07話「Fake Town BABY ~協力者たち~ 」


「___天・元・行・躰・神・変・神・通・力」


 アイドコノマチから少し離れた山奥の旅館に連れてこられたと思ったら、アルスの協力者である宮丸瑠果は妙な言葉を繰り返している。


 旅館の扉を潜った先、女将から予約の確認などされた後に部屋の案内。その手前で後ろを振り向いたと思いきや、“色のついた札”を一枚取り出し、つぶやいた言葉と共に、何のトリックか分からないが“札が燃えてなくなった”。


「……今日の疲れを癒すのは、少し後になるか」


 早いとこ、今日一日の疲れを癒したい。威扇の本音だ。


 だが、その前にやり残していることがある。


 ……アルスの危機に駆け付けた三人の大人と、さっきから言葉一つ発しない謎の少年少女二人。


 この五人が何者なのか。

 それを全て知るまでは、安眠できそうにはない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 部屋に通されると、ネットのホームページや日本の観光ガイドブックなどではよく見かけるリーズナブルな畳の部屋に通される。


 到着して直ぐに、宮丸瑠果とは面を通して説明を聞いた。

 花園愛留守とは協力関係にある人物であるという事、そして、ここに集う面々は……あの空飛ぶ城とは敵対関係であるという事を証明する。


「……」

 

 少しザラザラした壁。頬を摺り寄せるのは抵抗がありそうな壁にもたれながら、威扇は先に眠ってしまったアルスに目を通し、流れるように五人へ目を向ける。


 

 まずは一人、あの白い髪の青年からだ。


 青年の名前は【仄村紫ほのむらゆかり】。大学生であり、見ての通り花園家の教徒の一人である。

 古来より宗教家であったらしく、愛伝編教が結成されるよりも前に花園家には仕えていたのだという。家族揃って狂信家、この青年も、平和主義な少女の主張を崇拝する男だというのだ。


「なぁ、そこにいるガキ共は」

「ああ、この子達かい?」


 ガキ共。同じく宮園家の袴を着た子供たちが気になって仕方ない。


「僕の飼い猫たちだよ。可愛いだろう?」

「ほう、飼い猫と、きたか」


 人間の男女を相手にペットという表現は大きく出たものである。

 だが、仄村の言葉は例えでも比喩表現でもない事実ではある。何せ、この少年少女二人の正体は……“ライブハウスに現れた二匹の化け猫”であるからだ。


「こっちはハクトウ。こっちはニワウメだよ」


 自己紹介をするようにと促した仄村に従い、二人の少年少女は挨拶をする。

 主人と同じ真っ白い長髪。青いメッシュがところどころに入った少女の方がハクトウであり、それとは逆に赤いメッシュがところどこに入った長髪の少年がニワウメだそうだ。


 言葉こそ発しなかったが、その小柄な体をしっかりと倒し、礼儀正しく挨拶にお辞儀をしてくれる。健気なものだ。



「……」


 次に視界を向けた相手は、唯一五光の一族の袴に袖を通していない刑事。坊主頭にカジュアルなスーツ姿、一昔前の古臭いドラマではよく見かけそうな刑事が近くの椅子に腰かけ、息を漏らしている。


牧瀬幹雄まきせみきお】。見ての通り、この時代でも申し訳程度で動いている警察組織の人間の一人だ。階級は巡査部長。発砲許可もクソもない時代ではあるが、彼は、緊急時にのみ発砲が許された立場である。


 話によれば、幹雄は五光のどこにも所属していない。言うなれば、この協力者の中では唯一、教徒ではないという事である。警察ともなれば、一般市民ともいえない……この時代、そして協力関係においては充分と異質な立場の人間である。


「なんだ」


 視線に気が付いたのか、牧瀬が睨みつけてくる。

 初対面の時もそうだったが、随分と目つきが悪い。生まれつきなのかどうかは知らないが、言葉の尖りようからしても、信用されているのかどうか分からない。硬派な男はこれだから、対応に困る。


「……お前も、あの城には反対派ってことかい」

「でなければ、ここにはいない」


 湯呑に入ったお茶を飲み干す牧瀬。質問に対して、当たり前の事だと指摘するように返答する態度が余計に棘を募らせる。


「まっ、恋愛とやらには縁がなさそうな顔つきだしね。嫉妬浮かべて、八つ当たりの一つでもかましたいわけか」


 挨拶がてら、それは限界スレスレかどうかも怪しいジョークだったとは思う。


 そう思っていた時期があった。

 たった今___


 真横の壁に、“問答無用で銃弾”を撃ちこまれたその瞬間までは。


「言葉に気をつけろ。次は間違えて、お前の眉間を撃ちそうだ」


 刑事の顔は今まで以上に鋭く尖っていた。幹雄の拳銃は容赦なく威扇に向けられ、銃口からは煙がこみ上げている。


「……威扇さん。ジョークにしては冗談が過ぎます」

「悪かったよ。禁句、みたいだな」


 この怒り様、そしてリーダーと思われる瑠果からの指摘。

地雷原に脚を突っ込んだのだろう。ちょっと気を引く程度の挨拶が、想像以上の誘爆を招いてしまったようである。


 反省はしている。威扇はその姿勢だけはしっかりと見せた。


「牧瀬も感情を沈めて……私も人の事は言えないけれど、警告もなしに発砲はどうかと思うわよ」

「この男、次第だがな」


 次に言葉を滑らせたら、本当にタダではすまない。この時代だからこそ無差別発砲は許されてこそいるが、数十年前の日本法律であったなら、この男は警察手帳を剥奪されていたことだろう。


「はぁ。本当、仲良くお願いね」


 もっとも、この時代において、警察手帳なんて何の効力もないように思えるが。



「全員、今のうちに体を休めておいて。明日の朝にはここを出るわ」


 そして、最後。花園家の袴とは違うものに袖を通している麗人の名前は【宮丸瑠果みやまるるか】だ。


 かつて、五光の面々に名を連ねていた名家の一つ。その名を持つ女。


「何時ごろだい?」

「四時よ」


 随分と早起きだ。まだ太陽も顔を出しているか分からない時間帯である。

 時計を見ると夜の一時。しばらくは睡眠薬とお供する日々が続きそうだ。


「……私は、汗を流してくる。姫様を、お願いね」

 一言だけ残すと瑠果は立ち上がり、何の警戒もなく廊下へと出ていった。


「アンタは一人で大丈夫かい?」

 威扇は壁から離れると、一人浴場へと向かおうとする瑠果を呼び止める。

「今日一日の活躍は見せてもらってはいるが、女性一人は危ないのでは?」

「私の事はどうかご心配なく。貴方様は姫様の護衛と、ご自分の心配をお願いいたします」

 ボディガードからの労わりを快く受け止めつつも、その必要はないとお辞儀をしたのちに瑠果は部屋から去って行った。


「……街中じゃないし、街から離れた山奥の旅館ではあるけれど、大丈夫かねぇ」


 周りは森林地帯。人を隠すには持ってこいの場所だ。

 アイドコノマチの仮面の集団とやらがここまで追ってこないかどうか。一応、誰にも見つからないように移動こそしたが、その不安のみを漏らしておく。


「問題ない。宮丸が“仕掛け”を施しておいた。この旅館には愚か、その周辺には誰一人として近づけないさ……この旅館にはな」


 牧瀬が口にした“宮丸の仕掛け”。

 思い当たる節があるとすれば、旅館に入ってすぐに宮丸瑠果は何かをしていた。


 呪詛のように口にした言葉。そして、燃えた紙切れ。

 ……それは何処か、日本の“呪術”とやらに酷似しているようだった。


「説明、ありがとよ」

 

 牧瀬に礼を言う。第一声に“金輪際口を利かれなくても仕方ない”地雷を踏まれたのにもかかわらず、こうして教えてくれた刑事さんに。


「……仲良くしろ、と言われたからな」


 牧瀬もまた、殺し屋の浮かべた営業スマイルに合わせた表情を浮かべていた。



「追手は来なかったみたいだけど、大丈夫かな」

「問題はない。あたりはキチンと確認した。それに、」


 幹雄は拳銃をしまい、空を眺めながら仄村の問いに答える。


「俺達は誰もこの姫様の命令を破っていない。大丈夫なはずだ」

「……その命令ってさ」


 割って入るように、威扇は質問をする。


「“城に近づくな”ってやつか?」


 アルスにされた同じような警告を、この二人にも聞いてみる。


「ああ、お前も忠告されたようだな」

「……城に近づいてはいけない理由。お前達は聞かされているのか?」

「いや」


 一番頼りになる協力者にさえも、肝心なところは伝えていないようである。

 伝えないのか、或いは伝えられないのか……その情報一つで、結構事態は進歩するようにも思えるのだが。


「あの城、何かあるのか?」

「僕達も詳しくは分からないよ。ただ……」


 仄村はそっと、言葉を漏らす。


「……あの城に近づいた人間。僕達の協力者だった人間の何人かは、人が変わったように“敵に回った”のは覚えている」


 身震い、と言えばいいのだろうか。


 仲間に起きた異変。それを思い出しているのか、仄村は怯え始めていた。


「あの城にうちの仲間が一人でも近づいた途端、こっちに不利の状況が訪れることが幾度かあったんだ。何かあるのは間違いないよ……おそらく、ね」


 震える主人を、飼い猫であるハクトウとニワウメがそっと撫でてくる。

 本当に、健気なペット二匹である。



「革命の城、か」


 日本に建造された“新たなる秩序の顔”。

 その周辺、アイドコノマチに巣食う闇は……想像以上に、人間を狂わせているのかもしれない。


「……本当、寝顔は子供らしく無邪気なもんで」


 首謀者である花園愛留守は静かに眠っている。

 その姿があまりに呑気で、真面目に構えるのが少し馬鹿らしく思えていた。



「ほんのちょっとだけなら、付き合ってはやるさ……コミュニティってやつ」


 一日の休みを癒すため、威扇も姿勢を崩し始めた。

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