24話「Tropical Night ~陰謀にむせる夜~ 」

「「「おやすみなさーい」」」


 子供たちの寝室では、無邪気な声が聞こえてくる。


「はい、おやすみなさい」

 シスター・シャルラは笑顔で返して、電気を切る。


「……」


 いつもなら、電気を切ったその瞬間にはシャルラは立ち去るのみである。


「寝てる、かしらね」


 しかし、シスターの目線の先には……一人の少女がいる。






 皆に紛れ、溶け込もうと必死に“寝たふりをしようとする少女”へと。







 シャルラは扉を閉めて、鍵をかける。


「いけない子ね……まさか、“外に出てた”子がいたなんて」


 扉をしめ切れば、もう館の騒乱は聞こえない。

 地下の牢獄も、客間も、そして子供達の寝室も……その部屋を閉め切られたら、もう館で起きていることを誰も悟ることが出来ない。全てがシャットダウンされてしまう。


「しっかりと叱りつけてやらないと」


 シスター・シャルラは、そっと胸元に手を伸ばす。

 そこへ隠された“マシンガン”。必要最低限の自衛として用意された、彼女曰く防犯グッズへと。


「……ちっ」


 ところが、シャルラは部屋を去っていく。


「こういう日に限って客人とはね……!」


 焦るように、子供達の寝室の扉を開けたまま、姿を消した。

 




 シスター・シャルラは、目先の“最重要問題”にのみ目を向ける。




「問題ないわ。ええ」

 近くの窓から外に出ると、シャルラは真っ暗闇になった庭へと足を踏み入れる。


「【L】も使えない大人と、只の子供に、どうにか出来るものですか……今は、障害だけを排除しなくては、ね」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……行ったわね」


 こっそり起きた少女は、寝室から飛び出す。

 そして、寝間着姿のまま……例の一同のいる部屋へと向かっていく。解錠用の“ハリガネ”を手に持って。


「これを、こう、こうして、っと」


扉の前に到着すると、解錠を開始する。

その部屋の解錠はしたことがない、が、この子供はこういった行動には経験があったのか___見事、扉の鍵をこじ開けた。


「おまたせ」

「……ありがとう」


 部屋から出てきたのは、せめてもの準備としてシャワーを浴び終えた瑠果と牧瀬の二人であった。

 

「君、本当によかったのかい。もし、見つかったら」


 今、大人二人は丸腰の状態だ。もし、見つかりでもしたら、その少女を護衛する手段は一切ない。フォークの一つでも食事の席から持ち運んだところで、結局は【L】相手にはどうすることも出来ない。


 守れる手段がない。それでもいいのかと牧瀬は問う。


「大丈夫よ……このまま、何も言わない方が、まずいとおもったから」


 随分と、他の子供と比べて無邪気な一面がない。

 ストリートチルドレンとして生きた機会。他の少年少女とは違う境遇で生きたこの少女は……たくましく、大人びた背中を見せている。


「こっちよ」


 牧瀬と瑠果は少女を追って、真実へと迫っていく。



「……しかし驚いたよ。まさか、君が同士よりも、余所者の殺し屋を信用するとは」

 走っていく最中、牧瀬は疑問に思ったことを瑠果に聞く。

「気になる点が二つあった」

 長話をしている状況ではないのだが、牧瀬の緊張をほぐすためにもしっかりと答える。


「あの部屋の状況。確かに刃で傷つけられた痕跡はあったが……取っ組み合いの喧嘩をしたというよりは、空き巣に入られた跡のような風景だった」

「……それは、俺も感じた」

 牧瀬は刑事の中でもそれなりにエリートの部類だった。ゆえに、事件の殺人現場などには赴く機会も多く、探偵でなくとも、状況の考察などには一役買っていた。


「最後に気になったのは……森羅様が“私達を威扇に会わせなかった”事だ」


瑠果が続ける。


「あの人なら、まずは私達を安心させるために、証拠として彼の現状を見せるはず……だが、それを行わずに戻れと威嚇しただけ」


 荒らしからぬ行動であったと、瑠果は言う。


「……やましい事があったのか、或いは」

「“この館に見られたくないものがあるのか”」


 ___もしくは、その両方か。

 どうであれ、瑠果は今までの経験上、猜疑心を強くしてしまうのには十分すぎる材料になった。


「それとすまない……二つではなく、三つだった」


 瑠果は一つだけ訂正をする。


「アルス様が言っていた」

 【L】の時代が訪れるよりも前に仕事を共にしてきた同士よりも、一週間くらい知り合っただけのビジネス上の関係でしかない殺し屋の方を選んだ理由。

「……あの人は“寂しい人”だと」

 それは“殺し屋を信用した”というわけではなく。

 同業者よりも。上司である五光よりも……その誰よりも、信頼を浮かべている花園愛留守の言葉を信用したのであると。



「ここ、よ」


 少女が足を止め、一つの部屋を指さした。


「「……」」


 耳を澄ませてみる。


 “声が聞こえる”。

 “呻き声”“惚気”、そして“興奮な息遣い”。


 そっと、三人で部屋の扉を開く。



「「……ッ!!」」

 瑠果と牧瀬の二人は思わず、声を上げそうになる。

「____っ!!」

 少女に至っては、一度“その風景を見たことがあったから”か。耐え切れないショックにまたも目を逸らしてしまう。







「かっはっ……かはっぁああ、ぁあっ……!」


 花園愛留守が、衣服一つ纏わずに両手両足を壁に貼り付けられている。


 傷だらけ。鞭のようなもので叩かれたのか、見ているだけも痛々しい。


 中には……“切り傷”のような跡さえも、見つけられた。




「いけない。ああ、実にいけないなぁ……悪い子だ、貴方は」


 そんな愛留守を前に。




 鞭と刃物を片手に、恍惚な笑みを浮かべる“荒森羅の姿”。




「悪い子は、説教をしてあげなくては……そして、導かなければ」


 また、鞭を打つ。



「ぐあぁあっ!?」


 反論する余裕さえもないのか、虚ろな瞳を浮かべ、発狂を続ける愛留守に追い打ちをかけるように。



「……君も、だよ」

 愛留守の血の付いた刃物を、そっと舐めとりながら森羅は振り返る。

「“こんなところを見てしまってね”」

 森羅の狂気に満ちた視線の先。

 既に存在がバレていた少女と瑠果と牧瀬。



 そのあまりの光景に、怒りを隠せず憤る三人が、堂々と扉を開けて部屋へと足を踏み入れた。

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