15話「Danger Zone ~未確認世界~ 」


 この顔。この表情。仄村紫は悟ったようだ。



 “勝てない”と。


たかが若人三人がかり、小細工を交えた程度でどうにかなる相手ではない。その差、その間には“壁”があることを悟ったように、仄村の体から力が抜けていく。


「……二人、は」


 倒れてすぐ、仄村は自分の心配よりも先に、大切な愛猫二匹へと目を向ける。


 【L】の存在をもう感じない。

 元の子供の姿になった二人は、力なく倒れている。呼吸もしていない。壊れた人形のように、遺体の群れの仲間入りをする無残な最期を遂げている。


「は、ははっ……僕のせい、だよね……」


 二人の死を前に、仄村は涙を流しながら訴える。

 己の失敗を。己の後悔を。もうどうしようもない、未練だけを残してしまう。


「大切な、最後の……最後の友達だったのにな……失敗、しちゃったよ」


 だが、もう時間をかけなくとも、この青年も二人の元へと向かう。天国か地獄かは分からない。



「……仄村、どうして裏切った。お前ほど、天王を恨んでいたお前が……花園家に強い信仰を捧げていたお前が、どうして」


 瑠果は死にゆく前の彼に聞く。

 裏切っているのは仄村紫である、というのはある程度“悟って”はいたようだった。だが、この風景は今でも嘘であってほしいと信じようとしている。


「生きるには、こうするしかない、と思って」

 死ぬ前にせめて、と、仄村は世話になった彼女の問いに答える。


「そうですよ……僕は、天王様を、今でも恨ん、でいる……僕から、大切なモノ全てを奪った畜生に、罰を与え、るために、今でも、ずっと……」


 裏切った立場でありながらも、仄村は今も尚、天王に対しての敵意を見せている。かつて見せた怨恨を連ねた表情は演技でも何でもない。本物であることを証明する。


「でも。だけど、“ダメ”なんだ」

 その表情を浮かべながらも、仄村は告げる。



「アレには“勝てない”……“逆らえない”……ッ!!」


 恐怖で表情が捻じ曲がる。

 敵であるはずの存在を崇拝しなければならない。拒絶することは許されない。どうしようもない悪夢だけが、死ぬ前の仄村の脳裏と心内を“またも支配する”。


「仄村さん、あなたっ!!」

 ずっと沈黙を浮かべていたアルスが、ついに口を開く。

「“城に近づきましたね”……!」

 空飛ぶ城。真天楼へと近づいてしまった。

 主人であるアルスから命令を受けていた。それはボディガードである殺し屋だけではなく、協力者である花園家の教徒に崇拝者、それ以外の人物全員共通で告げられていた……最重要事項。


 城へ近づいてはならない。

 禁忌を青年は、犯してしまったのだ。


「ごめん、なさい……役に、立ちたくて。どうしても、奴を、殺し、たくて……」


 それを破った。その事実を“確信”した。

 アルスは仄村が禁忌を犯したことを見抜いた。カマをかけるための軽い脅しでも何でもない。


「せめて、逃げて、ください……ッ! じゃ、ないと……来る、来ます……っ!」


 最後の最後。息絶える前に彼は何かを告げようとしていた。


「はっ!?」

 仄村の発言。そうだ、忘れてはならない。

 ここで刺客全てを滅ぼし、アルスを回収する。その手土産を受け渡す手はずは揃えている。既に、この拠点の存在は敵に知られている。この青年は“敵”がここへ来ることを警告している。


 気が付いた。その気配に瑠果は気が付いた。


「威扇、そこから離れろ!! 敵がっ……!!」


 警告を受けるよりも先___

 “意識がシャットダウンするのが、先だった”。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ほんの一瞬、目の前の世界が真っ暗になった気がした。

 頭の中も、思考も何もかもが黒い何かで塗りつぶされたと思いきや……仄村紫も化け猫二匹も。ましてや、仲間である一同の姿すらも消えてなくなる、


「おっ、と……!?」


 突然の事態に体が混乱していた。倒れそうになった肉体を威扇は上手く整える。


「何がどうなっているんだか……!」


 姿勢を整えるとすぐ、また“目の前の景色が反転”する。

 

 ぐにゃりと曲がった不気味な背景。コンクリートとも違う無機質の床。

 あまりに独特な世界の中で、絵画のような世界の中で……威扇は混濁とした意識を集中させる。


 ここが何処なのか。

 もし、敵の術中であるというのなら……“脱出しなくてはならない”。


「……とっとと抜け出す手立てを探すか。依頼人と離れ離れはまずい」

 仄村の言う事が確かであれば、あと数分もせずに敵の援軍が拠点を占拠しに来る。まだ牧瀬も体から麻痺が解けた様子はなかった。アルスは戦闘をすること勿論出来ず、瑠果も相棒があの様子では【L】持ちの敵が来た途端にゲームl-バーとなる。


 敵が来る前に脱出しなくては。




 ……それとも、“ここは既に”




「教えてあげようか~? 出る方法ってやつ」


 すると、どうだろうか。

 あの気持ちの悪い背景を突き破るように……何者かが入り込んでくる。


「ハァ~イ♪ 元気してた? 【植物人間】くん♪」


 ……これで二度目の再会だ。

 相も変わらずパーカー一枚。女性はオシャレの為には多少の我慢と犠牲はするものだと口にしたのを聞いたことがある。アレもオシャレの一環だというのか。


 もの楽しそうにやってくる。

 殺し屋姉妹の片方……妹の方である“プラグマ”が堂々と入場する。


「……今日は、姉の方はいねぇみたいだな」

 いつもは姉妹で行動している。だが、今回現れたのは妹だけだ。

 この空間は妹のプラグマの力なのだろうか。たった一人だけで前に現れた妹の存在に異様な空気を感じ取る。


「ふーん、嬉しそうじゃん」

「言っただろ。個人的に、修道服は大嫌いだってな」

 修道服、シスターはこの目に入れたくないと威扇は思う。個人的嫌悪が目にしたくないという願いが叶っただけでも、空気が美味しく感じる。


「……ここから出る条件。お前をぶっ殺せば、ヒントは出るか?」

「相変わらず、話聞かないよね。アンタ」


 不機嫌に頬を膨らませる。同時、その不機嫌には図星も含まれているように見えた。姉とは違って、冷静さの欠片もない馬鹿正直な女である。


「まぁ、そうだよ~。五分以内に私を倒せれば、外に出れるかもね~」


 不貞腐れているのか曖昧な言い方だった。

ハッタリなのか本当なのか分からない。ここから脱出するための条件を、あまりに曇らせた言い方で口にはした。


「……じゃぁ、殺すか」


 何も考えずに背景に飛び込む真似はしたくない。

 これはプラグマの力なのか。或いはプラグマの仲間の力なのか……どうであれ、彼女を嬲り、聞き出してしまえば早い話だ。


「本ッ当に、好き勝手でムカつく奴……嫌いじゃないけど、凄くムカつくわ……!」


 パーカーの内側から、プラグマは武器を取り出した。

 警棒だった。警察など組織が使っているそれとはまったく違うデザイン。


 姉のアスリィとは違って、殺傷能力はこれっぽっちも高くはないであろうアイテムを晒して、睨みつけてくる。


「よっ、と」


 挨拶代わり。威扇は槍を突き入れてみる。


「……たかが警棒一つ、何の脅威でもないって考えてるでしょ?」

 当然だ。リーチも殺傷能力も、槍に比べれば。

「そんでもって、お姉ちゃんのように投げナイフとして活用することも無理。石ころ投げるくらいにしかならないから、楽勝だって考えてるでしょ」

 姉であるアスリィもリーチがこれといって長くないナイフを武器にしていた。だが、ナイフは刃物である以上、ボウガンのように敵の心臓をダーツ感覚で射貫くことも出来る。


 だが、警棒でそんな芸当が出来るものか。


「本当にムカつくっての~。そういう奴ほどさ~」


 返答すらしない。そんな彼に怒りを露わにしてるせいか、プラグマの顔はより不機嫌だった。


「“メチャクチャにしてやりたいよね”」


 だが、その不機嫌な表情も。


「……ッ!!」


 一瞬で……“快楽”に変わる。

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