14話「Vigillante ~植物人間~(後編)」


 威扇の体は【L】の恩恵とやらで丈夫になっている。だが、これだけの巨体の拳を正面からダブルで突き入れられて、タダで済むはずがない。

 車に撥ねられたのと同じような感覚だ。腹に一撃を貰った直後に体は折れ曲がり、体の自由も効かぬままに、カビだらけの地面を転がり飛ばされていく。


「……呪術の類は、僕も多少は心得ています」

 仄村は自分の瞳を指さしながら、その麻痺の正体について語り出す。

「“僕の視界に入った者は自由を奪われる”。ですが、宮丸さんほど器用なことは出来ませんから、【L】を使っても一人が限界です……とはいえ、戦えるのは貴方一人ですし、問題ありませんね」

 厄介だ。この男、能力は傷の治癒だけなんかではない。


 “宮丸瑠果と同じ、元より得ている呪術の効力を強化する”



「邪眼だ……」


 宮丸が呟く。


「奴の目を見た者は自由を奪われる……呪いの眼だ」


 仄村紫の隠れた能力。威扇に明かしていなかった力。

 威扇はもう動けない。それどころか相手は一人と化け物に引き。

 

 ……三人で【L】を共有する。

 稀有な存在であるが、複数で契約を行う者もいる。その数が多ければ多いほど……力はより大きいものになる。


 ライブハウスでの一件を思い出す。

 化け猫を前にして、何故、仮面の兵士達は逃げ出さなかったのか……恐怖していたはずなのに。


 理由は一つ。


 あの仮面は動かなかったんじゃない。動けなかったのだ。

 この仄村紫の……“邪眼”によって。


「……一人ずつ、処理させていただきます。そして、アルス様は連れていく」

 慈悲、なんてものはなさそうだ。

 目の前にいる化け猫たちは指示を受けなくとも、目の前の標的一同を前にして“殺す”一択の感情を浮かべている。


「仄村。聞かせろ」


 瑠果は問う。


「……今まで、情報を漏らして。こうしてアルス様の身柄を狙う……目的はなんだ。誰の命令で動いている」


 誰からの指示なのか。

 わかり切った事。察することも出来るが、瑠果は念のためにその真実を耳にしたかった。


「誰の命令かなんて……わかってることでしょう」

 現実逃避でもしたいのか、と言わんばかりの表情で……仄村は告げた。

「“天王様”の命令です」

 ___裏切り者は自分である。

 仄村紫は今、勝利を確信しているがために宣言した。最後の最後に、せめてもの慈悲として真実を伝え嘲笑していたのだった。






「……仲良くしろ、って指示されてたな」


 腹を殴られた。背中を引き裂かれた。


「友達ごっこは御免だが、ちょっとは話を聞いてやろうと思ったよ」



 しかし、威扇は立ち上がる。

 彼の命に……“別状はない”。


 骨も折れていない。臓器に異常もない。

 体の麻痺を今は感じない。威扇は足場に落としていた槍を拾い上げ、噛んでしまった唇から漏れた血を吐き出す。


「お前のようにぐいぐいやってくる人種であろうとも、ちょっとは無理して付き合ってやろうかとは考えていたんだがな」


 そっと身構え、槍を刃先を向ける。


「……お前、もう完全に“向こう側”ってことか」


 ___敵、である。

 仄村の口から放たれた真実はそれ一つ。交渉の余地も何もない。ここから先は、口で言って和解できるような平和解決は見込めない。そう区切りをつけられた。


「……まだ、抵抗するんですか」

 まだ力が足りなかったか。少しオーバーに力の調整も考えてよかったものかと仄村は再び標的に瞳を向けている。

「言っておくけど無駄ですよ。三人がかりの【L】の共鳴力に、たった一人が勝てるわけないでしょう」

 勝利の見込みはない。堂々と宣言してみせる。


「どういう原理で。人間嫌いの貴方が【その力】を扱えているのか……その契約先とやらが何処で何をしているのか分かりません。だが、幾ら力を蓄えていようとも」


 仄村は指を鳴らす。

 それは指示。処刑宣告。


「“三人がかりに勝てるものか”」


 同時に再び目から微かな光を放つ。

 敵の動きを封じる拘束術。そこへ“かなりの量の【L】”を放り込み、完全に自由を奪わせる。たった一人分程度の共有程度の【L】所有者であるならば、ものの一瞬で意識一つ吹っ飛ばすくらいは出来る。


「……っ」


 宣告通り、威扇は再び体全体に電流が走った。

 あわせて飛び掛かるように真上から猫二匹が迫ってくる。


 標的は必ず始末する。ジャングルでも見せたあの徹底ぶり……問答無用、冷酷無比の抹殺兵器。


 二体の化け猫の爪がトドメを刺す。

 今度こそ、再起不能にしてやる勢いで。その身を三枚におろす勢いで。


 化け猫たちはオリハルコンも同様の爪を鎌のように振り下ろした。

 





「ああ、そう。“たった人間三人分”かよ」




 かなりの精神力。必ず仕留めるという意識は伝わった。


「スケールが、小せぇよ」


 だが、どれだけ本気でかかろうとも。

 “若造三人分”の力。ましてや、その残りは子供二人。


 ___その程度で、足りるものか。


「……っ!?」


 振り払う。


「そ、そんなっ……馬鹿なっ……!?」


 奪われた自由。そんな誓約、降りかかろうが関係ない。







 殺し屋は、邪眼を見ようとも、何事もなく歩いてみせている。


「なぁ、植物ってどうやって生きてるか知ってるだろ?」


 【植物人間】。それが威扇の異名。

 ちゃんとした名前を持っていない。フラフラと彼女感覚で名前を変えまくる殺し屋に対して付けられた、共通の異名だ。


「大地に根付いて、養分を受け取る。そして、たまには近くの植物に食らいつき、命を奪う」


 威扇の槍がしなやかに動く。


 オスのほう。

 一匹の化け猫の心臓に……“槍を突き入れる”。


「大地ある限り、生き続ける。自然を汚し続ける人間を嫌いながらな」


 メスの方は。こちらは脳天を“一突き”だ。


「邪魔だ……黙って、食われな」


 ともに致命傷。再起不能。保有している治癒能力で回復なんて間に合わせない。心臓と脳を一瞬で貫いた、即死の遺体に回復など通じるはずもない。


「なっ、そんなっ……どうして、僕達が、」


 困惑するより事も。思考するチャンスすらも、仄村紫には与えられなかった。


「さぁ、なんでだろうな?」


 槍はもう、新たな標的目掛けて突き入れられる。

 人間の心臓を……裏切り者の心臓に、一発。トドメの一撃を。


「力の差、じゃねぇの?」


 その姿は本当に人間なのか。

 人間の姿をした化け物ではないのか。


 威扇は裏切り者を殺したその事実を前に……屈託のない笑みを浮かべている。


「植物、人間っ……!!」


 最初こそ、混乱で痛みが和らいでいただろう。

 だが、刃が心臓を貫く感覚は次第に体に畳み込んでくる。仄村紫は確かな痛みと共に、意識を刈り取られていく。


(……噂、ではあると、思ったけど)


 この男の言う事。そして、異名。

 愛という概念に選ばなれなかった者は生きていられない。だが、そんな世の中になろうとも……植物のように、自然の一部としてこの世に存在し続ける謎の殺し屋。


(まさか、本当、で、ある、というのか……契約、先の、生命。その、正、体)


 痛みで脳裏が支配された。体全体が痺れた。

 だけど……その感覚は“死への直面”と共に、消えてなくなっていく。


 真理、想像もつかないスケールの答えへと、仄村は辿り着く。

 彼の言う事が冗談でも何でもないのなら……もう、それしか思いつけない。


(生命、みな、もとっ……それが、彼、の)


 刃が体から離れた感覚がした。

 仄村の体はもう……“自由を失っていた”。

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