08話「Astral Flow ~正体不明の力~」


 たった三時間の睡眠。

 日本の布団は寝心地が良い。三時間でも長い睡眠であったが、威扇は何処か怠惰な気分を覚えてしまう。


 想像通り、まだ朝日は昇り切っていない。山奥から若干の光が漏れる程度。景色の一つ一つを暗黒に染めている。


「今日も良い天気だね」

「だな」


 仲良くしろ。その指示に従って、仄村からのさりげない朝の挨拶に返事をした。

 

「これから何処へ向かうんだい?」

「“空内岳からうちだけトンネル”だ」


 瑠果は目的を告げる。当然、移動手段に車やバスは利用せず、徒歩でだ。


「そのトンネル、確か心霊スポットで有名ですよね。奥は行き止まりなんだけど、そこまで辿り着けた人は誰もいなくて……誰もがトンネルの途中で、体調不良を訴えて倒れてしまうって」


 怪奇現象とやらは、【L】が誕生する前より存在している。


「そのトンネルには、死んだ人間の怨霊が巣食っていると噂されているな。トンネルに足を踏み込んで、最も奥まで進んだ人間は……難病で亡くなったと聞いている」


 心霊現象。あらゆる面で誰もが恐怖する異常現象を引き起こし続けるモノ。層によっては、一種の娯楽として楽しまれているようだが。


「くだらん。うわさ話に振り回されおって」

「んで、俺達はこれから心霊ツアーにでも行くつもり?」


 まだ目を覚ましていないアルスを背負って移動している瑠果へ威扇が問う。


「……情報屋」

 瑠果は振り向くことなく質問に答えた。

「そこで落ち合う約束をしています。この日まで有力な事情を提供し続けてくれている……信頼できる相手です」

「【亜毘栖】か」

 情報屋、そう聞いた途端に牧瀬が思い出したように呟く。


「アビス?」

「僕達に情報を提供してくれる人だよ。今まで間違った情報は漏らしたことなかったし、こっちもケースバイケースで多額のお金を払ってるしで……商談の元、情報を提供し合っている」


 旅館に泊まったのも、その情報屋とやらが動ける時間帯に行動しやすいように。そして、仮面の集団に存在を悟られない場所という理由もある。


 随分と、悪趣味かつ不気味な場所を指定したようだが。


「んで、大丈夫なのかい? そんなこわーい場所に向かって、俺達呪われちゃったりしないもんかね?」

「そこは問題ないと思うよ」


 仄村は口元を隠しながら微笑んでいる。


「……それに関しては、目の前にいる“宮丸さんが専門家だからね”」


 心霊。オカルトな異常現象。

 それが引き起こす体調不良に関しては問題ない……その点は信頼できると、仄村はリーダーの女性の背中を見つめている。



「……そういや、アンタらの能力。聞いてなかったな」

 【L】が引き起こす力は人によって異なる。

 この場にいる全員がそれぞれ異なる力を秘めている。どのような力を秘めているのか、多少の興味を威扇は示す。


「聞いてもいいか」

「いいですよ。能力についての程度なら、多少は向こうにもバレてしまってますし」


 仄村はニコやかとした表情のまま、威扇の問いに答えることとした。


「僕の力は傷の再生です。といっても、ちょっとの擦り傷程度くらいしか塞げないし、自分の傷は治せない。僕の力はかなり微量なもので」


 カッコのつかない能力。仄村は苦笑いを浮かべながら頭を掻き始める。


「だから……僕は、契約者である“この二人”が頼りなんです」


 契約者。

 【L】という能力は“二人の対象が愛を共有し合う”事で生まれる力。その人数に制限はなく、複数人との間で力が生じるケースもある。

 

 仄村の【L】の発生原因。愛を共有している相手は、ペットを称した少年少女・ハクトウとニワウメの二人のことだ。


「この二人の能力は、」

「変化だろ。たぶん」

「はい、ご察しの通りで……」


 仄村が答えるよりも先に、先回りで威扇が答えた。

 もしかしなくても、あの化け猫のような怪物に変化するのがこの二匹の能力なのだろう。それ以外、らしき力を目にすることはなかったのだから。


「お前は?」


 質問の対象を刑事の牧瀬に変える。


「答える義理は、」

「弾丸の軌道を少し変える。要は誤差の調整とかだよ。契約相手は、宮丸さんだね」

「仄村ッ……!」


 答えようとしなかったのだが、代わりに仄村に答えられ、牧瀬はガックリと肩を落とす。


「仲良く、って話でしょう?」

「……そういうことだ」


 拳銃。自身が放った弾丸の軌道を多少変える程度。

 地味な能力には見えるが、割と便利ではありそうだ。急所を狙うのに、適役すぎる。刑事というよりは、殺し屋が扱いそうな力だ。



「んで」


 最後の視線は、当然、瑠果へと向けられる。


「リーダーの能力は?」

「……それについては、すぐにでもわかりますよ」


 説明する必要もない。



 何せ、目的地はもうすぐ。

 日本でも有名な心霊スポットは、もう目の前だ。



「お仕事の時間、か」


 威扇は空気を入れ替える。

 プライベートな質問タイムは終わり。


 ここから先は、命を賭けた”ビジネス”の続きだ。





「ところで、貴方はどのような力を?」


「……トップ・シークレットだ」



       ~NEXT PHASE...~

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