06話「Forbidden Resistance ~偽界解放同盟~ (前編)」

 一時間、長い戦闘。

 何とか敵の包囲網をかいくぐり、アルスと共に殺し屋は辿り着く。


「ついたわ……威扇、でいいのよね?」

「構わない」


 ここでの名前は既に伝えてある。呼び捨ても許可する。


 辿り着いた先は錆びたシャッター。

 閉じ切られた入口はカラースプレーで豪快に落書きがされている。豪快なアートが彩られていた。


「その名前って、殺し屋でいうコードネームのようなもの? それとも、偽名なのかしら」

「ただの偽名だな」

「頻繁に名前を変えていらっしゃるのね?」


 世界各地、で色々な名前を使っている。

 威扇はそれを否定しない。


「……偽名を幾ら用意しても動きやすい理由」


 シャッターの真横には使い古された扉。ロックがかかっていたが、アルスは胸ポケットからカギを取り出し、その中へ入っていく。


 どうやら、ここは地下ライブハウスのようだ。

 彼女が開いたのはスタッフ専用の出入り口。この時間に電気が通っていないためか、持っていた携帯電話の懐中電灯機能を代わりに明かりとして先に進んでいく。


「例の“名”のおかげ、ですかね」

「だろうな」


 クライアントのプライベートには突っ込まない。逆にパターンがあろうと、威扇は答えられる範囲でスラスラと答えていく。これもクライアントの信用を掴むためだ。


 異名。植物人間。

 腕利きの業界の住民達は、揃ってその殺し屋の事をそう呼ぶのだ。


「全く、まるで病人みたいな異名を着けやがって……センスのねぇ」

「どのような異名なら満足でした?」

「そもそも異名がいらねぇ。カッコ悪い」


小学校で言う名札を付けているような気分だから気に入らない、というのが威扇の本音であった。


「……ここなんだな?」


 下へ降りていくと、ついてなかったはずの電灯が、スタッフルームの入り口にだけついている。


「お前の言う“協力者”とやらがいるのは」

「ええ。男性が複数と、女性が一人」


 協力者。

 突如始まった内部戦争。


“花園の姫に加担するという者”達がいるらしい。


 こんな、圧倒的不利。

 こんな状況で、弱り切った子犬の方へ寄り添おうとする輩。取り囲むハイエナ達に牙をむこうとする。物好きが……いるらしい。


「それじゃ、入りましょう」


 スタッフルームのカギを開き、使われていない機材の詰め込まれた通路を通る。人の気配は今のところ感じられない。


「……集合場所は、奥のライブ会場ってことか」


 それなりの人数がいると聞いた。

 いよいよもって……血なまぐさい、ドロドロとした戦いの気配が強くなってきた。


 随分な戦いに駆り出されたものだと、威扇は我ながら思う。



「ッ!?」


 人間関係、派閥戦争。なんでもござれ。

 ともなれば……ハプニングの一つや二つ、当たり前のように降り注ぐ。


「……やられたっ」


 悔しがる“少女の顔”。

 ライブハウス会場。並んでいるのは……“遺体の群れ”。


 転がっている遺体は、アルス同様に和装の上着を羽織っている。服の装束と家紋に所々の違いこそみられる。


 だが、間違いない。ここで転がっているのは、アルスに“協力するはずだった連中”なのだろう。その数は八人。


「誰かが情報を……それとも、前もって予測されて」

「!!」


 こんな惨状を見せられ、呑気なところを殺し屋が見せるものか。


「……いるなッ!」


 暗闇の中の閃光。威扇はそれを見逃さなかった。


 慌てて取り出した槍は虚空で振るわれ___





 “アルス目掛けて飛んできたナイフ”を弾き飛ばした。



「やはり、感は鋭いのね」

 暗闇の中から、攻撃の正体は現れる。

「やほー♪」

 軽快な声と、ヤケに礼儀正しい胡散臭い声。ともに甲高い。


 ……いつか見た殺し屋の二人。

 アスリィ・レベッカとプラグマ。向こう側に雇われた殺し屋二人。



「随分と腕の良いボディガードを雇ったな。それくらいに資金が残って……いや、無理にでも掻き集めたか?」


 そして、その二人に続いて現れる。


「“花園の生き残り”の小娘」


 “家紋付き”の和装の男。

 白い傷のついたサングラスをつけた男がニタリと笑っていた。


 ……殺し屋二人に羽織を着けた謎の男。


 目に入る。胸の紋章。

 この国へやってくる前にリサーチを必要最低限やっている。この男が何者なのか、威扇は既に把握していた。


「神流……信秀っ……!」


 その名を【神流信秀しんりゅうのぶひで】。


「久々だね、愛留守姫。その有り余る元気をぜひとも私に分けてほしいくらいだ」


 この国を束ねる五代名家。

 現“五光”の当主の一人、である。


「誰よりも進んで行動派の貴方じゃないですか……有り余っているのは貴方も同じでは?」

「はっはっは、これでも昔と比べて、肩が辛くて不自由なのですよ」


 神流の当主は何気ない世間話にて鼻で笑っている。社交辞令と言うべきか。


「……君が、姫に雇われた殺し屋か。”二人”から話は聞いているよ。以後、お見知りおきを」


 信秀の視線が、殺し屋へ向けられる。

 

 向けあう視線。笑みこそ浮かべてはいるが、共に心の奥底では笑っていない。あまりに不気味で窮屈な視線の中。


「知っておく必要、あるのかよ」


 威扇はふと、近くにいる殺し屋姉妹へと視線を逃がす。


 “どこまで、話をされたのだろうか”。

 最も、あの殺し屋二人とは、交流して長い時間が経っていない。趣味も特技も何も話していない関係柄、あの二人が提供できる情報と言ったら……“流されている噂”と“見た目”くらいだ。


 随分と完璧なスケッチを提供させたことに、威扇は何処か腹を立てていた。



「……では、入念深く、“狩らせて”もらうよ」


 神流の表情が歪んだような気がした。


「……!」


 指を鳴らしたわけでも、口笛を吹いたわけでもない。号令らしき合図など送ってはこなかった。その場の空気、と言えば正しい表現だろうか。


 仮面の集団のご登場だ。

道端にはびこっていた連中と同じ処刑人達が暗闇の中から一斉に姿を現す。

 ナイフ、鎌、首切り鉈と物騒な武器をかざしていた連中と違い、現れたのはアサルトライフルを構える集団。それぞれ、四方八方を取り囲み、退路を断っていく。


「小娘を捕らえるぞ。その前にまず、ボディガードを抹殺する」


 あとは合図を送るだけ。

 信秀は余裕の表情を歪ませることはしない。チェックメイトも同然のこの状況に笑みを浮かべ続けている。


「悪く思わないでね、植物人間……いや、コッチでは威扇って名前だったわね。これもお仕事なの」

「そういうわけで、ガラスのようにバリバリに砕けちゃってね?」


 ざっと見渡すだけでも、その兵士の数は十二近く存在する。そして目の前には腕利きの殺し屋が二人……四面楚歌も同然のこの状況。


 “殺すだけならば、打破出来なくはない”。

 伏兵の気配もない。そして、この仮面の集団の戦闘力もたかが知れている。あとはアスリィとプラグマの二人の妨害に注意すればよいくらいか。


 一つ、困難極まりない要素。

 先ほども口にしたが、近くにいるアルスを守り切れるかが問題だ。


「……来いよ」


 だが、やるしかあるまい。


「状況にしては随分と余裕なままね。何を企んでるの?」


 プラグマは、強がっているように見える威扇を笑う。


「さぁな。当ててみな」


 強がりだろうと、どうだろうと。

 殺し屋はその場で舐められてしまえば終わりだ。例え逃げ場のない状況であろうと、打てる手は思いつく限りで出し続ける。


「……おい、クライアント」

 何より、今の威扇には___。

「今、この場で……お前の仲間の中に“女性”がいないのは気のせいじゃないな?」

 引っかかる点。上手くいけば___

 この状況を打破する方法に繋がるかもしれない“違和感”に賭けていた。


「……ッ!!」


 瞬間、姉妹の目の色が変わった。

 先に動いたのは“アスリィ”であった。いち早く、異変に気が付いたのも。


「ちょこざいぃッ……!!」


 アスリィが視線を向けた先は“明かりのついていない天井”の方向。照明や機材の運搬などを利用するための係員通路。


 ナイフを投げ飛ばす。

 貯水タンク一つ破砕してしまう、徹甲弾クラスの投げナイフを。






「撃てっ!!」


 暗闇に隠れた係員通路からは、女性の叫び声が聞こえた。


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