44話「Dark Crow ~バケガラス~」


 この祠の間を守り抜く最後の番人の一人と言うべきか。

頭も垂れずに土足で踏み込んできた侵入者たちに対し、宣戦布告を申し出る。


「……お前だけが分からない」


 一人、瑠果はキサナドゥへと問う。


「お前の和服の紋章……それは“雲仙”のものだ」


 今、五光に選ばれている五つの家名は、浮楽園・我刀・雲仙・神流・荒の五つだ。

 その内、今まで一度もあった事のない五光の名が雲仙。罰の仮面をつけたこの人物の正体……五光であるというのなら“雲仙の人間”という事になる。


雲仙怜うんぜんれい。前の雲仙の当主の名だ。今は年老いて後を継がせたと聞いていたが……お前は本当に“雲仙の人間”なのか?」


 キサナドゥが雲仙の一族であることに疑問を抱いているような言い方だった。


「……“雲仙の一族に今後跡取りはいない”。私はそう聞かされていた」


 瑠果は敵意を露わにし、睨みつける。


「答えろ。お前は誰だ……!」


「正体、はもう教えてあげるべきかもしれないね。“処刑人の一族”の名を継ぐ私が一体何者なのかを」


 キサナドゥは、罰の仮面を取る。


 ___キサナドゥ。


 ___その名の由来は、エンマ大王とも言われている地獄の番人“ザナドゥ”から来ていると思われる。


___この街全ての罪人を狩り尽くす心無き処刑人。慈悲無き命令を与える心無き怪物。


 その罰の仮面。その面と外皮に隠されていた素顔。



 ___癖毛だらけの銀の髪。何度も会ったことのある“女”。



「お前は……ッ!」


 瑠果はその正体を前に息を呑む。


「アビス!?」


 牧瀬もその人物は知っていた。

 情報屋アビス。レジスタンスである彼女達に情報を与え続けてきた協力者であった。


 罰の仮面で覆われた羊毛で髪の毛すらも隠されている。伸ばすことなく折りたたまれている髪、多少汗で群れた顔を袖で軽く拭う。


「……久しぶりだね。また、会えてよかったよ」

「そういう事、か……仄村の一件以前の問題だったんだ」


 札と拳銃を共に構える。


「「最初から、俺(私)たちは踊らされていたのか……!!」」


 元より手中の上だった。

 天王反対派というのは全くのデタラメ。百発百中の情報が飛んでくるのも当たり前だったのだ。彼女は五光であり、城の内部事情を全て知っているのだから。


 駒として動かされていた。この日の為だけに、都合よく。


「さぞ、愉快だっただろうな……!」

「正しい情報は与えたつもりだよ。自分が情報屋という一件以外で君達を騙したつもりはない。そして、私は君達に何度も警告もしたさ。逃げた方がいいと……警告を無視したのは君達だろう?」


 悪びれる様子もない。アビスは罰の仮面を放り捨て、三人に向き合う。


「おい、依頼人は無事なんだろうな?」

「ああ、今は静かに眠っているとも」


 向けられる視線。

 冷たい床。体全ての自由を奪われ、拘束された“アルス”の姿がある。


 また一時的に眠らされたようだ。【L】による能力なのか、或いは催眠ガスや催眠薬による強制的な束縛か。


「そうか、だったら、」


 突き抜ける。

 一撃必殺。向こうに悟られるよりも先に……“心臓を貫く”。


「話が早いな」


 プロの殺し屋らしく、会話の途中でも殺気を隠し通していた。

 向こうが会話に返答すると同時に槍は伸ばされていた。瑠果と牧瀬、二人にもタイミングは伝えていない。誰もが察知できない不意打ちであった。


「……本当にそう思うかい?」

「!?」


 心臓を貫いた。息絶えるまでにはまだ少し時間がかかっているだけなのか。

 人間、心臓を失っても数秒程度であれば喋ることが出来る。本体から切り離されたトカゲの尻尾と同じだ。動きが止まるまで多少のラグがある。


 だが、彼女が胸につかれた槍を掴んでから、結構な時間が経過している。

 絶命するのに多少のラグがあるにしても時間がかかりすぎている。それどころか、キサナドゥは呼吸一つ乱している様子がない。


「一方的に話しを進めるのが君の悪い癖だ。最も、他人嫌いな君には到底無理な話だろうけどね」


 手のひらが向けられる。

 札が一枚、呪術の類だ。雲仙もまた、呪術を弁えている。


「チッ……!」

 直撃は避けた方がいい。勘がそれを告げていた。

 槍を引っこ抜く。例え掴まれていようとも、彼ほどの腕力をもってすれば取り返すことなど容易い。キサナドゥの胸と腕から槍が離れ、威扇は自由を取り戻す。


「……間に合わなかったか」


 札は燃えていない。呪術の発動はされていない。

 攻撃の手を節約するために中断したのだろうか。残念そうに札を引っ込めた。


 ……あれだけ勢いよく引っこ抜いたのだ。

 穴の開いた胸からは血の噴水が今から飛び出す。槍の刃を掴んでいた手の平も骨身ごと裂かれているに違いない。どうであれ、致命傷だ。


「前々から、おかしいと思ったんだ」


 威扇は槍を振り払う。浴びた返り血を払うため……その動作の“はず”である。


「何度もお前の肌を切った。だというのに」


 しかし、威扇は口にする。

 不気味にもほどがある……この上ない“違和感”に対して。


「“どうしてお前の体は血を流さない”?」


 槍の先端に“血液”はついておらず。


 キサナドゥの肉体からも、血が噴き出る事はなかった。

 体に穴は空いているが、それは粘土を埋め込むように次第に塞がっていく。手のひらからも血が溢れることはなく、やはり塞がっていく。


 気のせいではない、彼女の体にはまるで血液が存在していないように思える。


「さぁ、なんでだろうね」


 笑みを浮かべることなく、キサナドゥは首をかしげて問い返す。


 まるで人形のようだ。

 思考が読み取れない。動きに彼女の感情が一切乗っていない。ゼンマイ仕掛けのように決められた行動しかとらない不気味さは、人形以外に例え様がない。


「ふしぎなことも、ある、ものだよね」


 質問したところで素直にタネ明かしをするはずもない。


 あの再生能力。独自の肉体を持つことが彼女の【L】の正体なのだろうか。


「つぎは、わたしの、ばん、だよね」

「……!!」


 まただ。目で見えているのに“気配を全く感じない”。

 

「威扇ッ!?」


 聞こえる。何か音が聞こえる。

 “刃を振るう音”が微かに、聞こえる。


 今、目の前にいるキサナドゥは“何もしていないはずなのに”。


「瑠果! 気をつけろ、こいつ……!」

「分かっている!」


 牧瀬、瑠果も部屋を歩くキサナドゥから目を離さない。

 殺意も快楽も、喜怒哀楽全ての感情が籠っていない……“斬殺攻撃”に備える。


「くっ……!?」


 目を離していなくとも“回避”出来ない。

 瑠果は切り裂かれた肩を抑え、声を上げる。


 こんなにも重く、獰猛だ。

 これだけの殺意を隠す。これだけの感情を肌身で一切感じない。


 まるで“幽霊と戦っている気分”だ。


「くっ……!」


 だが、慣れてきたのか“かろうじて一瞬だけ動き”は見える。


「このぉっ……そこか!?」


 弾丸が三発。放たれる。



「当たって、いるのか?」


 胸と首元と腹部を捕らえている。だが、牧瀬はそれを確認できない。


 ……だが、確認したところで無意味だ。

 弾丸はキサナドゥの体を貫くだけ、本人は何の苦悶の表情も浮かべていない。


「牧瀬ッ!!」

 致命傷にすらならない、ちょっかいをかけた程度では何にもならない。

 キサナドゥの攻撃の矛先は、三人の中でも戦闘力は格段に低い牧瀬にへと向けられる。ただ勘で、気配で攻撃を回避しているが、もうじき被弾を許しかねない。


「どうすれば……!」


 攻撃がほとんど通らない相手にどう仕掛ければいいというのか。

 

「そらよっ!!」


 牧瀬にばかり意識を集中させない。タイミングを計って威扇も割り込んでいく。


「しつこいね。ははは」


 勝機が見えない。こんな化け物に、勝てるというのか。











「……見覚え、やはり、ある」


 床に縛られたまま動けない愛留守。


「きの、せい、じゃない。やっぱり、きの、せいじゃなかった」


 何度も顔を合わせていた情報屋のアビス。

 初めて会ったその日から、アルスはアビスの顔に既視感があった。


 雲仙の羽織。一族の人間である証。

 五光の歴史を古くから知る中心人物の一人。花園愛留守は脳裏を探る。奥隅々にまで探し尽くす。


「なにか、なにか……!」


 日本を支えてきた呪術使いの一族の歴史。

 その当主たちの顔を……彼女は、鮮明に思い出す。



「つたえ、る、つたっ、え……!」


 両手小指が動く。

 口も、手足も。

 少しずつ、自由を取り戻す。


「伝える……ッ!!」


 金縛り、が解けたような感覚がした。

 驚いた猫のように飛び上がる体。花園愛留守は自分の今までの行動に不可解さを覚える程の跳躍に驚愕する。


「姫さん……?」

 さっきまでは動き一つ取れなかったはずの愛留守が途端に動き出した。その一瞬、見逃すはずがない。

 だが、その行動はキサナドゥの前では“絶対にやるべきことではなかった”。



「しまっ、」


一度でも視界からアビスを逃してしまえば、次の視認は困難となる。


「そこかっ!」

 牧瀬の発砲。それがサインとなる。 

 弾丸が不発に終わろうと、とんだ弾丸が“アビスの居場所”を教えてくれる。一瞬気を取られた威扇ではあったが、再びキサナドゥの気配を探ることに成功する。



「……瑠果ッ!」

 アルスは頼れる部下である彼女を呼ぶ。

「“悪霊祓い”の術です! 【L】でも何でもない……悪霊祓いを!!」

 いまするべき行動。キサナドゥを止める手段を持っている人物はこの場でただ一人。


 宮丸瑠果。彼女だけだとアルスが叫ぶ。


「“彼女は人間じゃない”!!」


 幽霊。まるで人形のよう。


 その感覚は間違いではない。花園愛留守は真実を突き付けた。



(人間、じゃない……?)




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




『それと___キサナドゥという奴には気をつけろ』


 死ぬ直前。信秀はメッセージを残していた。

 天王に打ち勝つためのシンプルな手段。それ以外にも、重要な情報を。


『あいつは何を考えているのか分からない……隙を見せてはくれない。言葉、行動すべてに感情が籠っていない。あの“天王”でさえも、何を考えているのか理解していないようだった』


 天王の能力でさえも覗き込めない“謎の存在”。

 五光のメンバーの中でも格段に異質なキサナドゥ。城へ向かうのならば必ず対峙するであろう強敵、その恐ろしさを口にする。


『……もし、俺の考えが正しければ、彼女は、』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 最後の情報は、あまり頭に入らなかった。

 信秀の行動の真実を知って。彼に対する想いと懺悔の気持ちで、それどころではなかったのを覚えている。


 今になって、彼の言葉が蘇る。




「____六根清浄、急急如律令。」


 札を手に、発動する。

 人殺しの道具のみに使われるようになっていた呪術が……“一族本来の使い方”として。



「……ふふっ」

 悪霊祓い。

 それが発動された途端に……“キサナドゥの動きはピタリと止まった”。


「これで、いい、これで、」


 “彼女の体が燃えていく”。

 髪の毛、皮膚、爪、そして隠れ蓑の羽織。神流が使用していた悪霊祓いの術と同様、その体は青い炎によって消えてなくなっていく。


 その一瞬、燃える肉体の中から、その中身が見えたような気がした。

 骨ではなく、臓器でもない。


 老婆の顔。

 先代の当主……“雲仙怜”の顔が、一瞬だけ。


 キサナドゥの肉体は、塵一つ残らず消えてなくなった。





「……彼女は“先代の式神”だったのか」



 読み取れるはずもない。人間の心をすべて掌握できる天王でさえも。

 相手は本当に……人形。


“雲仙怜が生前に残した人形の一体”だったのだから。

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