10話「Phantom ~滅びの族~ 」
進んでいくと、ようやくその人物の姿が見えてくる。
悪霊まみれだというこのトンネル。政府も一般市民の目にも届かない、こんな山奥の片隅で待ち呆けていた……癖毛だらけの長髪の女性。
民族衣装とも思えるような独特な服の上にレインコート。明らかにそこらの一般市民とは雰囲気の違う女が手を振りながら、一同の元へと寄ってくる。
「こいつが“アビス”?」
情報屋アビス。ライフワークもある程度絶たれ、切羽詰まったギリギリの方法で稼いだ資金のみで活動を続けているレジスタンス集団の唯一の情報網。
こんな薄気味悪いトンネルの奥に隠れていた人物は殺し屋の予想通り、薄気味悪い人物であった。
「おや、この人は?」
「協力者よ。詳しくは言えないけど」
アルスが名指しで選んだという最強の助っ人。トランプで言うジョーカー、すなわち切り札の一枚である。
情報屋へ提供できるのは、植物人間という異名を持った殺し屋であるという事。それ以外には特に教えることはない。
「……そうか。初めまして」
「どうも」
挨拶。当然、これに対してはお辞儀で軽く返しておく。
「それじゃあ、情報だけど」
「ああ、城の降りる日に仮面の集団の派遣情報。それと……」
瑠果とアビスの二人は、情報交換を始めた。
その最中、ついてきたボディガード一同と、その護衛対象であるアルスは暇になるというわけである。
「……なぁ、質問していいか?」
暇つぶし、に聞いてみることにする。
「答えられる範囲まででしたら」
アルスもそれを快く受け入れる。
彼女自身も暇だったようだ。瑠果とアビスの会話を小耳に挟んでおくのもありではあるが、それくらいの話は後で本人から聞き直すことも出来る。
威扇とアルス。完全なる私情で暇を潰す。
「花園と宮丸」
威扇が口にするのは二つの一族。この日本において、最初に【L】に覚醒したとされている、最初の“五光”の面々だ。
「数年前。二つの一族は……“滅んでるんだよな”?」
日本へ来る前、威扇は政治事情を調べている。
【L】という特異の存在が生まれてから数年……五光もここ数年で大きく変動している。
花園家と宮丸家。この両名は、もう“五光”には存在しない。
それどころか“血縁の繋がり”すらも全て根絶されている。ここにいる二人は、その一族の数少ない生き残り。
「天王に歯向かった二つの族……“反逆者”として根絶されたお前達」
花園家と宮丸家。この両名は―――
“新たな秩序に反旗を翻した者”と、記録されている。
「何をやらかした。あの城に何をしようとして、こうなっている?」
あの城に潜んでいる管理者を殺す。反逆者となった二つの族の長は、レジスタンス紛いに日本の解放戦線を立ち上げようとしている。
二つの族は反逆者。外に広がる情報は、花園と宮丸は日本を混乱に陥れようとした逆賊であるというモノのみ。
それが真実なのか、嘘なのか。
どちらが正義で、どちらが悪なのか。
情報の真偽はともかく、本人の口から多少は聞いておいても損はないと威扇は思ったのだ。
「それは、」
「花園家は、あの一方的な独裁国家を解放するために立ち上がったんです」
しかし、アルスが答えるよりも先に、教徒である仄村が口を開く。
「ですが、向こうは花園家の言い分など聞くこともせずに、反逆者とみなし一方的に極刑。花園家に協力したとされる宮丸家も、その分子として処分されたのです……あの方達はただ、この歪んだ日本を、少しでも元に戻そうとしただけなのに」
悔しそうに、無念そうに仄村はツラツラと言葉を重ねていく。
怨念にも似たような呪詛。唇をかみしめるその姿。
「……そして、僕の両親も」
大切な家族を殺された、復讐者の表情。
花園に仕えていたという仄村家。そして、その両親。
この話、一つのフィクションドラマとして終わる気配はなさそうだ。
「おかしいでしょう。愛に選ばれなかっただけで、生きる資格は愚か、チャンスすらも踏みにじられるなんて……新しい国家には不要と見なされた人間は、容易く刈り取られていくんだ。あんな風に。ただの虐殺国家じゃないか」
既に、選ばれなかった者達の極刑。選別の日とやらはこの目で見た。
あまりに一方的。言い分も何も聞かされることはない。この新しい国家に何の貢献も出来ないとみなされた人間は、あんな風に無価値と殺されるだけである。
子供だろうと、老人だろうと。誰であろうと。
かつて、その人間達が日本にどれだけの栄光や名誉を与えた存在であろうとも……【L】を持たぬのなら、ただの塵である。
「ふざけている……あんな一方的な世界、まるで俺達を奴隷のように……!」
「仄村、落ち着きなさい」
話を中断した瑠果が振り向いて指摘する。
「あまり感情に乱れを起こさないで……結界が緩くなる」
「すみません」
悪霊とやらは、人間の体調や精神状態において、与える影響をより強くすると言われている。あまり感情的になると、折角のお祓いの効果とやらも薄くなるのだろう。
一言だけ、注意を受けた後……仄村は深呼吸をする。
「そういうわけで。正義の為に立ち上がったんです……そうですよね? アルス様」
「……ええ」
アルスは肯定する。
ただし、その声はあまりにも覇気がなかったように思えた。
「それじゃ、健闘を」
情報屋とはここで別れを告げる。
これから、集めた情報をもとに街に戻って、今後の行動の方針を決めることになる。反撃の道を少しでも見つけるための、暗中模索の糸探りを。
礼を告げた後、一同は背を向ける。
こんなにも薄暗いトンネル。一秒でも早くおさらばしたいところだ。
「……最後に、二つだけご注意を」
背を向けた一同に、アビスは告げる。
「“身の回りにはご注意を”。皆さん、あまり良い面をされていらっしゃらないので」
「それは、貴方の趣味の“占い”とやらかしら?」
一人、面を向き直した瑠果がそれを問う。
「ええ、ですから、そこは貴方達の気分に任せます」
このアビスという女性、占いが趣味であるらしい。
最も、これは情報でも何でもないため、金額も何もかからない、おまけとなる。場合によっては、不必要極まりない無駄な情報となるわけだが。
「そこの旅のお方……日本は凄く物騒な国です。くれぐれも、ご注意を」
最後の注意は、占いとはまた違う警告だった。
初めて到着した日。何処で暮らしているかもわからないホームレスの老人にも同じことを言われたような気がする。外からの客人に対しては、そうやって注意を促すのが最低限のマナーというものなのだろうか。
「……忠告ありがとよ」
善意、或いは偽善に対しては最低限の返礼を。
威扇は社交辞令の挨拶程度に、片手を振っておいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これから、一同は街に戻ることになる。
「街の方での、新しい宿は?」
「何個か仲間が住処を作っている。そこで身を隠す」
ここにいる面々以外にも生き残ったレジスタンスは数名いる。まだ街に残っているとされる仲間の元で身を隠し、また少しずつ、敵に探りを入れる事になりそうだ。
思った以上には長期戦になるかもしれない。
この国のトップを暗殺するという仕事。
遠く離れた位置からライフルを使って、はいおしまい……だなんて、そんな軽い作戦で済むような仕事ではないようだ。
「さて、あとは山を下りて、」
「!!」
長く続く山道。既に時間的にも景色が見えやすくなった森の真ん中に再び足を踏み入れたその瞬間。
「アルス様! 危ないッ!!」
青年の大声一つと共に。
やまびこの代わりに、返ってくるのは……“銃声”だった。
「……無事、ですか」
青年・仄村が口を開く。
「敵襲、ですか?」
質問を質問で返す形に。
仄村によって覆い隠されたアルス。何が起きたのかは、聞こえてきた一発の銃声音である程度の理解は出来てしまう。
「いいから、とっとと立て。二人とも」
そんな二人の真横に立っているのは、すでに槍を片手に構える殺し屋。
握る槍の先端には“黒い煙”が立ち込める。
何かを弾いた痕。弾丸はアルスにも仄村にも命中することはない。直前で威扇が盾となり、弾いてくれたようだ。
「……おい、牧瀬」
一同の進むべき道。そこを塞ぐ人影が一つ。
「こんなところで何をしてるのかね?」
でこの広い薄毛の髪、腰の低い初老の男。これだけ肌寒い環境下ということもあり、何重にも着こまれた厚着のコート。
そんな男の一番上のコートのポケットに___。
「管理官……ッ!」
“日本警察の手帳”が見え隠れしていた。
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