11話「Jungle Hurricane ~特命包囲網~ 」


 管理官。つまりは、牧瀬よりも上の階級の男。

 動揺している牧瀬の表情を前にして、管理官と呼ばれた男は愉快気に笑っている。すすり笑うような癇に障る笑いを。


「牧瀬刑事。君は二日ほど休暇を貰っていたが……温泉休暇はリラックス出来たかね?」


 温泉によるリラックス休暇。

 この男が口にしたのはたまたまだったのか。それとも、彼らの行動を分かっているうえでの挑発なのだろうか。


「……やれやれ、さっきの情報屋がやったのか。或いは、昨日の温泉宿の女将さんか」


 威扇は不満げに愚痴を漏らす。

 何処で情報が漏れたのか。何故、こんな場所で呑気に心霊スポット巡りをやっていることがバレてしまったのかは分からない。


「一人静かに山奥で休暇かと思いきや、こうして、指名手配の殺し屋と一緒とは……本当に驚いたよ」


 バイブのついた人形のように、ケタケタと揺れ嗤う管理官の男。


「……堕ちるとこまで堕ちたねぇ。牧瀬刑事」

 次に口にしたのは、侮辱であった。

「落ちこぼれのお前を今日という日まで面倒を見てやったというのに、その恩を仇で返すもんだから、本当に残念で仕方ないよ……クズになっちまったか、牧瀬」

 残念、という割には嬉しそうな表情だ。

 落ちぶれた的な表現を用いり、その言葉を口にするたびに愉悦で笑みが強まっている。


「“女房に見捨てられる”のも無理はないなぁ?」

「……ッ!!」


 かつての上司。逆らうことは警察や組織の人間としては勿論の事、法律的な意味でも歯向かうことは許されない。しかし、牧瀬は言葉に対し暴力を思い浮かべるよりも先に、隠し持っていた拳銃を管理官へと向けたのだ。


「管理官。どいてください」

 

 警告をする。上司相手であろうとも。


「牧瀬幹雄。お前には国家反逆罪として、逮捕状が出ているが……状況が状況だ。射殺もやむなし、だな」


 しかし、組織側も同じ対応をする。

 ……怪しい行動を取られる前に、射殺をすると言い切った。


 思い出す。別の場所から弾丸が飛んできたことを。

 それは管理官が塞ぐ道からではなく、密林の木陰から。


 管理官だけではない。既に話を聞きつけ、“数名の特殊部隊”が待ち伏せしている。四方八方の闇の中から、拳銃を構えているのだ。


 既に追い詰められたネズミ。ヘビに睨まれたカエル。

 国家反逆者一同は、正義の鉄槌を受けようとしているのだ。


「無抵抗であるのなら、せめて楽に殺してやるが」

「その必要はいらないわ」


 身動き一つ抵抗もしなければ、この場で頭を撃ち抜き、痛みも感じさせる事無く殺してやろうと宣告していた。変に抵抗すれば、この四方八方からハチの巣にすることで、無理やりにでも沈静化を図る。そんな警告を添えて。


 しかし、瑠果はそれに応じない。


「……ぐっ!?」


 その矢先であった。

 国家機関を敵に回す宣言をしたのちに、管理官は“胸を抑えて屈みこんだ”。


「な、なにをっ……」

「相当、この世に恨みつらみを持っていたようだな……あのトンネルに籠っていた“悪霊ども”は」


 瑠果が表に見せたのは、焦り一つ見せない表情と、数分前にトンネル前で見せた“魔よけの札”。


 この女、トンネルにいた悪霊とやらを追い払う。或いは退ける為にお祓いをしていたのかと思いきや……その予想は大きく裏切られる。


 事もあろうことか、“トンネルの外に悪霊を放った”のだ。

 いち早く、瑠果は後をつけられていることに気が付いていたのだ。そして、この場所で待ち伏せされていたことに対しても……気づいた彼女はいち早く、手を回していたのである。


 外に放たれた怨霊達は森を彷徨い、隠れ潜んでいた警察官たちへと取りついた。そして、原因も分からない“得体のしれない疫病”を撒き散らしたのである。


 特殊部隊の人間達は呻き声をあげながら苦しんでいる。効果は絶大だ。


「貴様、ら、抵抗を、すればぁああ……っ、」


 管理官疫病に苦しみながらも、正義の権力を振りかざそうとしていたが。


「『容赦なく殺すぞ』ってか?」


 それよりも先に、威扇が手を回す。


「こっちのセリフだ。だからどけよ」


 うるさい薄毛頭の首を、刎ねた。

 管理官の男の首は宙を浮きながら、近くの木陰の中へと放り込まれていく。脳を失った肉体もまた、そこらを亡者のように彷徨いながら歩いたかと思いきや、近くの木陰へと倒れ込んでしまった。


「……管理官。申し訳ありません。ですが、もう私はそちら側にはいられません」

 牧瀬刑事は、拳銃を向けてきた男を前にしても、苦い表情を浮かべたままだった。

 恩はあったのか。それとも、情があったのか……呆気なく殺されたことに対して、安堵を浮かべながらも悔しく歯をかみしめている。


「私は、もう、」

「牧瀬! 辞令を告げるのは後にしろ!」


 瑠果は管理官の遺体を確認することなく、先へ進み始める。


「厄病は出回っているが死んでいるわけではない! ここで立ち止まっていてはハチの巣にされることは変わらん!」


 胸を抑えつける程の呪いとはいえ、まだ死に至っていない特殊部隊は何人もいる。立ち止まっていては眉間を撃ち抜かれることに変わりはない。

 何より、ここ以外にも何か所かに伏兵がいる可能性がある。詳しい明確な地図も存在しない密林の中にいる限り、ここにいる面々の安全は保障されないままだ。


「くっ……!」


 歯をかみしめながらも、牧瀬は瑠果に従い先へ進み始める。


「兵の駆逐はコチラでどうにかします」

「すまない、頼む」

「そういうことだよ。ハクトウ、ニワウメ。お願い」


 主人である仄村からの指示。それに頷いたハクトウとニワウメは次第に姿を変えていく。

 いつか見た化け猫二匹の姿だ。逃げている背中を撃ち抜かせないようにと、変異した二匹は森の中へとそれぞれ飛び込んでいき、苦しんでいる射撃兵達を一匹残らず皆殺しにしていく。


「ほら、行くぞ。お姫さん」


 威扇は護衛対象である姫様を担ぎ上げ、走る一同を追いかける。


 とにかく足を止める事だけは考えない方がいい。何処から撃ち込まれるか分からない。化け猫たちのフォローにばかり甘えるわけにもいかないのだ。


「森を抜けたら、拠点Bへと移動する」

「大丈夫かい? こうやって、国家機関を放ったということは、街の方も僕達の侵入を警戒していると思うけど」

「……入口くらい幾らでも用意している。大丈夫だ」


 専用の侵入口くらい幾らでもある。正規の入り口の検問で立ち往生を食らって門前払いなんてオチにはならないと言い切りながら、息を乱さず瑠果は返答した。


「……んん?」


 足を止めてはいけない。そう注意を促した後だというのに。

 迂闊というわけじゃない。不安定な足場に油断したわけでもない。ただ、直感一つで、ほんの一瞬だが、威扇は足を止めてしまう。


「威扇。どうかしたのですか?」

「……ほう」


 アルスからの質問には受け答えをする暇はない。


「悪ィ。姫さんを頼む」


すぐ真横に並び、一直線に走り続ける仄村に姫様を押し付ける。


「威扇さん!?」

「待て! 何処に行くっ!!」


 突然の彼の行動に困惑する仄村。それと同時、怪しい行動を前に警戒心を募らせた牧瀬の怒鳴り声が突っ張った空気をより張り詰める。


「……なに、厄介払いだよ」


 自分一人逃げるわけではないとだけ、言い残しておく。


「単独行動は避けて、」

「威扇さん、それは……【L】を通じての“気配察知”とやらですか?」


 敵の気配を、ただならぬ【L】の気配を悟ったのかと、瑠果が問う。

 この一瞬だけ。殺し屋の行動が理にかなっているものなのか。意味があるものなのかと答えを聞くために、この十秒にも満たない時間で問いかける。


「んにゃ、ただ周りの視線に敏感なだけだ」


 いつも通り。冗談交じりに、反抗的に答えておいた。

 その一方で、敵の気配を察知したという点に関しては正解とだけは伝わるように。


「……この道を下ったらバス停があります。そこを横切って、道なりに上っていけば記念公園が見えますので、そこへ向かってください」


 伝言だけを残して、再び瑠果は背を向ける。


「健闘を」

 走り去っていく。

 それに合わせ、不安ながらも牧瀬も彼女の背中を追いかける。仄村は特殊部隊の駆逐に手を回しつつも、アルスの護衛と手いっぱい。


 取り残されたのは、指名手配の殺し屋一人。

 この周辺にはすでに敵はいらっしゃらない。駆逐とやらもスムーズに進んでいるようで、目に見えない場所からの精密射撃に怯える必要もない。心臓も止まりそうな肝試しをする必要もないようだ。


「んじゃ、行くか」


 木陰、森の中へと入っていく。

 太陽が更に昇る……霧も晴れていき、森から暗闇が消えようとしていた。

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