第39話

「じゃあ今度こそ行ってきますって、お兄ちゃん達どうしたの?」


 俺は落ち着かない状態で琴音に視線を向けるが、琴音は髪の毛を触りながらちらちらとこっちに視線を向けていた。

 不思議に思った結衣だが、あまり気にせず母さんの元へ向かっていった。


「はぁ~あ…俺部屋戻って頭冷やしてくる」


「え、あ…う、うん…」


 少し悲しそうな顔をしてたけど、恥ずかしさがまだ勝ってたのかまだ顔は赤い。

 俺だってもっと一緒に居たいけど、こんな気まずい雰囲気のままだとお互い良くない。

 でもやっぱり…


「琴音も…来る?」


 多少気まずくても俺は一緒に居たかったから、声をかけた。

 琴音は無言で俺の傍に近付き、顔が赤いまま服を摘み、小さくこくんと頷いた。




 ☆




 俺と琴音が部屋に戻ってから少し経った頃、お互い調子を取り戻した。

 俺はパソコンでネットサーフィンをしながら、ぼーっとしていたら琴音が後ろから抱き着いてきた。


「なーに見てるの?」


「うわっ…ホント好きだな、抱き着くの」


「何よ、不満?」


 咄嗟に変なことを口にしたせいで、琴音はちょっと頬を膨らませて、睨んでくる。


「そんなことはないけど…あ―」


 俺は気になっていたアイドルグループの個人であげている動画を見つけ、今回は俺の推しだったので再生を押そうとした瞬間


「あででっ、な、何?」


 不意に耳を引っ張られた。

 琴音は冷めた目で俺を見ていて、カーソルを合わせると更に引っ張る力を強くした。


「…鼻の下伸びてる」


「ちょ痛いっ!マジで痛いって!!琴音さん?!ちょギブ!」


 なんとか解放はしてくれたものの、何故かカーソルを合わせる度に耳を引っ張られる。


「…ふんっ!」


「いっで!」


 終いには足を蹴られる始末、俺怒られるようなことしたかな…?


「そうやってデレデレ鼻の下伸ばして…私には全然しない癖に」


「えーっと、なんかごめんなさい…」


 ここは素直に謝ろう、下手に言い訳するよりは全然良いだろう。


「ふふふっ…今度やったら、分かってるわよね?」


 満面の笑みを浮かべながら、俺に向かって言い放つ。

 俺は首が取れるぐらいに頷いてその場を乗り切った。

 

 尋常じゃないほど笑顔が怖い!


 俺はこの時、琴音が居ないとこで見るようにしようと心に誓った。


「…こっそりも駄目」


 ?!口に出してないんだけど…


「顔に出てるわよ?」


「お、おかしい…俺のポーカーフェイスが…?」


「というか、あの子推しなの?」


 ん?意外と認めてくれる感じですか?


「…本当は悔しいけど、なかなか可愛いじゃない?」


「んー、まあ可愛いのは認めるけどちょっと違うっていうか…」


「?どういうこと?」


 この場合、何て言えば良いんだろう…確かに俺が推してる子はファンの間でもかなり人気が高い。

 でも俺はそれだけで選んだ訳じゃない。


「この子さ、アイドルやりながらいろんな事やってて、それがすげえなって思って気付いたら推しになってた」


「普通はさ?アイドルならその道一本でしょ?」


「でもこの子は違う、いろんな事に挑戦して可能性を広げてる、そんな姿に惹かれたんだ」


 そう、まるで琴音みたいに…


「琴音やこの子と違って、俺には何もないから…」


「そんなことない…拓人は―」


「たとえ合っても、それは琴音を大切に思う気持ちだけ」


 なにかきっかけさえあれば、俺も琴音のように胸を張れるのに…


 ――俺がその気持ちに気付くにはまだ当分先の話。

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