【虚】の中の、【幻】の中《Six =Progress= 》

=幕間=


「……お疲れさまでした」


 真天楼。祠の間。

 はじめましての挨拶が終わってから二日ほどが経過した。


『散歩なんて久々なものでした』


 祠の中で、天王は微笑まし気に語っている。

 彼曰く、城から下の街へ下りたのは実に数年ぶりであったという。歩くこと、そして外の空気を吸ったこと。ここから色々な人間を覗いていた為に世界の環境そのものは知っていたが、肉眼で見ることに不慣れであったような喋り方だった。


「車内は問題なかったですか?」

『あれは、君の車ですか?』

「ええ。中古で買った4ドアのR33ですが……エンジン音は気になりました?」

『車に詳しくはありません。どれもあの音なのか分かりませんが……気になりませんでしたよ。運転手の方も、ゆっくりと運転してくださって、快適でした』


 車のリニアシートの匂い。エンジンに匂い。そして、路上で跳ね返る為に揺れる車体。数年ぶりに外に出ることはおろか、車に身を乗せる事も慣れていない天王は新鮮気に語る。


『……神流信秀については』

「はい。彼は特命で処刑いたします……何処に逃げようが、追い掛け回させます」

『お願いしますね』


 信秀は、不信を買わせた。

 偽りの心を読ませるために用意した“分身”の存在。そして、外から殺し屋二人を勝手に命令。何かを企んでいたようだ……見限るには丁度いいタイミングだ。


 神流信秀は戻ってこない。

天王が近くに寄ってきたことに気づいていたのか、殺し屋二人を置いて何処かへ姿を消したようである。やましい気持ちがなければ戻ってこれるはずだが“天王の能力”の範囲から近づこうとしないのなら、裏は確実にある。。


「それと、よろしいのですか」

『何が、ですか?』


 首をかしげているような。疑問を浮かべた声が聞こえてきた。


「アルス様をこの場に放置したままで」


 祠の間。祠のすぐ手前。

 用意された床の上で、“彼女は寝かされたまま”である。


『いいのです。少しだけ、話がしたかったのですから』

「……やはり、“幼馴染の許嫁”としては、心苦しい事が」

『ええ。ですから、別れの挨拶ぐらいは』


 天王。またの名を“浮楽園愛蘭”。

 厄を抱え生き続けた花園家とは、宮丸家以上に深いかかわりを持つという一族。そんな一族の若き当主は、呪われた姫君にどのような感情を抱いているのか。


 この少女が存在し続ければ、この世界はいずれ呪いにより滅んでしまう。

 やむを得ず殺すしかない……友、と名乗ったこの男は、彼女にどんな想いを。


「天王様。では、お約束通りしばらくお暇をいただきますが……再び、街へ降ろさせていただきたいのです」

『む? 一体何か用事が?』


 天王の為に尽くし、信秀の企みをいち早く報せ、ついには“花園愛留守”の確保にまで踏み込んだ。ここまでの功績を残したキサナドゥには、裁定の日が来る瞬間まで、その身を休めることを約束させていた。


 ところが、キサナドゥはその休暇中に街へ下りたいと口にした。


「貴方の指示通り、信秀には連絡を入れました。命令通り動いてくれたとしても……彼一人と数名の教徒だけでは不安があるでしょう。“連中”は動く危険性の方が高いです。なので」

『いいでしょう』


 天王はそれを許可する。


『裁定の日には必ず戻って来なさい』

「分かっていますとも」


 許可をもらった直後、キサナドゥは罰の仮面を月の光で輝かせ、その場から去っていく。


 祠の間に残ったのは、天王とアルスの二人のみ。

 暗闇の籠った祠の中から、袴を脱がされ死に装束を纏い寝かされているアルスへ視線が向けられていた。


「……執念深い女性ほど、厄介なものはない」


 ただ一言、眠りにつく少女へと、言葉を手向けの花として添えられた。

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