23話「Maspuerade ~審議中~ 」
……辿り着いた先に広がったのは、悲惨な光景だった。
引き裂かれたカーテン。破壊された窓ガラス。一戦交えた後だったのか、テーブルとイスはバラバラに砕け散り、カーペットも波打っている。
そこで倒れていたのは、肩を槍で裂かれた荒森羅の姿であった。
「一体、何があったんですか……!」
倒れている森羅に寄り添い、瑠果は肩を貸す。
シスター・シャルラ一人では森羅を運ぶのが困難であったのだ。牧瀬と共に森羅の体を引き起こし、体に害が及ばないようゆっくりと動かす。
「威扇と言ったか……彼が、急にこの場に現れて、アルス様を連れて行った」
咳き込みながらも、森羅は答える。
「驚いたよ。まさか、檻を破って現れるなんて……」
「わかりました。もう結構です……何処に運べば?」
森羅の寝室が何処にあるのか。
シスター・シャルラの指示に従いながら、牧瀬と瑠果の二人は森羅を連れていく。ボロボロになった食事の席を後にして。
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『……』
急に現れたという威扇。
彼は目的遂行の為にアルスだけを連れて館を飛び出して行ったという。
『ふーん』
子供達はもう眠っている。人知れず、森羅は手負いの重傷。
力を解放された威扇の前では、平和ボケした森羅程度で勝てる相手ではない。
『胡散臭くなってきたじゃん』
この館に……“陰謀”が、渦巻く。
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アルスが連れ去られてから、十二時間近くが経過した。
瑠果、そして牧瀬の二人は再び例の客間へと連れてこられていた。窓の外は鉄の檻で覆われ、入り口も彼の許しがなければ開くことがない。
「……こんな状況になっても、我々は檻の中とは」
牧瀬は憤っていた。
こんなことをしている場合ではない。呑気にこの場で眠っている場合ではないのだと。
現に、あの夜から牧瀬は朝日を迎えるまでは一睡もしなかった。朝食も食べ終え、昼間を迎えるこの瞬間になっても、眠気一つ来ることはなく目を見開かせている。
「攫った相手が相手だ」
瑠果も同様だ。
護衛対象であるアルスが攫われたのだ。こんな緊急事態にグッスリ眠って言われるわけもない。ある程度の睡眠不足は慣れているが故に、彼女もまた、寝間着姿からいつもの羽織姿に戻っている。
「この対応も……おかしくはないとは思う」
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先日、森羅を寝室に連れて行った後の事だ。
ベッドで寝かせた直後、二人は逃げた威扇を追いかけるかどうかを彼に尋ねたのだ。
『いや、君達は部屋に戻ってくれ』
しかし、森羅から返ってきた言葉は“NG”。
『あの殺し屋は君の仲間だ……これが“君達が予想もしていなかった展開”だとは言い切れない。計画の可能性だって』
信用、されていないというべきか。それとも、慎重というべきか。
森羅は二人に牢獄へ戻るようにと言い渡した。
『……事実が分かるまでは、戻っていてほしい』
連れ去った相手がアルスの雇った殺し屋。そして瑠果の仲間である以上は信頼しきれない。事実が判明するまでの間は、引き続き待機を命令させることになった。
『頼む』
その後、瑠果達は後ろを振り向いた。
そこには……サブマシンガンを構えたシスター・シャルラの姿があった。
今、この場にいる瑠果と牧瀬の二人は【L】の力を使えない。即ち、この場で【L】による実力行使を行われたら、即刻処刑による粛清は免れない。
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従った。その日は。
瑠果は森羅の立場上、信用できずにいるのは仕方のない事だと口にしていた。
その日の朝。子供達には“階段から落ちた”と話を通したらしい。
瑠果の仲間が森羅を傷つけたとなれば、子供達が瑠果達に何をしでかすか分からない。子供は純粋な生き物だ。故に、行動の枷も知らない為に取り返しのつかない行動をする危険性だってある。
こんな時にまで、気を使ってくれたようだ。
事が大人しくなるまでは、この場で待機しておくのは……正しいとは思う。
「……だが、お前の言うとおりだ」
瑠果は、この場を脱出しようと画策する牧瀬の前に立つ。
「アルス様が攫われているというのに、こんな所でのんびりしているワケにもいかん」
武器はない。脱出するためには必要不可欠となろう【L】も使用できない。彼女達にとっては不利な状況だらけとなっていては、この巨大な牢獄ではどうすることもできない。
「隙を見て追いかけよう。我々も」
だからといって黙ってみている気にはなれない。
牧瀬に同調。これだけの状況、隙入る暇を見つけて、何とか突破しようと彼女も考えていた。
「追いかけるのか、威扇を」
「いや」
たった一つ、牧瀬の質問に対して瑠果は返答する。
「追いかけるのは……“森羅様”の方だ」
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その日の夜。
今日の食事は随分と葬式ムードの食事だったと思う。あれだけ喜ばしいニュースの後に、森羅が大けがをするという最悪のニュースだ。
生きていたからよかったものの、もし彼が階段から落ちて息絶えるようなことがあれば、子供達とシスター・シャルラの行き場はあっという間になくなってしまう。
それだけじゃない。子供達にとって、荒森羅は唯一の親であり、心の拠り所だ。それさえも失ってしまえば、未来なんて考える暇もなくなってしまう。
アルスがいないことに関しても、用事があって帰って行ったと誤魔化していた。
あんなにも暗い食事は、そうそう味わえない。
あまりにも濁った空気に湧き立つ緊張感。シャワーの一つでも浴びて準備をしなくては、頭も体も鈍くなってしまう。
(しかし、どうやって脱出する?)
食事の間、こっそりと牧瀬は耳打ちをする。
(部屋には鍵がかけられてるし、外への脱出も不可能だ。それに映画のように部屋の通気口を使って脱出など)
(出来ないだろうな。通気口はネジで止められている。工具がないと空けられない……それ以前に、あんな狭い場所を大人二人で通れるわけがない)
脱出の方法を模索するが、何処にも手口が見つからない。
入り口と窓も閉鎖されているため通れない。通気口なんかも、ゲームやアニメの世界ならともかく、現実的に考えて通る事さえ不可能である。何より、工具が必要だ。
そんなアイテム、部屋には何処にもなかった。
(脱出する瞬間があるとすれば、この食事の席の間だけのような気がするが)
【L】が使えない以上、勝手な行動は出来ない。
呪術のアイテムの一つとして巻かれた鉄の腕輪は握力で外すことは出来ない。手錠代わりにつけられたコレを外すためには、やはりカギが必要である。
(ふむ……)
「ねぇ、お兄さんお姉さん」
小さな声で。
皆が談笑に集中している間、隣から声が聞こえてくる。
「……アルス様って、本当に帰ったの?」
それは、昨晩にアルスと話していた女の子。
ユキテルという子供がこの館から去ったことを説明してくれた少女だ。彼が去って、皆が喜ばしい事だと盛り上がっている中、複雑そうな表情を浮かべていた印象的な少女。
「あ、あぁ。用事でな」
「……嘘だ」
瑠果の顔を見て、少女はフォーク片手に呟く。
「嘘をついている目だわ」
「そ、そんなことは」
子供は純粋だが、鋭すぎる感性を持った者もいる。
食事の席に不穏な空気を持ち出さないように、何とか誤魔化そうと必死になるが……その空気が、より少女を不審がらせてしまった。
「……私」
瑠果と牧瀬。ひっそりとコンタクトを送り合う二人に。少女は言う。
「アルス様の事、知っているかもしれないわ」
「「!!」」
突然の言葉。瑠果と牧瀬の二人はリアクションを隠せないでいる。
こんな空気の中……たった一人だけ、二人の事を察しているような少女を前に。
(詳しく、聞かせてくれないか)
こっそりと、子供に事情聴取を行う。
「……」
そんな一面をただ、静かに。
シスターがひっそりと、注目していたのにも気づかずに。
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