05話「Make up City ~愛伝編教<メデア教>~」


「……」


 目覚まし時計に踊らされることもなく、威扇は目を覚ます。


「……また、嫌な夢、見ちまったな」


 さすがに飽きる。そう言いたげに殺し屋は呆れている。

 楽市楽座の高台。喧騒にまみれたダウンタウンを見下ろすこの部屋で、頭を掻きまわしながら部屋を見渡す。


「無邪気だな」

 寝息を立てながら眠っているアルスを見つけ、呑気そうな態度を取っていることに威扇は不機嫌になる。


「……おい、アルス様とやら。起きろ」


 睡眠をとることは大事だ。

 だが、今はそんな呑気してる場合じゃない。


 今のこの状況……プラスマイナスどちらかえ言えば、プラマイゼロの節はない。こんな状況は“マイナス”でしかない。


「“お迎え”だぜ?」


 何かは言わない。しかし、依頼人である彼女ならば“ある程度は察する”状況を静かに呟いた。


「えぇ……?」

 その場で衣服をはだけさせ、年相応の少女らしい寝顔を浮かべていたアルスは目を覚ました。この店のアルコールの匂いに酔っていたというべきか、顔色はあまりよろしくない。

「体は起きたが、頭が時間かかるな、こりゃ」

 一言添えることもしない。ただ、手首を捻らせ、威扇は詫びを入れるだけ。


「よいしょ、っとッ!」


 アルスの体を担ぎ上げ、二人の手荷物も背負ったところで豪快に朝日に挨拶することにする。

 ……見渡しの良すぎるココから飛び込むのは“自殺行為”でしかないと思われるのは当然であろう。しかし“逃げ場”はここしかない。


 もう、この部屋にはいられない。


「目標、捕捉」

「対象、抹殺」


 停泊した食事の席から緊急脱出したその瞬間。

 聞こえてきたのは号令と“飛び交うマシンガンの弾丸のオーケストラ”だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あの場から飛び降りた。後先も考えずにこんなことをするのは無謀にも程があるとは言われるだろう。ハッキリいって、ヤケクソ極まりない行動だ。


 だからこそ思うはずだ。何か確証があって飛び降りたのかと。

 その真相に答えるとしよう。思い浮かべているであろう問いに対して。


 ……まず“クッション代わり”になる何かが下にあったからか?


 残念、不正解。

 そもそも、こんな高いところから飛び降りて、受け止め切ってくれるクッション代わりがあるはずもない。ゴミ袋の山もマットレスも、何もかも役に立たない。


 ……では、水場が近くにあったからか?


 残念だが、それも不正解。


 高いところから飛び降りる時、水辺に向かって飛べば被害は軽く済む。アクション映画ではお約束のシーンの一つではある。


 だが、それでも高さ次第で限界はある。

 あまりの高度から飛び降りれば、臓器も骨も安易に粉微塵。あの場所から飛び降りれば……たぶん、持たない。


 ならば、何故飛び込んだのか。

 その答えは一つ……あまりに単純で明快。ハッキリいって分かりやすい。


 さらに言えば“がっかりさせる”解答ともいえるだろう。


「よい、しょっとォオオ……!!」


 【L】を持つ者、この大地に足を踏む資格なし。

 特別な力を持った人間ならば、これくらいの高度、ビルの二階から飛び降りる程度で済むのである……。


 宣告通り、がっかりした答えであっただろう?


 【L】を追い払えるほどの実力を持った殺し屋ならば、あの程度の高さから狙い定めて飛び降りるくらいは造作もない。多少、捻挫程度の痛みは感じるが。


「……目、覚めました」


 腕の中では、ある程度の状況を理解したであろうアルスが殺し屋を見つめている。


「おはようさん」


 マシンガンの発砲音。ついでに朝の鍛錬のジョギング代わりと言わんばかりのスカイダイビング。


 これで目が冴えないのなら、余程の呑気者である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ダウンタウンから遠く離れた場所にまで移動する。

 あの場で留まれば“仮面の集団”の餌食となる。城は既にあの晩の選別が終わってから空へと上がったが、例の仮面の集団全員も城の中へ戻ったわけではない。


 そもそもの話、元より何人かはこの地に駐在しているようだ。

 警察に自治体、武装隊とは別に……更にその上層部となる秩序の組織が。


「……こんな朝っぱらから、随分と豪勢にやりやがる」


 威扇が携帯電話を手に取ると、トップニュースが目に入る。


 ___“国際テロリスト”がアイドコノマチにて逃走中


 いつ撮られたのかも分からない。どの資料を参考にしたのか分からないが、この島に入ってからの“殺し屋の素顔のスケッチ”がネット上で拡散されていた。


「やれやれ、何処で顔がバレたのかね。まぁ、思い当たる節は一つだけあるけどさ」


「これから、表では動きづらくなりますかね?」


「……いいや、顔ぐらい化粧や髪形一つでどうにかなるだろうよ」


 手荷物から取り出すのは“ナイフ”だ。


「これをこうして、っと」


 随分あっさりとした行動、だと言いたいのだろう。

 威扇はナイフを取り出すと、己の顔面を安易に傷つけ始めた。


 それ以外にもナイフ以外で多少の傷をつける。出血は多少程度なので気にしない。


「これでよし、っと。問題ない。少しくらいはな」


 髪もその場で引き裂いた。

 以前より、やや長いくらい。あとは動きやすくするために髪をゴムで纏めるだけ。





「……手段を問わなくなりましたね。愚かな王、よ」


 アルスは、恐怖なんて浮かべていないような顔をしていた。

 ここまでは予想通り。天王とやらの駒の追撃。そして、それにいち早く気づき手早く動いてくれる殺し屋の腕。ここまではアルスの織り込み済みであったようだ。


 だから、まだこうして余裕の表情を浮かべられている。


「【L】を束ねる一族達を讃える組織……確か【愛伝編教メデアきょう】と言ったな」


 アイドコノマチ。そして、空を支配する城。

 この街、そして、この時代においてもっとも関連づく“情報”を口にする。


「2030年……始まりの日、最初に【L】を孕んだとされる五人」

 つらつらと、この新時代において。

 知っておかなければ、命知らずとも言われよう。この街での重要な事柄を威扇は次々と放っていく。


「【すさみ】【浮楽園ふらくえん】【宮丸みやまる】【雲仙うんぜん】。そして……」


 新たなる世界。超人達が誕生したこの時代。

 

その全ての始まりは“日本”。

孕んだ五人は……何れも“家紋”つきの名高い一族であったという。


「最後に【花園はなぞの】だったか」


 花園。

 その苗字は、今横にいる……“花園愛留守はなぞのあるす”の事を指している。



「五つの一族は纏わり組織化、崇拝する警察団体及び宗教家……気が付けば、全てが纏まった異教徒組織は日本の政治団体のトップ。【L】を持たない旧人類を裁く連盟【愛伝編教メデアきょう】が出来上がったわけだ」


 日本は、2030年を境に“王国”となったのだ。

 得体のしれない力。それを崇拝し、管理する。この世界において“生きる資格”となった不条理なるエネルギー……【L】を秩序とする。


 やがて、【L】は世界に伝染していった。

 新世界となって生まれ変わり、日本国家の中心・アイドコノマチは宮殿ともいえる聖域となる。


「王国、そして愛伝編の花園家……明らかに内部事情のゴタゴタっぽいが、何処まで詳しく話せる?」

「……状況を見てから、ですね」


 まだ、完全には信用されていないというべきか。

 アルスは気まずい空気で応答を拒否した。クライアントにその気がないのなら、無理に問うことも出来はしない。


「ワケありなら仕方ない。俺も仕事を受けている身だ。主人のプライベートには深くは突っ込まないことにするよ」

「……いえ、その。いや、何でもありません」


 アルスは立ち上がると、また何か詰まったような言い方をした。

 これだけ物騒となっているが、空はいつもと変わらないお天道様が笑っている。不謹慎と言いたげにアルスは空を睨みつけるばかり。


「行きましょう」

「この国から、お前を連れて逃げ出せばいいのかい?」

「目的、を忘れないでください」


 背を向けたアルスは、次の目的地のある方を向く。


「私の目的は……“王の殺害”です」


 世界から終われようとも、正面から挑むつもりでいる。小さい身柄でありながら、その肝の据わりっぷりは熟年の空気を見せつける。

 年相応の少女らしい寝顔を浮かべていたさっきとは打って変わって、あまりに大人びた表情だったのも印象深い。


「ですのでどうか、私が捕まらないようにお願いしますね」


 目的地へと、アルスは向かい始める。


「強引な姫様だな」


 立ち上がり、威扇はクライアントの背を追う。


(……“殺されないように”ではなく、“捕まらないように”か。やれやれ、しくじれば俺の命の保障がないのは確定になったわけだ。世知辛いね)


 今の問いで、敵側はアルスを殺すのではなく、“捕縛”することにこだわってると感づく。


 他にも気になる点は幾つもある。

 ボディガードである殺し屋の顔は張り出されているのに、それを雇った人間の顔は広めない……組織間での関係など、気になることは幾つかある。


(ここ数年で、愛伝編の政治事情は大きく変わっている)


 まずは信用を勝ち取る事を考える。


(初めて世界で【L】を手にした五人……“五光”から、急に名を消した花園とか、な)


仕事をこなしていくうえで謎も解けていくことだろう。

今はただ、この状況から姫様を逃がす事だけを考えるとした。

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