22話「Unreal Paradise ~子供達の庭~ (後編) 」
「ん~?」
興味深げな表情で、子供達が走ってくる。
「ねぇねぇ~! お姉ちゃんもここで働くの~?」
子供達はアスリィの修道服を軽くつまんでは引っ張ってみたりと質問をする。
ここで働いているシスター・シャルラは修道服姿。デザインこそ違うが、全く同じ服装であるが故に、子供達も反応を見せたのだろう。
「違うわ。私はこことは別の場所で働いているのよ」
「ふーん、そうなんだ~……」
「ごめんなさいね」
触れてきた少年少女を邪険にあしらうことはしない。
むしろ笑顔だった。子猫を可愛がるように自然で、正面に立っていた女の子の頭を優しく撫でる。
「ねぇねぇ! どうして、そんなカッコウしてるの~? 風邪ひくよ~?」
子供たちの好奇心。そして疑問は止まらない。
シスター・シャルラと全く同じ修道服姿のアスリィに反応を見せるのは分かる。だが、それと同様に視線を注目させてくれる姿はもう一人いる。
「こらこらァッ! 引っ張るなーーっ!」
こんな寒い季節の中、ビーチサンダルにパーカー一枚だけという拷問にも近い姿のプラグマである。
とある快楽主義を持っている彼女からすれば、こんな寒空にその格好は罰ゲームでも何でもなく、褒美だとか日常茶飯事に近いと考えるべきかもしれないが。
何も知らない子供達からすれば、疑問符の塊でしかない。
プラグマは子供相手に本気で叱ることこそしないが、今すぐやめるようにと焦りながら諭そうとする。
「この下は何も着てないの~?」
「着てるから! 一応着てるから! だから覗かない!」
だが、大人しい雰囲気のあるアスリィと違って、プラグマはまだ幼い一面が深く残っている。子供達からすれば、高校生くらいのお姉さんにしか見えない彼女は少しばかり舐められた態度を取られていた。
「本当に~?」
「本当だからっ。ほら?」
パーカーのファスナーを降ろして、全面をオープンさせる。
嘘はついていない。パーカーの下には“黒いビキニの水着”が顔を出した。
「どうして、そんな格好してるの~?」
「それはね。オシャレってやつなのよ。田舎な日本とは違うところが多いから、ちょっと理解できないかもしれないけどね~!」
「へぇ~! お姉ちゃんって、外国人なんだ~!」
子供達から見たら、外国人は“何かカッコいい”という偏見がある。
成長途中だがスタイルの良い水着姿。ルックスも悪くなく、脱いだフードから現れたプロンド髪のツインテールは風に靡く。ファッションモデルのようなポーズをとるプラグマはあっという間に、子供達の注目の的となった。
少年たちは意識を持ち、少女たちは同じ異性として憧れを。
「……んで、実際の理由は?」
後ろでひっそりと、ベンチに腰掛けるアスリィにシャルラは質問する。
プラグマの服装の理由とやらを。
「“私と彼女の趣味”とだけ伝えておきましょう」
満面の笑みで、シャルラにそう返した。
「そう、ですか」
趣味がどうであろうと、深く踏み込もうとはしなかった。シャルラは軽く咳ばらいをし、アスリィも話を進めるために、子供達をプラグマの元へと向かわせた。
向こう側でプラグマが子供達とじゃれ合っている間に、アスリィとシャルラは二人ベンチに並ぶ。
「……ちなみにですが、貴方は何故その姿を?」
「私もシスターをやってました。祖国の方で」
嘘でも何でもない事実である。アスリィはこうして殺し屋家業を行う前より、シスターとして教会に仕えていたようだ。
「今も、たまに祖国に帰ったら、教会の方へ」
「そうだったのですね」
こんな場所を修道服で出歩くことには何か意味があるのかと思ったが、割とした理由だった。
この時代、【L】を持つ者が正義となったこの世界では、誰がどのようにしようが関係ない。法律なんて存在しないようなものだし、権力を持つ者のみがルールをかざせるのだから。
「……しばらくは、コチラへ?」
「えぇ。五光の方から、アルス様達の様子をたまに見に行くように言われましたので」
何度か、ここへ偵察に来るとだけ伝えておく。
こちらで合流した信秀からの命令。次の指示があるまでは、この館に何度かで歩くことになるとだけ、シャルラに伝えておいた。
「わかりました。お部屋の方へ上がる際には、どうかご連絡を」
「あら? 今日は無理なのかしら?」
「……今は、彼女達を落ち着かせたいとのことだそうです。刺激を与えたくない、と」
森羅のせめてもの配慮というわけだろうか。
これ以上パニックにさせて、精神的には追い詰めさせたくはない。言い方を悪くすれば、“変に刺激をして、何か妙なことをさせないように”促したいとのことだ。
「日を置いてから、でしたら」
しばらくは、会見は控えてほしいとのことだった。
「では、仰る通りに」
アスリィは立ち上がると、向こう側で遊んでいるプラグマの元へと向かう。
いつの間にか人気者になっていたプラグマだ。引きはがそうにも、今日は直ぐには返してもらえそうにない。
さすがに一人で数十人を相手では骨が折れそうだろう。シスター業にて、子供との戯れは多少経験している彼女もまた、その輪の中に入り、無邪気に遊ぶことに。
「……あんなに懐いちゃって」
プラグマとアスリィ。そして子供達。
無邪気な姿に、シスター・シャルラはふっと笑みを浮かべていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝目を覚ましたら、瑠果達の元へは部屋に朝食が運ばれる。
そして昼になったらデザートが。夜になれば、部屋を出て食事の場にて、子供達全員と共に食事をする。
「「「いただきます!」」」
子供達と一斉に、合掌。
今日も豪華な食事が並べられている。子供達は会談を楽しみながら、食事を口の中に通す。
「うん、問題ない」
昨日の食事に毒が盛られていなかったから、今日も安全とは限らない。しっかりと毒見を行い、何の異常もないことを確認してから二人に瑠果がゴーサインを送る。
それを確認したところで、アルスと牧瀬も食事を口の中に通し始めた。
「……」
ふと、アルスは横を見た。
昨日、ここの食事は美味しいと口にした子供の姿がそこにはない。
席順は決まっていないのだろうかと辺りを見渡してみる。実際、並び方は昨日と比べて違ってるところも多々ある。
「ねぇ、君」
だが、念のため見渡しても、アルスは近くの子供に声をかける。
「目が少し尖った。口元にホクロがあった男の子、今日はいないの?」
見当たらない。
風邪か何かで体を痛めたのだろうか。ふと疑問に思ったアルスは食事前に聞いておく。
「あぁー、テルユキ君のこと~?」
スプーンを加えながら、子供が質問に答えた。
「テルユキ君はね~。“旅立った”んだって~」
旅立った。
その言葉、どういう意味があるのだろうか。不意に飛んできた言葉に対し、アルスは首を傾げた。
「……テルユキ君は選ばれたのです。“愛”に」
少し先の席に座っていた荒が代わりに答える。子供達が伝えた“旅立った”という言葉の意味を。
「愛に、選ばれたって」
「……もう、僕の手は必要ない。救われたんだ。彼は……ここから去りました」
愛に選ばれた。
考えるに、その言葉が意味するもの。
「【L】の、覚醒」
この時代において必要不可欠の力。それを体に宿した。
テルユキという子供は、裁きの対象となる十八歳以上の青年になる前に【L】へと覚醒したのかもしれない。つまり、外で生きていける為の資格を得たというわけだ。
「街の人に、引き取られたというわけですね」
「……ええ」
ずっと、この館で面倒を見ているわけにもいかない。外で生きるための手段を見つけたのなら、巣立ちをさせるのも引き取った親代わりの役目である。
「良かった……また一人、救われて」
森羅は食事中とはいえ、嬉しさのあまり泣き出していた。
本当に、ここにいる子供達一人一人を親のように可愛がっているのだろう。子供の幸せを泣いて喜ぶその姿は、まさしく親そのものであった。
「……さぁ、食べよう」
目の前の食事に、ミートナイフを進める。
今日の晩御飯はハンバーグだ。子供達みんな大好きなディナーの一つであろう。
「ああ、それとアルス様……食事の後、少しだけ、君と“二人で”話をさせてくれないか?」
笑顔で森羅は彼女に問う。
「二人で、ですか?」
「あぁ、どうしても……聞いておきたいことがあって」
選別の日が訪れる前。この館に彼女達を滞在させる前に確認しておきたいことがあるようだ。
それは互いの気持ち的な意味での……重要なことらしい。
「待て、荒」
フォークを止めたのは、瑠果の方。
「私達がいては、困ることなのか?」
「そういうわけではないんだが……すまない、これはどうしても、彼女相手だからこそ、聞いておきたいんだ。この街を管理する者として」
真面目な表情で、子供達が談笑をしている中で申し訳なく思いながらも、険しい表情の瑠果に願う。
「少しだけでいい。時間をくれないか?」
頼める立場ではないと思っている。だが、荒はそれを承知で彼女に願った。
「……」
辺りを見渡す。
困り果てている森羅の表情。それに対し、子供達はまるで“瑠果が彼をいじめている”と言いたげな表情だ。幼い敵意がそこらからやってくる。
「……アルス様」
「私は大丈夫です」
「わかりました」
本人に確認を終えたところで、子供たちの視線を振り払い答える。
「できれば、三十分以上は控えてくれ」
「わかったよ。ありがとう……」
心から礼を言うように、森羅は頭を下げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分後。瑠果と牧瀬の二人は先に部屋へ返された。
アルスが戻ってくるまでは風呂は後へ伸ばす。寝間着姿にだけ着替えておく。
「大丈夫なのか」
部屋についてすぐ、質問をしてきたのは牧瀬である。
「……森羅様は昔から知った仲だ。妙なことはしない。とは思う」
不安、は当然ある。
なにせ“仄村”の一件があったからだ。裏切らないと思っていた彼が、こうしてアルス達を窮地に陥れたのである。
しかし、仄村と違って、森羅は【L】が覚醒するよりも前から知り合いである。旧知の中で良く知る人物という事もあり、妙なことはしないと信じる。
「……そうだ。まさか、彼までもが」
瑠果は胸を抑える。
“頼むから、何も起きないでくれ”。
今の瑠果は、ただそう願うだけだ。
「……君は、大丈夫なのか」
「大丈夫、だ。ああ、大丈夫だ」
精神剤はない。今は用意された紅茶のみで心を落ち着けるしかない。
ここまで“散々な経験を続けてきた彼女”には。
この数十分は、あまりにも“心臓に悪かった”。
「緊急事態だっ!!」
声が、聞こえた。
瑠果の心臓が張り裂けそうな、甲高い声が。
乱暴に開けられる扉。部屋に駆け込んでくるのは“シスター・シャルラ”。
「……森羅様がっ」
あまりに苦い表情。
「殺し屋がっ、アルス様をっ……!!」
「「!!」」
突然の事態。
瑠果と牧瀬の二人は体を叩き起こすと、シャルラと共に食事の席へと再び戻っていった。
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