12話「MAD ABOUT YOU ~仮面の客人~ 」
森の奥へ向かう最中、特殊部隊の遺体は一つも見当たらなかった。
進む、先へ進む。
森の奥へ。その身に纏わりつく“不快な視線の正体”を探っていく。
「……くすぐってぇんだよッ!」
真っ先に槍を突き入れる。
「____。」
瞬き一つ許さない。不意な“敵”の出現を前にしても、軽快に対応してやった。
しかし、その返答も予測済みであったのか……
“罰”と書かれた悪趣味な仮面をつけた、謎の人物は日本刀片手にその挨拶を受け止める。
「_____。」
言葉一つ漏らさない。
片目だけパックリと開かれた穴。そこから覗いて来る視線。その小さな穴から漏れる殺気と興味、そして愉悦に奇怪さ。自由奔放な感情の雨霰が自重もなしにダダ漏れである。
日本刀が容赦なく、その感情の中に割り込んでくる。
感情が入り乱れすぎて、その攻撃の意図がハッキリといって伝わらない。少なくとも、その日本刀の先端に乗せられた目的は“殺す”一点であろう。
「___。」
まただ。また突き入れてくる。
さっきから言葉を漏らさないのだから、性別とやらも分からない。
「____。」
威扇もその視線の粘膜に逆らう。
挨拶をするのなら、挨拶を返すのが礼儀である。
最も『死んでください。』と一方的に言われて、『じゃあ、死にます。』と返してやれるほど親切ではない。断るのもまた礼儀であることを忘れてはならない。
死ね。断る。
死んでもらえますか。お断りします。
死にましょうよ。断るけどいいよね。
死んでみてよ。断ってみる。
一発一発。しっかりと返事をする。
言葉ではなく、刃の上に乗せた“化粧の殺意”だけで。
「___!」
感情の先、挨拶ばかりでは互いに息切れを起こす。先に息切れを起こしたのは仮面の何者かだ。
目にもとまらぬ槍の瞬突は、一瞬だが仮面を掠った。
あと十センチ程度横にずれれば、仮面諸共に眉間を貫けたと思う。しかし、敵もそれに気づいて頭をズラして致命傷を裂けた。
首を覆い隠すフードを脱がすことくらいが限界だった。
「……やるじゃないか。流石は腕利きの殺し屋『植物人間』」
ようやく、罰の仮面の何者かは言葉を漏らした。
「警察はアンタが仕向けたのかよ」
「さぁ、どうだろうね」
誤魔化した。だが、なんとなく分かる。
この反応……“警察を仕向けたのはコイツじゃない”。
「私は様子を見に来ただけだよ。まさか、追いかけられるとは思ってもいなかったけど」
「職業柄、ジロジロ見られるのはよろしくないんでね」
そっと、威扇は槍を再び構える。
「という事は……これは映画で言う、こういう展開かな?」
殺気に気づいたのか。仮面の客人も身構えた。
「『目撃者は生かしておけない』」
「ご名答」
突き入れた槍の先の周辺には既に、仮面の客人の姿はない。
「心配しなくても、私の仕事は君達の始末ではない」
気配すら消えてなくなったというのに、言葉だけがその空間に残っている。
「私がここにいたのも、プライベート。興味だったのさ……いろいろとね」
力試し、とまでは目的はなかったらしい。
見ればそれでいい。それくらいの単なる淡白な興味だったようだが。
「楽しませてもらうよ。『植物人間』とお姫様と愉快な仲間達?」
想定外の事象に対し、良いスパイスであった、と。
ご満悦にも思えるような感情がひっそりと肌に纏わりついた。残された言葉と共に。
「……」
敵はいない。となれば、槍を引っ込める。
「不愉快だぜ」
こんなにも鳥肌の立つような感覚はいつ以来だろうか、と溜息を漏らした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
言われた通り、道を下っていくと、バス停が見えた。
標識は錆びており、ベンチも掃除がされていないせいで植物のツルが巻き付いている。ここ数年で周囲の職場は全滅。このバス停も必要あるのかと考えたくなる。
バス停には当然人気はない。ここまで下りる途中、誰かがつけてきている気配もなかった。どうやら後始末とやらは全て終わったようだ。
そして、あの罰の仮面も宣言通り追いかけてはこなかったようである。多少の興味のイベントの膨張、それを愉しんで満足したのか、退散したようだ。
次の指示に従い、バス停を横切り坂道を登っていく。
歩いて数分も立たないうち、今はほとんど使用されていない記念公園に到着した。
元は工場のおまけのレジャー施設だった。工場がなくなったため、撤去するにも費用が掛かるため放置されているようだ。
「……いねぇな」
瑠果達の姿が見当たらない。
どこかに隠れているのか。木陰や、遊具の後ろ、そしてトイレなどを調べてみたがやはり気配を感じられない。
「お役御免で置いていかれたってワケじゃぁ、ないと思うが……ん?」
一抹の不安を冗談交じりに呟きながら公園を回ってみると、気になるモノが目に入った。
公園の遊具から少し離れた場所に“噴水広場”がある。
といっても、噴水には既に水は溜まっておらず、水を噴射すると思われる奇怪なデザインのオブジェも虚しく錆び切っている。
人間、をデザインしているのか。それとも、植物を想像しているのかもわからないオブジェに近づいてみると……“お札”が張り出されている。
「この紙切れ、アイツの……」
近くで確認するために接近した瞬間だった。
「おっ、とっ……!?」
オブジェの麓。水を流し込むための排気口が勝手に開き、そこを中心に“人間一人”入れるくらいの小さな入り口が現れたのだ。
覗き込んでみると、梯子はないが足場はうっすらと見える。ここから飛び降りれば戻っては来れない一方通行の入り口だ。
カビ臭い。この下は間違いなく下水道である。
「行くか」
これだけご丁寧な仕掛け。明らかに誰かが手を回したような入り口。何もないわけがない。ましてや、この仕掛けの入り口には見覚えのあるお札まで用意されている。
意を決して、威扇は下水道の暗闇へと飛び込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同時刻。真天楼。
今日もアイドコノマチの上空にそびえる城は、権力を振り回す勝者たちと、愛に選ばれなかった敗北者たちを見下ろしている。
城には、ヘリポートが数か所ある。
真天楼がこのアイドコノマチへ降りるのは数か月に一回の裁定の日。
それ以外の日は、城の関係者。即ち、五光と幹部たち以外が街に降りる事は禁止されている。逆も同じ。プライベートや緊急任務の際に、このヘリポートを通じて下に降りるのだ。
一台のヘリが、真天楼のヘリポートへと着陸する。
“我刀家”の紋章が刻まれた、私用のヘリコプターが。
「……帰ってきましたか」
ヘリポートには、五光の一人である我刀潔奈。新しく五光に選ばれた若き当主が出迎える。
「ヘリコプターを貸してほしいと言い出したから何事かと思ったのですが……いったい何を?」
「たまには、下の監視も悪くないと思ってね」
ヘリコプターから現れたのは、顔面に罰の仮面をつける“キサナドゥ”。相も変わらず、素顔を晒すことなく、全身黒ずくめの格好のまま姿を現した。
「……どういう風の吹きまわしですか。下の風景になんて全く興味ない貴方が」
私用のヘリを貸してくれた礼を告げ、自室へと戻ろうとするキサナドゥの背中に我刀が問う。
「“そんなに楽しそうに”してるなんて」
ヘリから降りたキサナドゥは、何処か楽しそうな表情を浮かべている。
キサナドゥは素顔を見せないし、必要最低限の言葉しか漏らさない……だが、その片目の穴から見える瞳には、この上ない感情が溢れ漏れている。
「下で、何があったんですか」
「……君の使命、は何だったかな?」
質問を質問で返す、どれだけ無礼なことであろうか。キサナドゥは我刀に問う。
「僕の、使命」
最初こそ注意をしようとしたが、キサナドゥはある程度の礼儀を弁えている。それを踏まえた上でこうして問いを告げてきた……何か意味があるのだろう。そう感じて、我刀は息継ぎをしたのちに応える。
「この城を守る事。この街を魔の手から救う。僕達、我刀家の使命は、」
「ああいや、君のやりたいことを聞こうとしたのだが」
仮面越しに頬を掻きながら、キサナドゥは困ったように首をかしげる。
「え、ええ。ですから」
「いや、すまない。君は真面目だからね……」
何かを悟ったように、キサナドゥは再び背を向ける。
「……僕は、ただ」
「わかってるよ。君のやりたいこと、君の守り通したいものは全てね。だから、下を見てきた私から忠告させてもらうよ」
足を一歩進める。これ以上の質問には答えない。
「気を付けて。もうじき……“脅威”が来るよ。例のね」
「!」
そこから先の答えは“自分で見つけるといい”。
遠回しにも程がある、警告であった。
「キサナドゥ! それは、もしや」
「どうするかは君が決めなさい。君も五光だ。五光として流儀に反さない行動であるのなら、天王様も懐を深くして、行動を認めてくれると思うよ?」
若き当主の行動。若さゆえの情熱。若いからこそ溢れ出る不安。
キサナドゥはただ……その不完全要素に油と火だけを注いで帰って行った。
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