のために毎日作ってるんでしょ?」
「最初は食べてくれなかったけどね、ひろくん?」
そういやそんなこともあったな、あの後大泣きして裕貴が折れたんだっけかな?
「あの時は悪かったって……だって見るからにヤバそうだったからさ、でも今は美味しくいただいております」
「むぅ……なんか腹立つ」
その後も俺達は雑談を交えながら、昼休みを過ごした。
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