第52話

《琴音視点》


 拓人に学祭について話し合ってから二日が経ち、まだ拓人は戻ってこなかった。

 クラスの皆もそろそろ焦り出してきた、このままだと期待を裏切ってしまう。


「ねえ琴音ー、まだ駄目そうなの?芝崎君」


「ええ…震えは治まったらしいけど、十分に動かせる状態じゃないの」


 裏方ならともかく、皆の前に出続けるから流石に厳しい。

 あの当時は箸すら握れなかったけど、今は握れるだけの力は戻ってきている。


「このままだと芝崎君抜きかなー…」


「っ…?!そうね」


 最悪の事態にならなきゃいいけど…




 ☆




「ということがあったから、なんとかするわよ」


「えぇ…そのままで…痛い!分かった!分かったから!」


「で、この調子だと退院日はいつなの?」


 拓人には一日でも早く復帰して貰いたい、皆もそう思ってるし私も思ってる。


「このままだと学祭前日だって、もっと早く治せたらちょっとは変わるんだろうけどさ…」


 流石の拓人も責任を感じていたようだった。

 私も付き合って初めての学祭だから気持ちそのものは同じだろう。


「まあなんとか頑張る、皆のためにも」


 学祭開始までもう三日しかない、少し焦っていた私は拓人が抱き締めているのに全然気付かなかった。


「拓人…?」


「最近琴音すぐ帰るからさ…こうしてゆっくりしたいなって思って…駄目か?」


 前より抱き締める力はないけど、それでも気持ちは十分に伝わってくる。


「ううん…ありがと、少し落ち着いた」


 そのまま見つめ合う私と拓人、お互い引き込まれるように目覚めてから初めての口づけを交わす。

 交わした後お互い顔を離し、拓人が小さく微笑んだ。


 久々に間近で見た拓人の優しい顔に胸が締め付けられて、久々に胸に顔を埋めた。


「うおっ…相変わらずだなほんと」


「…うるさいっ」


 その顔が卑怯なの!




 ☆




 そして翌日、いつも通りの朝を向かえていた。

 自分のクラスに着き、それぞれの作業をやってる中、廊下が慌ただしい。


「やけに賑やかね、何処かのクラス終わったのかな?」


「それにしてはうるさいような…」


 段々騒いでる音が大きくなって、私達のクラスのドアが開く。


「…先生に無理言って外出許可貰ってきたわ」


 男子が群がってそれぞれが待ってたと言わんばかりに、久し振りの制服姿を見た私達女子は一部を除き泣いていた。


「良かったね、琴音?」


「そうね…本当無理しちゃって」


 恋人らしい事が出来たからかな?昨日より逞しいわね。

 そんな中私と拓人は自然と目が合い


「ただいま、と言っても今日半日だけど」


「おかえり、じゃあ私も早退しちゃおうかな?なーんて」


「琴音!私とひろくんも一緒に!」


「俺まで巻き込むなよ!」


 クラスの皆は笑顔になっていたけど、拓人だけは普段通りだった。

 まだ心の傷は癒えてないんだ、と思ったその時だ。


「ぷっ…くくっ、ほんとお前らってお似合いだな…ってどうした皆?」


「拓人お前…」


「今笑ってなかった?」


 ああそっか、私と美咲と裕貴君以外のクラスの皆は知らないんだった。

 拓人だって笑うこと、自然と笑えるようになったことを。


「なーにぼさっと突っ立ってるの?衣装あるからこっち来なさいよ、サイズ調整しなきゃ駄目でしょ?」


「そうだね琴音、ほら芝崎君こっち!皆もボーッとしてないで手を動かす!」


「行こうぜ拓人?」


 私達三人、いや四人はいつものように


「おう!」


 仲良く笑い合っていた。

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