45話「OUT SIDER ~葬の祠~」


 キサナドゥは灰となって消えた。


「……なぁ、その雲仙怜っていう老婆」

「ああ、既に死んでいる。二年前に病でな」


 キサナドゥ。それは“雲仙怜”の置き土産とでも言うべきか。

 式神。自分の意思をそのままトレースした人形であったのだ。


「まさか自分の分身を跡継ぎに残しておくとは……」


 人形ともなれば、人間は愚か、天王の力をもってしても思考が読み取れないのは当然である。人間ですらなかったのだから。

 その式神は“死霊の類”ということもあり、カウントとしては悪霊にカテゴライズされていた。


「……アルス様。“見覚えがある”というのは」

「小さい頃、当主様達のアルバムを見せられたんです。アビスの姿は、その若い頃の雲仙怜にそっくりで……今になって気づくなんて」


 アルスは自身を呪う。こんな些細なことを思い出せなかったことに。


「愛留守。さっきまでは身動きが取れなかったようだが……」

「ええ、拘束されていました……その発動主が遠くに行ったので、その効力が弱まったようです」


 弱まったところで足掻きを見せた。どうやら、動きを封じられていたのは天王の能力のようである。


「残り一時間……準備に入ったようですから」


 残り一時間。“裁定”が近づいている。

 彼女が言うに、天王はここから遠くへ逃げたようにも取れるが……儀式の準備は進めているようである。


 アルスの視線。

 それは、部屋の中央にある“祠”へと向けられている。


「そこの祠をぶっ壊せば出てくるか? なんか大事なものだったぽいしな」

「ダメです!」


 広間の中央。放置された祠を破壊しようとすると、アルスが止めてくる。


「……これを壊せば、“彼を倒せなくなる”」


 中身の見えない祠。藁のカーテンで覆われたこの祠に何があるというのだろうか。

 見た感じ、神社や寺などでよく見かけそうな祠である。だが、カーテン越しでもシルエットが見えない。誰もいないように見える。


 この祠に何が特別な仕掛けが施されているのだろうか。


「よっと」

 試しに、藁のカーテンを切り落としてみる。

「これは……」

 中には当然のように誰もいない。





 代わりに見えたのは“小さな黒い歪み”。

 ブラックホールとも思えるような不気味な歪みだけが、祠の真ん中で蠢いている。


「……この中に、彼はいます」


 天王はこの中にいる。

 アルスの人差し指の先。明らかに何かありげな歪みを指さしていた。


「彼は“新世界の核”へ向かったんです」


 天王はこの中にいる。裁定の選別の準備を進めるために、既にこの世とは“違う世界”にいるのだという。


「新世界の、核……もしやっ」

 瑠果は思い出したかのように呟く。


「消える罪人たち……この城の……“闇”と言える場所、ですか?」


 この城へ送り込まれる旧人類。その人物達は“とある場所”へと連れていかれる。それは、五光の人間も詳しい事を知らない。存在だけを知らされている謎の空間である。


 情報は全くない。底の見えない闇の中。そんな空間に飛び込むのだという。


「今、彼は準備のため、手が離せません。向かうなら今の内です」


 準備をしているというのなら、まだ中に入っても襲われない。チャンスは今しかない。


「……闇。新世界の核って何なんだ?」


「“【L】の総意”。【L】を生んだ者の心層世界と銘打っておきましょう……王の器のみ、自由を許されぬ“異なる世界意志の空間”です」


 この世の心理の核。


 この祠はその入り口。天王はずっと、新世界と別世界の狭間で人間を監視していた。


 この祠を破壊すれば……この日のうちに、天王を追いかける手段はなくなる。


「彼が選別の時間を迎えたら……勝機はなくなる。罪人は“抵抗も出来ずに殺される”」


 天王、とは何なのか。

 罪人たちをどうしているのか。世界をどうしているのか。


 少なくとも、この別世界の中に逃げたという天王。裁定を迎えたその瞬間……人間は誰も“逆らえなくなるという”。



「……ヤバイっていうなら、今すぐにでも突入するべきか」


 残り一時間。ここから先、後には引けない。もう瑠果達には戦力のバックアップも逃げ道もない。


「……姫様」

 この空間に飛び込む。既に捨て身の覚悟で飛び込んではいる。

「ここへ入る前に、一つだけ聞きたいことがあります」

 しかし、やはり聞いておくべきことがある。

 それは、花園愛留守に対しての“疑問”。


「愛留守。俺も一つだけ問いたい」

「悪ぃな。クライアントの事情には突っ込まないようにしてるんだが……俺もだ」


 天王に対する殺意はきっと変わらない。でも、どうしても決着をつけておきたいモヤモヤがあった。



 それは花園愛留守に対する疑問だ。


「……構いません。私には、きっとその義務があります」


 花園愛留守は逃げない。

 その疑問にはきっと答えなくてはいけない。彼女は覚悟を決めて、三人の疑問を待つ。



「花園家は古くより、その身に厄神の力の一部を宿しているとは聞いています……ですが【L】に覚醒してからは、その力がこの世界にとってはマイナスの方面に働いたとは、貴方から一度も聞かされていませんでした。あなた自身が厄神となり世界の脅威になる……それは、事実なのですか?」


「……事実です。【L】に覚醒した私は、その身の内の厄の力が増幅しました。微かに肉体強化の恩恵も受けてはいましたが、それでも抑えられない」


 瑠果からの。三人全員の問いに、アルスは濁すことなく答える。


「いずれは、この力は世界を滅ぼす。私も、その一件自体は伝えられていて、以後どうするかの返答は今後の話し合いで決めると進めていました」


 一方的に話を進められていたわけではない。表面上では入念な話し合いがあったのだ。


 花園家はこの日本都市に陰ながら貢献し続けてきた。そんな一族の血をこんなにも容易く引き裂いてよいものかと。宮丸や神流のような狂信に値するレベルの信者だっていた。迂闊には進められない話だった。



「……俺からの質問だ。お前のその身に宿るのは復讐心か? お前は、一族を滅ぼされた恨みつらみで俺達を利用したのか」

「訂正する箇所があります」


 百パーセント否定するわけではない。牧瀬の質問にも答える。


「確かに私は、彼に対して想う事があります。ですがそれは一族を滅ぼされ、私の命を奪おうとまでした事に対する恨みなんかではありません」

「利用したのは、事実なのか」

「……ええ」


 愛留守は大事な部分は絶対に否定しない。


「私の事を知れば、協力者なんて現れるはずがない。黙っていました……彼を倒すためにも、一つでも多くの戦力が必要だったんです。私一人では……どうすることも出来なかったから」


 利用したという表現が正しいかは分からないが、全員に大事なことを隠していたのは事実であると認めた。

 謝罪をする。何せ、彼らにやらせていたのは、一歩間違えれば“世界滅亡への橋繋ぎ”であったのだから。



「……アイツを倒す。その為にはお前の事情を隠したってのは分かる。でも一つだけ分からないことがあるのさ」


 面倒な疑問は取り払う。話が詰まるよりも先に威扇が間髪を入れずに質問を挟み込んだ。


「“なんで、天王の能力の事まで話さない”のかの方が俺は気になる」


 彼を倒したいのなら、その重要な情報を黙る理由はないはずである。


 だが、彼女はそれを頑なに喋ろうとはしなかった。それを知ればきっと心が折れるだなんて理由ではないはずだ。

少なくとも、ここにいる連中は敵の戦力差での事情で足を止めるような人物ではない。


「あの仮面に言われたよ……お前はもう一つ、厄介な呪いをかけられているってな。制約だとか、封印だとか」


 一度結ばれた契は“死”以外で千切れることはない。


「……お前の契約者、もしかしてだが」

 

 ずっと気になっていた。

 威扇の疑問。それは___。



「“浮楽園愛蘭”なんじゃないのか?」


 “彼女の契約者”であった。

 愛を与える者、或いは愛を受け取る者……彼女はきっと、“一方的に愛を与えられている側”でないのかと。そして、その愛を与えている連中は“教徒”の連中ではない。


「……」


 また、苦しい顔で否定をする。



「さっき、拘束されてたって言ってたな……“体の自由をとことんまで奪う”。天王の力で“理不尽な制約”をかけられまくっていたってワケか?」


 拘束。自由を奪われる。今、この場でも、アルスの動きはぎこちない。

 

 契約者との制約。

 アルスは制約によって……“天王の秘密”を喋れないように細工されている。協力者を集わせない最悪の悪循環の塊として、存在させるためだ。


「……最後の、問いだ」


 一方的な二つ目の問い。

 だが、これを聞いておかなければ“結論は出ない”。



「この歪みは“【L】の総意”だと言った。【L】を生み出した者の世界だと……」


 謎の世界の入り口。そこへ逃げ込んだ“天王”。






「“お前が恨んでいるのは、浮楽園愛蘭じゃないな”?」


 王の器。

 彼女は浮楽園を“別の存在”のように話していた。


「……」


 天王。

 浮楽園愛蘭は……“器”だ。


 今、この世界を束ねているのは___。

 【L】の力によって暴走している“人間なんかではない”。



「まぁ、お前が答えられないなら」

 何処まで制約がかけられているのか、試す時間なんてない。こうやって呑気に喋っている間にも、時間は過ぎていく。


 焦っている時、快感を覚えている時、人間にとって都合が良い場合のみに限って、時間とは早く流れているようなものだ。理不尽な摂理には、ガッカリさせられる。


「行って確かめるしかないな。お前が言うに、今は安全みたいだからな」

「……そこに“嘘”はありません」


 三人は祠を取り囲む。

 花園愛留守もまた、歪みの前に立つ。


「行きましょう。もう、これ以上、好きにはさせません」


 この中にある、答えを……新しい世界の歪みを、探しに行く。


「奴の目的は花園愛留守だ。彼女は連れていくのは危険ではないのか?」

「分かってないな、刑事さん」


 入る前の余計な一言に、威扇は呆れて息を吐く。


「……天王を殺す事だけを画策してるのなら、後ろでコソコソ下がっていればいいだけだ。こうして、姫さん自ら身を乗り出すのには理由がある……奴を倒すには少なくとも“姫さんの協力が必要”という事だろ」


 天王を倒す。近づくのは危険だとわかっていても、花園愛留守は協力者を集めて城へ挑もうとした。


 ただの自殺行為とは思えない。

 天王を止められるのは……契約者“花園愛留守”の存在が必要不可欠、ということか。


「まぁ、それ以前にここに置いていく方が危険だろ。まだ追手はいるっぽいし」

「……それも、そうか」


 一斉に、祠へと近寄っていく。


「ここから先は、私たちの知らない世界だ……準備はいいな?」


 【L】。科学でも解析できない未知の力。

 それを生み出した空間。この世では解析する事は出来もしない未知の空間。







 ___全員、無言の肯定。






「いくぞ」


 四人は一斉に、歪みへと手を伸ばした。

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