14話「Vigillante ~植物人間~(前編)」
見逃しはしなかった。
敵の気配を、威扇はすぐさま感じ取れた。
「……勘が鋭いなぁ。本当にっ」
威扇は思った。
___他人の事は言えないが、この青二才は分かりやすすぎる。
喜怒哀楽、一長短な牧瀬刑事と、見事に制御している瑠果。比較しやすい二人が近くにいたこともあって、この青年の異変にはすぐに気が付いた。
“目の合った瞬間、殺気がダダ漏れであった”。
「ちぃっ!!」
しかし、奇襲は目の前だけじゃない。背後からも襲い掛かってくる。
“化け猫”は前後から挟み撃ちで仕掛けてくるのだ。
攻撃を受け止めようにも二つ同時は無理がある。その場から回避した。
「あと少しだったのに……ッ!」
あと一歩で作戦に区切りをつけられた。最後の最後でミスをしたことに、仄村は思わず舌打ちを鳴らしてしまう。
味方であれば心強かったものの、敵に回った途端に再び化け物としての異様さを取り戻してしまった化け猫二体。
……不気味なものだ。
ものの数秒で、人の印象というのはこうもひっくり返る。
「仄村、これは一体ッ!?」
「下がれ、牧瀬!」
後から登ってきた牧瀬とアルスの前に、札を手に取った瑠果が立つ。
「……信じたくはなかったが、お前だったか」
そうであってほしくない、と願っていたのだろうか。
あまりにも残念でならない。苦い表情を浮かべた瑠果は、裏切り者の正体を突き止めてしまったことに、動揺が止まらない。
「感づいてたんですか。宮丸さん……“裏切り者を見る目は本当に鋭いお方だ”」
正体を見破られていたことに関して、仄村は驚く様子は見せなかった。
むしろ、アチラもアチラでひっそりと思い浮かべていたのかもしれない。裏切り者の候補とやらに入れられてしまっていたことに。
「仄村、詳しくは後で聞いてやる。今は大人しく、」
「無駄ですよ」
得意の呪術とやらで牽制しようとしていた矢先。その厄介な術を前にしても、仄村はまだ余裕の表情を浮かべていた。
「貴方達は、戦えない」
理由は、単純だ。
「……ッ!?」
呻き声が聞こえる。
「か、体が……!」
しかし、それは宮丸瑠果ではなく、
真後ろで困惑していた、牧瀬刑事のものだ。
「牧瀬ッ! どうした!?」
「ふふっ、牧瀬さん。さっき僕からのど飴を受け取ったんですよ。その飴……薬の一つや二つ、仕込んでおいたんです」
毒による障害。窒息死とまでは至らない。が、行動不能に陥るほどの麻痺が起き始めている。心臓を抑え、牧瀬はその地に足を着け苦しみ始めた。
「う、動かん……!」
「さぁ、瑠果さん。どうします?」
仄村は両手を広げ、得意の呪術を撃てとアピールしているようだった。
「牧瀬さんがその調子では……【L】は使えませんよね。力の供給が出来ませんから」
「くっ……!」
【L】。二人の契約の間に生まれる力。
その契約先が精神的、或いは肉体的な都合で力の共有を断絶することがある。今、牧瀬は体全体に麻痺が及んでいるために、力の共有がせき止められてしまっている。
「なら、術のみでッ、どうにか……!」
「なりませんよ。貴方の呪術は強力ですけど、【L】による増強もなしに、【L】持ちの僕達に勝てるわけないじゃないですか。ライター一本の火では、バケツ一杯の水を蒸発させることなんて出来ませんよ」
呪術は、宮丸が幼い頃より手にしていた力。【L】という異能な力が生まれるよりも前に保有していたものである。故に、【L】が封印されようと、彼女はその力を使用することが出来る。
しかし、それを超える力、【L】の前では無意味となる。その圧倒的な力の差を埋めるためにも、その特異の力は必要不可欠なのだ。
「……仄村、何故だ!」
牧瀬は苦しみながらも拳銃を向ける。
「ごめんなさいね。僕の為にも……ここで死んでください」
命令を下そうとしている。
“目の前の人間達を殺せ”。そんな命を、後ろにいる怪物二匹へと。
「おい、何を勝った気でいやがる?」
余裕綽綽に身構える仄村を前。身動きが取れない牧瀬と瑠果の事は他所に、威扇が立ちふさがる。
「……お前、呪術は使えるんだな? だったら隅へ行け。旅館で使ってた結界とやらで姫さんと一緒にうずくまってろよ」
裏切り者の対処を受け持つ。自由に動ける威扇は戦闘態勢に入る。
「とっとと、仕留めてやるよ」
バッグの中から槍を取り出し、二体の化け物とその主人へと、敵意を向けた。
「待てッ、威扇ッ! 仄村はッ……!!」
化け猫の主人である仄村の能力は傷の治癒程度で、本人に戦闘能力はない。大した戦闘力もない相手を見積り、殺意を浮かべ近寄ってこそみる。
しかし、その地点で瑠果が叫んだ。
「……アナタが一番の弊害だ。だから真っ先に殺そうとしたのに失敗しちゃって……面倒極まりないです」
「ああ、そうかよ。俺も裏切り者の処理なんて、ギャラにも含まれていないボランティアやらされて溜息を吐きそうだよ」
向こうの愚痴に付き合うつもりもなく、威扇は槍を突き入れようとした。
「まぁ、」
仄村はアクビでもするかのような呑気な表情で目をこする。
「“飴なんて必要ない”」
こすった直後、以前と変わらぬ呑気で平穏な瞳を、殺し屋へ向けた。
(……ッ!?)
瞬間だった。
“痺れる”。“体が痺れる”。
牧瀬刑事のように毒か何かを盛られた飴は受け取っていないはずである。それだけではなく、今朝何か怪しいものを食べたわけでもない。
かといって、仮面の何者かに何かされたわけでもない。目の前の敵に一度も触れた覚えがない。
目が合った。その瞬間に……体全体の自由が、途端に効かなくなった。
「やれ」
二体の化け猫が同時に飛び掛かってくる。
「ぐっ、ふっ……!?」
二対の巨大な爪が、威扇に肉体に抉り込んだ。
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