13話「Spiral Chaos ~裏切り者~ 」

 

 噴水からの抜け穴。降りてすぐに“明かり”が見えた。

 誰かがこの通路を使っている形跡が明らかにある。


 その明かりを辿り、どんどん奥へと進んでいく。

 当然警戒は怠らない。一歩ずつ、足音一つ立てることもせずに進んでいく。


「誰だ」


 進んでいくと、ネズミの代わりに犬がいた。

 

 仮面をつけない袴の青年達が二名。名前も知らない二人組の検問が始まるのかと思いきや、問答無用でマシンガンを威扇に向けてきた。


「何故ここが分かった。俺達の味方か」

「……さて、どうしたものかね」


 袴は花園家のもので間違いないが、味方であることを証明するための面々が今この場所にいない。


「大丈夫よ。通してあげて」


 間髪入れずに射殺されそうになる。そう思った矢先に、通路の奥から姿を現す。

 指名手配である殺し屋が味方である。そんな胡散臭い証言を事実にするための証拠となる“御味方”の美人が。


 宮丸瑠果。噴水広場に放置されていた札の持ち主が現れたのである。


「……見せてもらえるかしら。パスポート、いや、会員証とでもいえばいいかしら?」

「んなこと言っても何かを渡された覚えは……あっ、そうか」


 思い出したかのように、上着のポケットの中に手を突っ込んだ。


「“コイツ”でいいのか」


 そういえば、渡されていた。

 仲間の証のアイテム、であればいいのか分からないが……この悪女が森林中に放った“悪霊から逃れるためのアイテム”とやらを。


 この紙切れ。悪霊祓いの札が、ここに入るためのチケットというわけだ。


「ふむ。よろしい。向こうでアルス様達が待ってるわ。行きましょう」


 ビンゴだったようだ。既に護衛対象であるお姫様とボディガードの面々はこの通路の向こう側で待機しているようだ。時間ギリギリまで、最後の一人が到着するのを待ってくれていたようである。


「……信用していいのかい。お札と顔面、何もかもを真似た偽物かもしれないぞ」


 歩く途中、暇なので冗談に付き合ってもらう。


「問題ないわ。そのお札、貴方以外が手にとったら、その人物は業火で燃え散るように仕掛けを施してあるから」


 物騒なこと以外、思考回路を張り巡らせないのだろうかこの女は。

 人間の肉体に悪影響を及ぼす悪霊を何の躊躇いもなく世に放ち、あたかもそれを国家組織の人間達に植え付ける。そんなスケールの発想をしてしまう彼女だから、最早今更だと考えるべきか。


「それと、時間以内に戻ってこなかったら、貴方が炭になってたわ」

「抜かりないねぇ……形の残った燃えカスになるなんて、生々しいよ」


 悪霊もここにはいない。うっかり炭になってしまう前にチケットを瑠果に返却する。

 


「あっ、威扇! 無事でしたか!」

 アルスがいち早く彼に気づき、寄ってくる。


「よかった。逃げたわけでも、裏切ったわけでも無くて安心したよ」

 ホッと胸をなでおろす仄村。ここにいる間、あの場に残った殺し屋が味方なのかどうかだけが不安だったようだが、その不安要素が少しでも取り除かれたことに安堵したようである。


 駆逐を終えたペット二匹もそこにいる。


「……いいや、まだわからん」

 ただ一人、牧瀬だけが威扇を睨みつける。


「戻ってはきたが、それだけでは裏切り者がコイツではないという事実にはならない。あの場で残って、何をしていたんだ」

「厄介払い、としか言えないな。実際そうだし」

 牧瀬の質問には、ただ一点張りの返答しか出来ない。これ以上の回答は求めないでほしいと、遠回しに残りは溜息で答えた。


「……宮丸。俺は、この殺し屋が信用できない」

 正直な意見を。ただ一人、反対派の意見を述べる。


「勝手な行動。荒行時が目立ちすぎる。こちらと連携を取ろうともしない……」

「そりゃ、この場限りの付き合いだからな。コミュニケーションとやらも必要以上は深めることはしなくていいだろ」

「なに……!」


 あれだけ口約束をしておきながら仲良くするつもりはない。ここにきてそのような態度を取られれば、不安材料は取り除きたいと必死にもなる。


 この場に、瑠果や仄村。そして依頼人であるアルスの誰もいない二人きりであったのなら、問答無用で“修羅場”となっていただろう。


「牧瀬、よせ。威扇も出来れば、彼を刺激することはやめてほしい」

「正直な事を言って、余所余所しくしなければお前らも不安じゃなくなるだろう? だから、正直に何度も言ってやるよ」


 一歩先、護衛対象であるアルスの横に並ぶ。


「仕事はしっかりとこなす。この姫様を最後まで守り抜くし、アンタらが始末しようとしている天王とやらもぶっ殺す。だから裏切る真似はしねぇ……だが、仲良しごっこは御免だ。ダチが欲しければ、他を当たりな」


 仕事は最後までやる。そして、ここにいる面々の敵ではないという意思表示。嘘でも何でもないちゃんとした真実のみを告げる。


 仕事同士の間柄。この間のみの関係。

 これ以上の関係とやらには期待しないでほしい。距離を寄せないでほしいと、正直に。


「……必要ねぇんだよ。そういうの」


 あまりに、よどんだ空気を作る原因となっただけだった。


「先へ進みましょう。これ以上、仲間を待たせるわけにもいきません」

 アルスもまた、こんな場所でこれ以上の口論は時間の無駄であることを遠回しに告げる。アルスが先へ進んだのを確認し、一同もまた追いかけ始める。


 花園家とその協力者のみが知る専用通路。ここは直で街に繋がっている……向こう側にいるという仲間と、そこで合流だ。


(……【L】。愛に選ばれた者、愛を司る者、愛を与える者。愛をその身に宿す者のみがその力を手にすると言われている。例え、仮初でも)


 一同が先へ進む中、少し遅れて牧瀬も進み始める。


(この男……本当に【L】を宿しているというのか? こんなにも、愛もへったくれもない、歪んだ男の心に……?)


 精神も、対応も、コミュニケーションが歪んでいる。仲良くなる気はそれっぽっちもない、距離感だらけのこの男。誰も、その領域に足を踏み入れることを許さない男が本当に“愛の力”とやらを宿しているのかが、疑問に思えてきた。


「……威扇」

 進む最中、護衛対象が話しかけてくる。

「仲良くしたくない。それは本当ですか」

「ああ、本当だ。それがどうした?」

「……いえ、私は少しなら仲良くしたいと思ったのです」

 先ほどの会話の続き、であった。


「どうしてだい?」

「……貴方は、言葉は意地悪いけど、悪人ではない気がしますから。むしろ」

「いいかい、お嬢ちゃん。覚えておけ」


 歩く途中でも、しっかりと質問には答えておく。


「俺がお前を命かけて守ってるのは仕事だからだ。それ以外に他意はねぇ」

 仲良くなる気は更々ない。これは仕事の話であるという事。

「俺は……自分以外の人間が、大嫌いなんでな」

 コミュニケーションは必要以上はやらない。真っ向からの否定だけを告げた。


「そう、ですか」

「頑固なんですね。貴方は」

 アルスは落ち込む気配こそ見せない。しかし、返答が悉く否定的だったのを見兼ねて会話に交じってきたのは、仄村であった。


「お前……余計な会話はしないって、もう空気で分かるだろ」

「ええ、でも、味方であるのなら……僕も、安心しておきたいんです」

 少しでも交流を深め、実は敵であるかもしれないという不安を消し去ろうとする。不安にまみれた人間らしい行動だ。


「同じく、あの天王様を殺す同士として……」

 歯をかみしめるような、苦い表情の仄村。

 穏やかで、普段から静かな彼らしからぬ表情……時折見せるその表情は、まるで殺し屋のように鋭い目つきである。


「お前、天王とやらを恨んでいるようだが、何があった?」

「……僕の家族、友達は。あの天王が掲げた新しい秩序のせいでメチャクチャになった。両親は反逆者として殺された。まだ、何もしていなかったのに……! 友達も、一方的に処刑されて、夢一つ叶わせることも許されないで!」


 復讐、というべきか。

 秩序が変わってから、この男の周りの人間達の人生は大きく狂わされたようである。彼の家族が殺されたのも“花園”という一族に絡んでいたという理由だけ。要は、出る杭は打っておく感覚で、仕留められたのだろう。


「だから、僕は必ず天王を倒します。そのために」

「……まぁ、頑張りなよ」


 仲良しごっこには付き合わない。仕事の関係上、必要最低限の返事だけ返しておいた。それで互いの気が済むと考えれば。



「……もうすぐ拠点だ」


 瑠果がそう告げる。


「ようやく、着きましたね……先に行きますよ!」


 仄村はいつもの穏やかな表情に戻り、拠点とやらへ続くハッチに繋がる梯子を全力で登っていく。このチームの中でも二十代入ってすぐと若い男だ。有り余る元気の眩しさを見せながら、先に拠点へと上っていく。


「お前が仲良しごっこをしないのは勝手だ。だが、上の連中を不安がらせることだけはするなよ」

 牧瀬は梯子を上る前に釘をさす。

「心配しなくとも、そもそも絡まねぇから安心しろ」

こうもしつこく言われ続けると本気で嫌いそうになる。元より、こういうしつこいタイプは嫌いのようだ。この殺し屋は。


「だから、こんなところで喧嘩は、」

「皆ッ! 早く来てください!!」


 ハッチの先。真上で聞こえてくるのは“不安に駆られた仄村”の声。


「「「「!!」」」」


 四人もそれに気づき、慌てて梯子を駆けあがり、ハッチの上へと進んでいく。



「こ、これは……」

 上ってすぐ、見たくもない悪夢の光景が広がった。


 ……遺体だ。

 同士であると思われる連中の遺体が転がっている。そして、拠点もまた、何者かに荒らされた形跡だけが残されていた。


「わ、分かりません。僕が来た頃には」

「また先回りされたというのか……!」


 牧瀬は思わず舌打ちをする。当然と言えば、当然か。

 こうも連続で……敵側の手中に踊らされていると考えると、腹が立つのも。


「……」


 瑠果はただ、仲間の死を前に、いつも通り動じない表情を浮かべたままである。


「どうして、どうしてこんなに酷いことを、平然とっ……」


 悔しそうに、仄村は唸るだけだ。

 何も出来なかった。非力な自分を呪うように、拳を握り構えて。


「……仄村、どうか、」

「まぁ、そうカッカするなよ。心臓に悪いぜ?」


 牧瀬が気にかけようとしていた。それは見えていた。

 だがそれよりも先に……手を伸ばそうとしたのは意外にも、威扇であった。


「威扇さん」


 彼もまた、近づいてくる殺し屋の名前を口にする。想定もしていなかった展開に戸惑っている。


「……それとよ」


 手を伸ばす前。威扇が呟く。




「“お前の愛猫達、何処へ行った”?」



 違和感。

 ふと気になった事を……“殺し屋のような形相”を浮かべる“仄村”にかけてやった。

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