第55話

 紅音さんが帰宅してから、数十分が経過していて未だに居づらい空気が漂っていた。

 よくみると紅音さんも若干顔が赤いような…?


「な、何かな?顔に変なものでも付いてる?」


「い、いえ…何でもないです」


 見すぎは良くないよな、うん。

 けど横向きたくないんだよなぁ…凄い視線を感じるし……

 というかもうこんな時間か、俺もそろそろ帰らないと。


「え、えと……俺帰ります、琴音また明日な」


 俺は急ぎ足で琴音の家を出た。




 ☆




 雨は落ち着いているが、まだ降り続いている。

 一人でとぼとぼ帰路についていたら、近くの電柱の傍に小さな段ボールがあった。

 俺は気になって近くまで寄ると、弱々しい小さな鳴き声が聞こえた。


「…お前独りか?」


「…みゃー」


 手を近くまで寄せると、子猫は怯えた様子で小さくなっていった。


「大丈夫、なにもしないよ」


 子猫は最初は怯えていたが、徐々に慣れ始め最終的には甘えていた。

 すると後ろから声を掛けられた。


「あれ、たっくん?どうしたのそんなとこで」


 明莉だった、ポニーテールだった髪型は今はロングになっていて少しだけ可愛くなっていた。


「久し振り、最初別人かと思ったぐらい似合ってるよそれ」


「ありがと、でもその言葉は琴音ちゃんにね?」


「確かに…でも珍しいな一人なんて」


 いつもよく男子らと帰ってたような気がしたけど、今日は珍しく一人だった。

 けど明莉はちょっと様子がいつもと違っていた。


「……さっき告白されちゃって逃げてきちゃった」


 俺との関係が幼馴染としての付き合いになってから、明莉の評判は噂程度で聞いていたけどまさかそこまで行くとは…


「その告白してきた人の事は好きなのか?」


「ううん……友達として好き」


「そう…まあ頑張れ」


 反応をみる感じだと、付き合うのはなさそうだな。

 今度は明莉が俺に問い掛けてきた。


「たっくんも一人?っていうかさっきから気になってるんだけどその段ボール、何なの?」


「ん?ああ、子猫なんだけどさ」


「猫?見せて見せて」


 雨が降っているから距離はある程度離れている、けど目を煌めかせて子猫を見ていた。

 確か明莉って動物好きだったな、とふと思い出す。

 子猫は俺の腕に隠れて、少し怯えていた。


「……んー、怖いのかな?それにしてはたっくんには懐いてるね」


「でもどうしよう…明莉のとこって飼えないっけ?」


「あぁ、お母さん猫だけなーんかダメなんだよね」


 まあそのせいで俺は犬が嫌いなんですけども、けどどうしたものか。

 とりあえず、母さんに聞いて返答次第考えれば良いか。

 俺は胸ポケットからスマホを取り出し、母さんに電話を掛けた。


『もしもし?珍しいわねそっちから掛けてくるなんて』


「基本母さんが掛けてくるからな……んでちょっと聞きたいことがあるんだけど」


『何?琴音ちゃんと喧嘩でもしたの?』


「してませんしする気もありません」


 ったく母さんは……俺の親のはずなんだけどな


『じゃあ何?』


「うち、動物飼えるっけ?」


『飼えるわよ?でもそれがどうしたの?』


 飼うこと自体は問題はなし……けど本題はここからだ。


「今子猫とちょっと遊んで―――」


『良いわよ飼いなさいな』


 はええよ!俺飼うなんて一言も言ってねえぞ!?


『でも、飼うからにはしっかり面倒見なさいよ?』


「お、おう…分かりました」


 俺はそのまま通話を切る、テレパシーかなんかな?最近母さんが怖いです。

 不思議に思った明莉は、俺を呼び掛ける。


「たっくーん?どうだったの?」


「飼って良いって…まず俺一言も言ってねえんだけど」


「そか、まず帰ろ?後で遊びに行くから」


 そう言って明莉は再び帰路に、俺は子猫を優しく抱いて小さなタオルと一緒に鞄の中に入れ、顔だけ出せるようにして後を追った。

 子猫は何度も呼び掛けるように鳴きながら。

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