16話「Moment of Temptation ~嗜好の的~ 」


 刃が警棒に触れた。


 回避をしようとしなかった以上、受け止める行動を選択することは分かっていた。なら、その警棒を勢いよく振り払って、がら空きになった胸に一突きいれてやるくらいの事を威扇は考えていた。


「くっ、うが、がァアアっ……きっッ!!」


 油断大敵とはこの事か。慢心が一番の敵だとはまさにこの事だった。

 威扇は慌てて槍を警棒から離し、距離を取る。


「ふふっ、いい顔♪」


 プラグマの表情が笑みに変わった。

 

「……小細工、だな」


 警棒に仕込まれた罠。




 “電流”だ。


 女性なら手にする者は稀にいるであろう防犯アイテムの警棒。

 あれは電流が流れる警棒だ。スタンガンにも使えるアイテムから流れたショックは、下手すれば獣一匹あっという間に気絶へ追いやる高圧電流。


 小動物だったら、心臓麻痺で即死のレベルであろう。

 警棒から槍、槍から肉体へ伝うように……電流が威扇の体に襲い掛かった。


「いいよいいよ、その表情。もっとムカついてよ」


 警棒片手に小悪魔のように笑う。

 その笑っている表情、姉のアスリィに酷くソックリだ。


「ムカつくのならもっとやれば~? ほら、ドンと来てよ~?」

 次の攻撃も何度でも受け止める準備はしている。また吐き気を催すレベルの電流を流してやろうと挑発を仕掛けてくる。

 実際、あの電流のダメージは相当だ。あの警棒を直接心臓のある胸元につきつけられたら……間違いなく、【L】による頑丈な硬度を持っていようが、即死する。


 あのプラグマという女。【L】の恩恵は何なのか。


 色々と考える。

 

 まず考えられるのは“体の硬度”か。

 一度体に浴びたあの電流であるが……先も言ったが、獣は一瞬で気を失うレベル。


 獣。ライオン、虎、アフリカゾウ。そんな大型の獣なら気を失う。犬や猫程度の小動物ならショック死する。何をされたのか理解されることもなく一瞬で。

 それだけの電流を放っている警棒を手にしているにも関わらず……本人は特に何とでもない表情。体の硬度が高くなっていなければ、プラグマは電流で自爆している。



「……撤回だ。お前、姉よりも」


 だが、プラグマの能力がどのようなモノであれ。


「殺し甲斐がある」


 “殺す以外他はない”。


 プラグマはこう思っているのだろう。


 挑発を仕掛けるだけ仕掛け、挑発に乗ってしまえば殺し屋は電流を浴びて苦しむことになる。

 仮に来なかったとしても、その悔しくむず痒い表情を見るだけでも飯が美味い。最高のエンターテイメントとして楽しめる。そんな娯楽を楽しもうとしている。


 ___させるものかよ。そんな事。

 一度、その電流を浴びたのであれば……加減を理解したのであれば、問題はない。



 突っ込む。

 “馬鹿正直に”。


「馬鹿正直にっ。アンタって意外と、攻略簡単なチョロい男だったのかしらね!?」

 当然、プラグマは警棒を構える。

 刃が触れる。また、超がつく高圧電流が威扇の体に流れ込んだ。


「……えっ?」

 その電流、確かに相当なモノだ。

 だが、一度経験すれば“どうという事はない”。住めば都という言葉があるだろう。


 慣れる。考慮できる。身構えられる。

 静電気に恐れてドアノブに触れたくない。そんなこと考えるものか。


それくらいの障害なんて、たった一回の経験で突破は容易いものである。


「____ッ!?」


 電流に耐え、警棒を取っ払ってやった。一瞬だが、プラグマの胸をがら空きにしてやった。

 彼女は後ろへ回避しようとするが、ここまで来て逃がしはしない。


「エンドだよ、テメェ」


 “腹を引き裂く”。

 回避が早かったために、刃先は臓器にまでは届かなかった。代わり、槍を剣のように振るい、そのパーカーごと、腹を裂いてやる。


「……けふっ」


 一歩後ろ。貫かれたプラグマは一歩後ろへ下がる。

 腹から血を流したまま。流血している生暖かい腹を眺めながら、プラグマは固まっている。


(……大人しい、な?)


 電流は容易く突破した。その現実に目を背けたいのか。

 それとも、不意打ちを豪快に食らった事をまだ理解していないのか。


 ___とはいえ、理解しないにしても結構な時間が経っている。

 不気味な間だけが、空間を支配する。


「……!」


 一瞬だが、プラグマの表情が強張った。ついに痛みを理解したか。


「___。」


 現実逃避、か。はたまた、理解した、のか。

 プラグマは強張った表情をとくと……その傷口にそっと手を伸ばす。


「……」


 弄ぶ。

 傷口の中に、人差し指と中指。傷口を広げるかのように、手を突っ込んでいく。



「~~~~~ッ♪♪♪♪」


 蕩ける。

 想像を絶する満面な笑みを。


 “興奮”を

 “欲情”を


 “絶頂”を、プラグマは威扇に見せつけた。



 


(コイツっ……!)


 威扇はようやく理解する。


 この女、痛みを理解している。

 今までの挑発も。今までの対応も。さっきまでのイライラも……すべては。喫煙者がタバコを求めるのとまったく同じ症状。


(“求める側”かっ……!)


 【L】がプラグマに与えている力。前者であった体の硬度を強くするという考察は正解だった。




そして、その能力が与える恩恵は___。


 【加虐主義者】であるプラグマにとっては、この上なく至高の代物であろう。


「気味が悪いんだよっ……どいつもコイツも、気持ち悪いッ!!」


 あまりに見るに堪えない。修道服以上に見ていて虫唾が走る。


 パーカー一枚。避けたパーカーから生肌が見える。

 興奮に悶えるその姿を前に、威扇は思わず吐き気を訴える。


「いひひっ、ひひひひっ……あっはぁあッ~~!!」


 気持ち悪い笑み。腹から血を流しながらもプラグマは絶頂を繰り返す。

 痛みのあまり可笑しくなったわけじゃない。むしろ、その逆。幸せのあまり頭の中が沸騰している。まるで性行為に身を委ねた獣のように本能だけが支配した真っ白な状態である。


「消えろォッ……今すぐやめろ! 笑うなァアッ!!」

 

 威扇は怒りのままに攻撃する。


「ひぁあっ……あぁ、あああっ、……あぁああッ~~~ッ!!」


 しかし、どれだけ槍を突き入れても、適度な痛みを与えるのみ。彼女からすれば、鞭で体を打ち付けられている程度の痛みと最高の興奮だ。


 一度経験すればどうということもない。この少女も同じことだった。

 怒りに身を任せての一撃を直後に放ったのが失敗だった。その地点で現状況の全力を計られてしまった。少女は致命傷を回避し、防げる攻撃は“浴びる”。


 【L】の濃密度はより強い興奮で強力になる。あの仄村という青年よりも年下であろうと、そのエネルギーの増大さは“歴然”だった。


 届かない。攻撃が届かない。

 連戦の疲れが身に沁みている。威扇の刃がついには彼女に届かない。


「もっと、もっと! もっと頂戴……お願いだから、もっとッ!!」


 ___求めてくる。求めてくる。

 ___やめろ、やめろ、やめろ。


 ____これ以上……。

「求めるなァアアアッーーー!!」


 あまりの苛立ちに、ついには発狂してしまった。




『楽しんでいるところ、申し訳ないが』


 ……まただ。また、ノイズだ。

 この空間に放り込まれた時と同じような、ブラックアウトが襲い掛かる。





「約束の時間だ。レディ」





 “気持ちの悪い風景が消えてなくなった。”


「そして君も……抵抗はしてはならないよ」


 再度、目の前に広がった風景。


 制圧されてしまった拠点。

 仮面の集団に取り囲まれた状況。


 ……そのド真ん中では“護衛対象達がサングラスの男に確保されている”。


 最後、威扇の首元には___。

 一瞬の油断も許さない、裁きの刃。一筋の返り光を放つナイフ。


「ゲームオーバーね。植物人間さん」


 見たくもない修道服の女が……威扇の真後ろで笑っていた。

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