06話「Forbidden Resistance ~偽界解放同盟~ (後編)」
銃声が響く。
弾丸とナイフがぶつかり合う。
共に、虚空で“粉々に砕け散る”。
「外したか!」
無念、その想いが力強く込められた声が真上から聞こえてくる。今度は女性ではなく、男性のものだ。
「援軍か……」
神流も聞こえてきた大音量に身構えている。
「……お出ましか。遅刻か、或いは出待ちか」
威扇が気づいたこと。それは、転がっている遺体の中に女性がいなかったこと。
アルスは協力者の中に女性がいることを口にした。即ち、その人物を含めて、まだこの場にいない者達が数名いたというわけである。
「援軍、確認」
「射撃、開始」
銃声が鳴り響いてから三秒近く経過し暗闇の中、心の奥底で動揺していた仮面の兵士達。威扇、殺し屋姉妹、神流……最後に反応したのがこの雑兵だ。
「射殺、開し、」
ところがどうだろうか……反撃は行われない。
雑兵たちは、アサルトライフルを“次々と手放していく”。
大半の雑兵が、背中から“真っ赤な翼”を生やして倒れていく。
アスファルトの切れ目から噴き出す汚水のよう。悲鳴を上げる暇もなく、臓器背骨頭蓋骨諸共を引き裂かれ、殺されたようだ。
あまりに惨い背中を、雑兵たちは晒していく。
「よいしょ、っと」
威扇は乗ることにする。
向かい風ではない。状況打破を許してくれる、この追い風に。
「ひとまず、逃げますかね」
「おわっと……!?」
依頼人相手、しかも相手はこの国では“結構な重要人物”であるために手荒に扱う真似こそしてあげたくはないが、状況が状況なだけにやむを得ない。
高台の酒場から脱出した時と同じよう、米俵のように乱雑に担ぐ。こんな乱戦状態、追い風であるとはいえ、威扇は武器である槍を手放して丸腰になろうとは思いたくない。
アルスを連れ、威扇は逃亡を図る。
「逃がすな」
神流の指示が入る。
「射撃、開し」
しかし、まただ。
また、仮面の集団の肉体は……血しぶきをあげて散っていく。
会場席にいた連中とは比べ物にならない残酷ぶりだ。上半身と下半身真っ二つに両断されていく。
「お姉ちゃん!」
「プラグマ、構えなさい! 何か“近く”にいるッ!」
そんな中、混乱せずに対処して見せるのはアスリィとプラグマ。
目にも止まらぬ速さでナイフを振り回すアスリィ。プラグマはその格好に見合った素早い動きで“奇襲”を回避する。
「……おお、怖い怖い」
無残に転がる遺体の群れ。迎撃する殺し屋姉妹。一同を背に、威扇は去る。
(なんなの……)
転がる雑兵の亡骸を小石のように踏んづけ粉砕する影。
(この“怪物”ッ……!)
“この世のものとは思えない、獅子のような化け猫の怪物”が二匹。
身の毛もよだつような怪物の登場に、ライブハウスの空気は混沌に包まれていく。
「姫様! 聞こえますか!?」
天井近くの係員通路から、仲間と思われる女性の声が聞こえてくる。
「ポイントDで落ち合います! 撤退を!」
指示が飛んできた。
「食らえ!」
そして、同時にまたも銃声が聞こえてきた。
アサルトライフルでもスナイパーライフルでもない。ハンドガンだろう。
形勢逆転と言うべきなのか。信秀の伏兵達が次々と惨殺されていく。
「……どうりで、話で聞いたよりも数が少ないと思ったが」
「神流様、どうかこちらへ」
殺し屋姉妹の二人の依頼もまた、この男の護衛が含まれているのだろう。銃声が聞こえてきたと思ったら、アスリィはその矢先にナイフで弾丸を取っ払う。
「逃げるわよ、プラグマ」
「オーケーッ……!」
この状況からして、植物人間の抹殺を狙うのは至難である。アスリィとプラグマはやむを得ず神流信秀の護衛へ。信秀もまた、撤退を選択する。
「それでは姫様。またお会い致しましょう……お互い、生きていれば」
信秀は最後の最後まで紳士な挨拶で、見えなくなったアルスに別れを告げた。
最も、その男の表情は地獄の鬼も忌み嫌う餓鬼のように砕けた笑みであったが。
「まてっ!」
「やめろ。今は姫様と合流するのが先だろう」
「だが……くっ!」
「あたりの敵を蹴散らし、撤退だ」
焦る女性の声。そして、それを窘める男性の声。
どちらが銃を撃ったのかは分からない。真っ暗すぎる故に上の状況が理解できない。そもそもの話、現場から逃げ出そうとする雑兵を追いかける“謎の化け猫”共が何者なのかすらも分からない。
威扇は説明の一つくらいは貰いたいと思ってはいた。
「良かった……」
逃げる最中、担がれたままのアルスが声を漏らす。
「“ルカ達”はやられていなかったのですね……」
安堵しきった少女の声。
詳しい話は、逃げた先でゆっくりと聞かせてもらうこととする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は逃げ回る事が実に多い日だ。
ポイントD、と呼ばれた地点。その場所はやはり、表の人間からは見向きもされないであろうダウンタウン。廃墟も同然のビルの屋上であった。
「もう大丈夫か?」
「ええ、おそらく」
ここに来るまでに、路地裏で見かけた雑兵は視認される前に仕留めた。そして、まくことも出来た。行方をくらまし切れたというわけである。
「……こいつ」
威扇は後ろを振り向く。
まだ、誰もいないはずのこの集合場所。
気が付けば後ろには……先ほどまで大暴れしていた“化け猫二匹”がそこにいた。
獅子のように巨大であり、その顔面も日本絵の鬼のように不気味極まりない。猫ではありえない牙を生やし、毛並みも漆黒のまだら模様が酷く目立つ。
「近くでみりゃ、案外可愛いもんか?」
怖いのは見た目だけ、なのだろうか。
ここまでついてきたであろう化け猫は、じっとその場で尻を着けて座っている。首を傾げ、アルスを担いでいた威扇を見つめ続けていた。
「ええ、可愛いものですよ」
猫の後ろから声が聞こえる。
「どうどう、よしよし」
何事もなく、猫の後ろから姿を現す“和装の青年”。
アルスと同じ、花園家の紋章を飾った羽織を身に着けている。真っ白に染まり切ったショートカットの髪。片目を隠す包帯が儚いイメージを引き立てる青年は、化け猫二匹相手に何も怖がらず近づいている。
「貴方が、姫様の護衛を受けてくださった方ですね」
続けて、その場に現れる。
これまた花園家の紋章付きの羽織。潤うように綺麗な茶髪が靡く可憐な麗人。
「……」
その背後には、坊主頭の男が一人。
スーツ姿。そして胸ポケットには“刑事のバッジ”と警察手帳が見える。二人と違って、花園家の紋章を飾った羽織は身に着けていない。仏頂面極まりない表情で、じっと見つめてくるだけだ。
「そんなところだ」
一瞬、威扇は化け猫がいた方を見てみる。
そこにいるのは、さっきまで化け猫二人を可愛がっていた青年。
その場にいたはずの“猫二匹は姿を消している”。
代わりに、まだ十代もいかないような“人間”の少年少女が、青年と同じ羽織を身に着け、首を傾げ続けていた。
「はじめまして……【
自己紹介。名乗った長髪の女性は手を差し出してきた。
「威扇と呼んでくれれば、それでいい」
礼儀よく挨拶。依頼人の関係者相手にも無礼があってはならない。片手を服で磨いた後に、しっかりとその挨拶に応えた。
「……ひとまず、オタクらの事情をお伝え願える?」
挨拶も終わったところで___
一から順に、状況を説明してもらうことにした。
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