22話「Unreal Paradise ~子供達の庭~ (前編) 」
荒の館に連れられてから一日が経過した。
「何も、してこなかったようだな」
目を覚ました瑠果はあたりを確認する。誰かが部屋に入った形跡も、何か部屋に細工を仕掛けられたような痕跡は何もない。
窓の外を眺める。外側の金網が邪魔で、折角の綺麗な景色も狭苦しく感じてしまう。虫かごに放り込まれたセミのような気分だ。
「……宮丸。あの荒という男だが」
この館の管理人であり、アイドコノマチの中で、天王の管理から離れたこの街の所有者である荒森羅。
「うまく、こちらの味方につけることは出来ないか?」
「難しいだろうな」
牧瀬からの提案は実に分かる。荒森羅は天王からの命令を酷く嫌っており、可能であるならば、逆らってでもアルス達を逃がそうと考えてもいた。
屈強な見た目の割にはその心内は紳士的かつ臆病者。意外にも優男である。【L】という権力のもと、強引な手段の目立つ仮面の集団の上司らしくない人物だ。
「仄村のことを思い出せ。奴も天王を嫌悪していたが、それでもなお、敵側につくことを選んでしまった……天王という存在、我々が思っているよりも、厄介なものなのかもしれない」
今はまだ眠っているアルスの方を見る。
彼女は城へ近づくなと言った。天王の元へと辿り着く手段、それを見つけるまでの間にそこへ足を踏み入れるものなら……今までの計画が一瞬で崩れ去る。
彼女は深くを語ろうとしない。天王を抹殺しようと企んでいるはずなのに、それを詳しく語れない。語らない理由があるのかもしれない。苦い表情のアルスを見て、その不安を予感させた。そして、予感は現実となった。
「何より、彼は自分の身よりも優先して守りたいものがあるのだろう」
「……この街と、子供達か」
大きな人質を取られている可能性がある。
せめてもの偽善で救っている割には、子供達への愛は本物であると思われる。シスター・シャルラに子供達もまた、森羅に対して深い信頼を浮かべていた。
彼にも守りたいものがあるのだろう。例え、旧友を売り払ってでも。
「……何が、新世界の全能の神だ」
天王。新たな世界を切り開くために生まれた全能なる王。
「やってることは、薄汚い政治家のそれと変わらない……ッ!」
牧瀬は刑事だ。故に、日本政治の汚い裏側は嫌というほど見てきたし、歯がゆい気持ちで暗黙に見逃し続けてきた。どれだけ悔しい思いをしても。
それに天王は、全人類を導くとは言わず“管理する”と言っている。
この街での裏側に潜む脅威。その光景はまさに、全てを手中に収めた独裁者のそれであった。
「武器さえ取り戻せば、脱出は楽なのだがな」
まともに武装も取り付けていない館だ。こんな金網も、呪術一つで容易く突破する事も叶う。
だが、ここへ入れられる前に武装解除させられた。何より、一番厄介なのは……ここへ投下される際、手首につけられた“腕輪”。
これが原因なのか分からないが、【L】の発動が出来ない。武器も能力も封じられてしまっている。
おそらく、威扇も同じような状況だ。
「どうする」
「……外からの助けが困難な以上、我々でどうにかするしかあるまい。うまく隙を見つけて、脱出しよう」
「威扇、はどうする」
牧瀬とアルスは常に行動しているため、脱出の隙を見つけさえすれば、はぐれることはない。だが、別の場所で囚われている彼の救出は、どうするのか。
「……気の毒だが」
その余裕があるか分からない。
最悪の場合は……残酷な決断をせざるを得なかった。
「私は、いやだな」
「!?」
途端に聞こえた声。ベッドから。
瞳を閉じたまま、寝息を立てることなく横になったままのアルスの声だった。
「巻き込んでおいて都合が悪くなったら捨てるって……同じことをされたら、どれだけ恐ろしいと思うか」
「……お気持ちはわかります。ですが」
目を閉じたままでベッドから出てこないアルス。瑠果は諭す。
「“そう利用できてもいいように、救いようがない身分”を選出した。切り札だとか、それこそ都合の良い言葉で嘘を並べてもいい。利用できるものは利用する……すべては、天王を倒すため。そういうお話だったはずです。貴方だって、理解したじゃないですか」
「わかっています。私はあくまで、気持ちの問題を告げただけです」
再び、口元が緩み始める。
「……あの人と一緒にいて、感じたんです」
また、寝息を立てるように、次第に緩やかな顔になっていく。
「“寂しい人だな”って」
言いたいことだけを言い残して、また、夢の世界へ。
(若いって、本当に……そうやって、素直に言えて)
若さに向けての苛立ちだったのか。それとも、呆れだったのか。
或いは……瑠果は複雑な表情で、少女の居眠りを見過ごした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
荒の館は昼刻を迎えていた。
子供達はシスター・シャルラと共に館で菓子を食べる時間である。訪れた際には元気いっぱいに遊んでいた子供たちの姿は教会にはなく、代わりにバラ庭園や噴水広場などが目立ち、目を奪わせる。
「ここで待ってて、ねぇ」
教会の前。客人である二人組がくつろいでいる。
バラの独特な匂いは嫌いじゃない。風に乗ってやってくる噴水の霧も苦手ではない。ベンチに座った修道服の少女・アスリィは心地よさげに鼻歌を奏でている。
「うーん、暇つぶしにゲーム機持ってくれば良かったかな~」
もう一人、ベンチの後ろではプラグマがいつもの格好でアクビをしている。
「こうして、薔薇や噴水を見るのも風流よ。プラグマ」
「なんというかなぁ~。動かないモノをじっと見ているだけって、退屈というか何というか……綺麗だとは思うんだけどねぇ」
待ち時間が退屈なのか知らないが、プラグマは携帯電話を開こうか迷っている。
「お姉ちゃんは楽しい?」
「大人になれば、良さが分かるわ」
「私もまだ子供ってことか~」
荒の館への客人とは、五光の信秀と共に行動していた二人。雇われ殺し屋のアスリィとプラグマだ。仕事の一件として、二日連続でこの館に顔を出したようである。
「……それにしても、急にどうしたんだろうね?」
携帯電話で、プラグマは許可もなくバラ庭園や教会。そして噴水広場を撮影する。
「しばらく別行動をとるって……んで、私達はコッチの監視を任されたけど」
風流を愉しむ一環とやらなのだろうか。少しでも姉と同じことを愉しもうと努力をしているのかもしれない。プラグマの携帯のカメラが最後に向かう先は、ベンチに座った姉の姿である。
「分からないわ……でも、話の内容からして」
カメラが向けられることに気づいたアスリィはそっと顔を上げる。
「ワケありなのは確かでしょうね」
その場でふっと笑顔を浮かべてピースサイン。シャッターが押されるのを待つ。
「外部には漏らせない、複雑な内部事情ってやつ~?」
「そう考えておきましょう。とりあえず、私達は任された仕事を徹底する」
シャッターのボタンを軽く押す。
大人っぽい笑みを浮かべるアスリィ。そして、サービスに答えてくれた姉を見て無邪気にはしゃいで笑うプラグマ。
「……お待たせしました」
丁度いい時間つぶしにはなった。
数秒の撮影会を終えてすぐに、シスター・シャルラは子供たちを連れてやってきたのだった。
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