36話「Merry Go Round ~完全掌握~」
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今日は、何日だろうか。
そもそもの話、あれから何日近くが経過したのだろうか。
考えるだけ無駄なことだとわかっている。
この暗闇の中、時計は愚か、僅かに入ってくる日光すらも頼りにならない。
ボロボロの絨毯の部屋。二段ベッドと隔離されることのない丸出しのトイレと洗面台。
コンテナの中のような。まるで荷物のように放り込まれた。
何処の一室かもわからないこの部屋に、閉じ込められてもう何日経過したのかもわからない。
電波は通じているのかもしれないが、携帯電話はない。
両親もいない。あてになる親戚もいない。なぁなぁで拾った国家機関の孤児院が、そのドブネズミのような子供に対して嫌悪を浮かべながら育ててくれる程度。
元より呼吸のしづらい生活だったが、今回のそれは群を抜いている。
ここに閉じ込められてからどれだけの時間が経過したのだろう。助けに来る気配は全くない。どうして、こんな目に合ったのだろう。
『おい、出ろ』
たまに、外に出しては貰える。
そして、外に出してもらっては、またこの部屋に戻ってくる。
“傷だらけ”に汚されてから。
電話。金。電話。金。電話。金。
たまに聞こえるのは“妥協の臓器”。
こんな生活がいつまで続くのだろうか。とにかく地獄だった。
「お兄ちゃん」
ただ一つ。
「起きてよ! 一緒に遊ぼうよっ!」
生きた心地を与えてくれる。
光はこの部屋にもう一つあったのだが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
起きろ。起きてくれ。
そんな声が聞こえた。だから、威扇は目を覚ました。
「……よかった。無事か」
目の前にいるのは宮丸瑠果と牧瀬幹雄の二人。
辺りを見渡すと、そこは既にアパートの一室ではなかった。荒森羅の静謐の街から遠く離れた山奥の児童公園。そう、いつの日か訪れた。からくり屋敷のような仕掛けのある空っぽの噴水広場があった公園だ。
ベンチの上で、眠らされていた。
(まぁ、わかってたがな)
部屋の風景は夢だった。
薄々感じてはいた。威扇は頭を掻きまわしながらも胸に手を添える。
あの一瞬。ガトウと呼ばれた男の拳は添えられた。
比喩表現でも何でもない。ショットガンの銃口を突き付けられたような気分だった。そのまま、臓器を潰し、背中の皮膚を貫通するようなショックが体に波を打った。
【L】を持つ者同士、オーバーな力を持つ者同士の喧嘩は必ずや死人が出る。敗北者には生きる資格などはない。剥奪された者として、大人しく目を閉じたものであったが。
「……世界が、生かしたのか」
植物人間の契約者は、地球そのものだ。
この星が彼の存在を必要している限り、星は最大限のカバーを続ける。死を目前にする前、体が耐え切れないと分かっていてもエネルギーを送り込んだのだろう。
どちらかと言えば、体の傷はその反動も含まれているのかもしれない。頭の中が真っ白になったのも、その膨大な情報量に耐え切れなかった故のショートである可能性も。
「……楽に、なりそびれたな。また」
死ぬことが出来なかった。そう言いたげなセリフだった。
「二日も眠っていたんだぞ」
「……逆にあれで、二日で済んだのか」
相変わらず、心配をよそにした一言ではあった。
あれから、ガトウは三人を見逃し撤退。キサナドゥに至ってはもう姿すらも見えなかった。
その場に長居するのは危険だと判断した二人は、一度体制を立て直すために撤退を考えた。傷を追った威扇の様態を確認してから。
……最初こそ、死亡したものかと思っていた。
だが、呼吸をしていた。あの一撃でさえも、植物人間を殺す事は出来なかったのだ。
威扇の身を抱えると、あらゆる手を使って、この場までやってきた。車泥棒、交通法違反、何だってやった。
力が全てを左右する世界だ。法律もモラルもクソもない。とにかく、一同は全力疾走で一度離れたのだ。天王のテリトリーの外へと。
逃げ切った。逃げ切れた。
逃げ切ることは出来た。
___だが。
「奴は、残り三日、と言っていたな」
牧瀬は時計を見る。
天王が宣告した日はあの日から三日後。既に、宣告されたその日から二日と十二時間が経過していた。即ち、今日はその猶予の最終日。
十時間後くらいだろうか。この空が闇夜に染まった時。
この街には教徒が解き放たれる……生きる資格を持たぬ者達の抹殺が始まるのだ。
「……」
無言、だった。
瑠果はおろか、牧瀬でさえも。
“折れたのか”
或いは“折れかけているのか”
威扇でさえも理解している。
味わってしまったのだ。天王に心を支配されたその瞬間を。
天王に深い憎悪を抱いていた仄村でさえも、十分な力を携えた五光の人間をもってしても、誰一人としてこの世界の真理に逆らおうとは思わない。
この街にいる人間は己の欲望のままに生きている。だが、その生き方に疑問を抱く者だって当然いる。だが、その理不尽に対して誰も異を唱える者はいない。
あれが……この世界を掌握した者の力。
この場にいる者全員も、掌握されかけていた。
心をすべて見透かされているようで。誰も、彼に勝てる気配が見えなくて。
「んで、お前らはどうするんだよ」
一応聞く。
元より、この殺し屋は助けに行く気である。あの女性はクライアントだ。報酬がかかっている以上は救出に向かうつもりである。
元より、この殺し屋にとって。
勝ち目があるなしは関係ない。命がかかっている、かかっていないも当然……。
「私は、」
瑠果は震えながらも答えようとした。
「……ちょっと待ってほしい」
だが、その返事を遮ったのは携帯電話だった。
異変に気付いた教徒からの伝達だろうか。それ以外に連絡先を寄越した記憶はない。瑠果は一度、何の情報か確かめる為に電話に出る。
「もしもし」
瑠果の第一声。
「……っ!!」
返事がやってきたと同時、であっただろうか。
その瞬間だった。宮丸瑠果の顔色が変わったのは。
無言だ。
ただ無言で、何かを聞き入れている。
「_____っ」
一息だけついて、瑠果は電話を切る。
「……すまない、少しだけ時間をくれ」
頭を下げ、二人に詫びを入れる。
「必ず、ここへ戻る。だから、お前達もまだ戦う気力があるというのならここに残っててくれ……そうでなければ、何処へでも行って構わない」
何処かへ向かうつもりのようだ。
電話の相手。それは結局分からずじまいである。
「叶うなら、また会おう」
数時間のみの別れであることを祈る。そう告げてから瑠果はその場を去って行った。
電話の相手……少なくとも“同士の教徒”にしては何処か真に迫るような態度であった気がするが。
「だってよ。お前はどうするんだよ」
「……」
牧瀬は黙り込んだままである。
正義感に満ち溢れた男であってもこの怯えようだ。いつもの態度もなりを潜めてしまい、ベンチに座ったまま口を開こうともしない。
いや、開こうとは思っているが、開けないのだろう。
その体が……否定するのだ。肯定することを、その言葉を口にすることを。
普通の人間であれば、誰もが抱えてしまう生存本能が。逆らってしまうのだろう。
「……しょーもな」
ガッカリとした。
肩を大きくおろした威扇は手荷物の槍を手に、公園から離れていく。
「散歩行ってくるわ」
少しばかり空気の入れ替え。気分転換をやってくる。
その場から逃げるのかどうか。一人で真天楼に行くのかもわからない。アルスに何の忠誠も信頼もしていない殺し屋が何をしでかすか分かったものではない。
だから、その自分勝手な行動は止めるべきなのだろう。本来ならば。
……だが、今の牧瀬には、それを呼び止める気力すらもなかった。
恐怖に負けてしまった人間の肉体は、生気を吸い取るかのように……心をなくした人形のようにぼうっとさせるのみであった。
植物人間の姿が消えていく。
森の蔭へ。自由行動を許してしまう。
(……疲れた、な)
もう、何も考えられなかった。
牧瀬は日々の疲れがついに響いたのか……そのまま、眠り込んでしまった。
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