25話「Blue Shocking ~使命の館~ 」


「よいしょっと、お邪魔しまーっす」


 深夜十一時を回った夜。荒の館に客人がやってくる。

 いつもは必要なアポイントメントとやらも取っていない。当然、夜中の近所迷惑も考えてチャイムは鳴らさず、案内人であるシスターを待つこともなく不法侵入。


「ふむふむ。前後左右以上なーし!」


 高い塀を飛び越え、番犬もセキュリティも何もないことを確認すると、何処かホッとしたに胸をなでおろす。東西南北どの方角にも人差し指を突き刺している少女はプラグマだ。


「……プラグマ。ワクワクするのは分かるけど、飛び込みすぎないようにね」


 後から遅れてやってくるのは修道服の少女、アスリィ・レベッカだ。


「しかし、思ったよりも行動が早かったわね」

「にっひっひ。向こうは私達に“行動がバレている”だなんて思いもしないだろう~」


 口元に手を添えて、プラグマは愉快に笑う。


「手渡す前に盗聴器を仕掛けたのはいいけれど」

 盗聴器。相手の会話を盗み聞きするアレだ。

「まさか“宮丸瑠果の肉体そのもの”が盗聴器だなんて思いもしないでしょう」

 荒森羅にアルス達の身柄を手渡す前、信秀はある仕掛けを施しておいた。

 リムジンでの一件を覚えていただろうか。そう、言葉に気をつけろと警告をしながら、ナイフを膝元に突き付けた威嚇。


 アレは、ただただ挑発をやめろと警告をしたわけではない。

 “瑠果の肉体そのもの”へ仕掛けた。念のために準備しておいたという“呪術”の一つ。盗聴器と言えば少しばかり語弊があるかもしれないが。


 “宮丸瑠果の身の回りの事象を無意識にテレパシーで通告する”。

 そんな仕掛けだ。衣服を入念に確認しようと、森羅達が気づくことはない。


「最も、五日しか機能しないらしいけどね。それ以内に動かなかったらどうするつもりだったんだろう」

「それは違うわ。プラグマ」


 その心配はいらない。アスリィはそう返す。


「彼は“五日以内に荒森羅が行動を起こす”事を分かっていたのよ。それを踏まえて、私達に仕事を頼んだ……本当だったら、自らが飛び込むつもりだったみたいだけど」

「ワケありで動けないんでしょ? 全く、色々と事情こじれすぎ」


 荒森羅という人間がどういう人物なのかを前もって知っていたかのようだ。神流信秀という男は___。


 何故、信秀が動けないのか事情は知らない。政府絡みの組織はどうしてこうも、複雑なのだろうかとプラグマは呆れたくもなる。


「さぁ、行きましょう……向こうに、標的を引き渡す気がない以上」

「“私達で身柄を確保する”しかないんでしょ? それじゃ、ドーンと行ってみよう!」


 子供達で賑わっていた噴水広場の中。雰囲気も不気味に成り果てたこの場を盛り上げようとプラグマは両手を上げてアクションを取る。大声を出すとバレてしまうので、その点に関しては暗黙に。



「その必要はありません」


 だが、そんなプラグマの配慮も……意味はない。



「……ッ! プラグマ! 伏せなさい!!」

 慌てて振り向いたアスリィは、両手を上げて無防備であったプラグマへと飛び込んだ。

「えっ!?」

 突然の警告に飛び込んできた姉。妹のプラグマは何事なのかと考えるよりも先に、体を押し倒されてしまう。






 瞬間、頭上では“絶え間ない銃声”。

 数百発以上の弾丸が頭上を通り過ぎていく。ギリギリで地面に避けたアスリィの修道服が弾丸によって傷をつけられていく。


「ひぎゃぁああっ!?」

「ちっ……!」


 妹は絶叫。姉は苦痛。

 弾丸の焦げカスが鼻を刺激する。ショッキングな光景はモノの数秒で終わり、攻撃こそ回避した二人は心臓を大きく鼓動させながら立ち上がる。


 あと少し、アスリィの反応が遅れていたら姉妹二人纏めてハチの巣ルートだった。


「はぁはぁ……死ぬかと思った……!」


 当然、プラグマの表情は驚愕で崩れ去っていた。呼吸のいつの間にか過呼吸である。



「……アポイントメントも取らず、しかも凶器を手に不法侵入とは」

 

 館の方から、その銃声の正体が静かに歩いて来る。

 いつか見た修道服。その両腕には平和もクソもない、あまりに物騒な“サブマシンガン”。しかも二丁ずつ、銃口からは黒い煙が立ち込めている。


「警察や愛伝編教どちらに通報する必要もありません。正当防衛として私が射殺します」


 銃口が再び向けられる。

 

「……プラグマ、貴方は先に行きなさい。時間を食うわけには行かないわ」

「えぇ~。こんなに楽しそうな展開、捨てるの勿体ないよ~」


 プラグマは言う。自分も仲間に入れてくれと。のけ者にするなと。


「何があるかもわからない館の中を探検する方がスリリングだと思うけど?」

「あぁ! それもそうかっ!」


 プラグマは両腕を叩いた。さっきまでの反対は何処へ行ったのやら、遠足を前にした子供の様にウキウキと、両眼を光らせる。


「じゃあ、行ってくるね!」


「行かせるか!」


 そこから先を通すわけもない。監視カメラやスポットライト。赤外線装置も何もないこの館のたった一人のガーディアンはプラグマに向けて銃を発砲しようとする。


「行かせるわよ……!」


 途端、アスリィは両腕を服の中に突っ込んだ。





 “一秒間に二本ずつ”。

 秒速。目にもとまらぬ速さでナイフを投擲する。敵のマシンガンの発砲と比べれば十分と遅い反撃スピードであるが、相手を足止めする分には申し分ない。


「くっ……!」


「じゃぁ、おっさき~!」


 プラグマに気を取られていては一瞬でハチの巣になる。シャルラは防御に徹するしかない。

 防御行動を選んだシスター・シャルラは無様に舌打ちをする。それに対してプラグマは、してやったりとした表情で舌を出しながら挑発を置き土産に館へと向かっていった。


「さぁ……同業者だけで、仲良くやりましょう」


 この場に残ったのは二人のシスター。

 

「……いいでしょう。貴方を仕留めて、あの妹も殺してあげる」


 シスター・シャルラは挑戦状を受ける。

 子供達もいないこの瞬間。二人は子供に見せないような表情で、凶器の先端を互いの首元へと向けあった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それは、あまりに衝撃的だっただろうか。

 どれだけ想像もしたくなかったことだろうか。


 目の前には、連れ去られたと断言されていたはずの花園愛留守が、身ぐるみ全て剥がされ、両手両足に枷を着けられ、張りつけにされている。

 切り傷、腫れ、内出血。まだ幼さを残す無垢な肉体は、容赦ない拷問によって汚されてしまっていた。


 そんな彼女の目の前にいるのは……

 血まみれの刀を手に、満面の笑みを浮かべている“荒森羅”であった。



「……荒森羅ッ!!」


 逃げも隠れもせず、堂々と扉を開き、凶器を手にした森羅と瑠果は向き合った。


「お前! 自分が今、何をしているのか分かっているのか!?」


 殺し屋の手によって誘拐されてしまったというのは大ウソ。

 もし、見たままの通りであったとしたならば……森羅は、二人を欺き、花園愛留守を隠れて拉致。そして、夜な夜な拷問を行っていたと思われる。


「威扇に攫われたんじゃなかったのか!」


「……何をしているだって?」


 森羅は瑠果の問いに答える。


「罪人を愛しているんだよ」


 両手を広げ、何の躊躇いもなくそう答える。


「罪人を、愛する……?」

「そうだ。【L】に歯向かった者、そして【L】に選ばれなかった者。何れもこの世界にとっては救いようのない罪人だ」


 この世界は、肉体に宿る【L】が全てを支配する。

 言うなれば“住民票”のようなもの。【L】なき者は、問答無用で罪をかぶせられる。子供も何れ、【L】が芽生えることなく成長すれば、処刑の対象となる。


「だが、私は子供がそんな理不尽な罪で裁かれるのは良しとは思わない……天王様の勝手な法で、死にに行くなんて……あぁ、あんな惨い死に方。人間の死に方ではない」


 惨い死に方。人間の死に方ではない。

虚しき人間達の処刑とやらを、彼はこの目で見たことがあるかのような言い方だった。


「だからせめて……私の手で、罪人を咎めることで、人間らしい死を与えたいのだよ」


 後ろで藻掻き苦しむアルスにそっと、刃を突き付ける。

 膝の関節。刃は静かに貫かれ、剣には生暖かい血液が伝ってくる。


「理不尽な罪に問われた哀しき子供達は私が愛してあげよう……あぁ、私は子供達の救世主なのだ。子供達を救ってあげられる……!」


 伝ってきた血液。傷ついた少女の肉体。


「私は……子供達にとっての“神様”なのだ……!」


 森羅はその光景に、見惚れている。

 興奮にも似た感情を覚えている。絶頂も近い体は欲情と共に震えあがっている。


 子供達に罰を与える事に快感を覚えているのか。それとも、自分の行いに対して、これほどにない快楽を覚えているのか。


「「貴様っ……!!」


 どちらであれ、彼の思考。

 二人からすれば……実に歪んでいるものだった。


 子供たちの笑顔。それを見て笑みを浮かべる森羅の顔。

 あの光景全てが……こんな一瞬の為だったと思うと、失望してしまいそうだ。



「そして彼女は、天王様に逆らおうとした強大な反逆者だ。これほど業に溢れた人間。あのお方に与えるのはもったいない……私が! 私がこの少女に死を与えよう!」

「異常者が……!!」


 狂っている。

 牧瀬は森羅を見て落胆するしかなかった。少しでも、こんな時代に真正面から綺麗な正義を持った美しい人間がいるんだと感動を覚えてしまったことが、あまりに馬鹿だったと思えてしまう。


「すまないが、彼女は返してもらう!」


 森羅が何者であれ、アルスに手を出すのなら容赦しない。

 これ以上の暴虐を許す前に森羅を止める。二人はその場で身構えた。



「……君の名前は、何だったかな。忘れてしまったけど」

 二人をここまで連れてきたのは、この館で引き取られた少女。

「悪い子だ……君も、私が愛してあげよう」

 その場で静かに、森羅は指を鳴らす。


「!!」


 途端、少女の体が浮き上がった。

 “地を踏んでいる感覚”がない。少女は足元を見つめると。



 底の見えない暗黒が、待ち構えていた。


「危ないっ!」


 間一髪。牧瀬が少女の手を握る。

 森羅が指を鳴らしたと同時、少女の足元が開いたのだ。古代遺跡や軍事基地、アクション映画などではよく見かける落とし穴。少女はそこへ落ちようとしていたが、救いの手はギリギリで間に合っていた。


 ……だが、救助は少しばかり遅く、牧瀬の姿勢は寝そべってしまう。

 持ち上げようにも姿勢が不安定だ。牧瀬は無防備な姿勢を森羅に晒してしまう。


「おじさん……!」

「手を離すな! いいな!?」

 とはいえ、時間を駆けて姿勢を整えれば少女を引き上げることは容易い。少女の体力が持つまで、牧瀬は意地でも手を離そうとはしなかった。




 ___助けて。


「え?」


 しかし、最中、声が聞こえる。

 一瞬、少女の耳元に声が聞こえる。



 ___助けて。助けて。


 最初は幻聴かと思った。

 しかし、耳を澄ませてみると、やはり気のせいではない。










___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___

___


「……!」


 少女はそっと、視線を真下へ。

 暗闇に目が慣れてきた。底の見えない奈落の風景から視界に入ったモノは……




 “タ、ス、ケ、テ”


 萎れ切った体。傷だらけの子供達の両腕。

 そしていつの日かいなくなった……“骨身を晒すユキテル”が伸ばす、救いを求める手。


「きゃぁあああアアアーーーーーッ!?!?」


 少女はその光景を前に、何かがはち切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る