04話「BACK IN BLACK 〜2030年〜(前編)」

 同時刻。アイドコノマチ。


 選別と呼ばれた儀式の夜。それは一方的な虐殺ショーだった。

 日本文化の鬼やキツネの面。それと全身を覆うローブで正体を隠した集団に、一部の住民達が次々と殺されていった。


 ナイフで胸を一刺し、ショットガンによるゼロ距離射撃、日本刀による連続刺殺。中には玩具のように嬲り殺す輩さえもいた。


「助けて! 助けてくれェッ!」

「どうしてだよ……どうして、生きてちゃいけねぇんだよォッ!?」

「俺が何をしたっていうんだよ!?」


 全滅、というわけではない。

 中には仮面の集団に捕らわれ、地上へ舞い降りた城・【真天楼】の中へと連れ込まれた人物も複数いる。何れも手負い、中には喋る事さえも困難な人物もいた。


 担架で運ばれることもなく、誰かの支えもなく。捕まった人達は己の足で歩かされ、城の奥へと連れていかれている。


「……騒がしいのう」

 その中には老人もいた。しかし、その老人は何の抵抗もなく仮面の集団に従い、先へと進んでいく。

「まぁ、これだけ騒がしい方が少しは紛れるわい。いくら年老いても……やはり怖いしな。死ぬのは」

 一歩ずつ、また一歩ずつ。

 老人と”時代の脱落者”達は、城の奥へ。


「あっ! おい、アソコにいるのって……!」

 拉致された人間達の中の一人が、羅列から飛び出し……処刑場へと続く、長い廊下の奥からやってきた“人物”を指さす。


「“ガトウ”様……ッ!」


 他の奴らと違い、仮面なんて飾りは付けていない。

 和風装束……”紋章付きの羽織り”を身に着け、正体を隠さずに堂々と、現れる。


「なぁ! 助けてくれ! アンタのところで働かせてくれよ! ここにいる連中よりはよっぽどマシな人材だ! だからッ!」


 命乞い。


「抜け駆けかよッ!? きたねぇぞッ!!」


 怒号。


「ガトウ様! 俺、この日までずっと頑張って生きてきたんです! 誰の迷惑もかけずに、静かに暮らし続けていたんです! “天王様”に告げてください! 俺は誰の迷惑もかけません! だからッ!!」


 そして、懇願。


 城の奥へ連れ去られようとしていた者達は、”権力者”と思われる男へと対し、何度も土下座で懇願した。


「……あるべき姿となれ」

 ガトウ、と呼ばれた男。


 思春期を過ぎたあたりと見た目も若い。その男は頭につけた黒いベッコウのカチューシャに触れた後、宣告する。


「お前達はもう、“何もない”」

 言い切った。ガトウと呼ばれた男は、ただ一言で男達の懇願を斬り捨てた。


 当然……その後に戻ってきたのは“怒号”だった。

 侮辱されたことに対して罵詈雑言を浴びせ続ける男。

 斬り捨てられた人間達の醜い姿を見て、自分の立場も忘れて笑う愚か者。

 壊れたレコードのように『人殺し』と叫び続ける者までいた。


 あまりに醜く、あまりに騒がしい。仮面の集団が再び武器を持ってその場に現れなければ、収まりがつかないほど悲惨な光景。


 列からはみ出した者は勿論、最後の最後の賭けに出て抵抗しようとした者は問答無用で殺された。ガトウに対して罵詈雑言を浴びせた人間も即座に刺殺。パニックのあまり発狂している人間も、黙らせるために首を刎ねた。


 仮面の集団は殺した人間を列から放り出し、残った人間に先へ進むよう命令する。


「……ガトウ様、か。初めて見たが、こんなにも若い人が……のう」


 ただ一人、抵抗もせずについてきただけの老人は一瞬だけ歩みを止める。


「わしの嫁さんは天国におると思うんじゃよ。学校の先生として働いて、定年を迎えた後も近くで塾を開いて子供たちに勉強を教えてな……最後の最後まで、子供の見本となる綺麗な女じゃった」


 思い出話。ここでは、あまりに無関係な話であったと思う。


「……天国は本当にあるのかの?」

 老人は彼に問う。

「そして、わしは天国に行けるのかの」

 この国において“重要な立場”における人物に対し、無礼にも二つの質問を。


「天国、ですか」

 ガトウは、重く閉じようとしていた口を再び開く。

「それは誰にも分かりません。ですが、本当にあったのだとしたら」

 ついさっき、若い男女に放った処刑宣告とは全く違う、優しい声。


「……きっと、」

「そうか、それは、よかったわい」


 言葉が重い。ガトウは言葉を詰まらせていた。

 しかし、老人は何かを悟ったようだった。ガトウが返答するよりも先に、満足した表情で歩き出したのだ。


「最後まで、良い事はするもんじゃのう……」


 深い闇の底。そこから先、選別されなかった人物達。

 そして、ボロボロの青い服の老人は見えもしない“地獄”へと向かっていく。


 最後の一人だった。あの老人が。

 もうこの場には誰もいない。事を終えた仮面の集団は武器を収め、城の何処かへと姿を消す。転がっていた遺体は近くにあった荷台に詰め込まれ、運ばれていく。


 血生臭いこの空間に、残されたのはガトウと呼ばれた男ただ一人。


「悪い子、だね」

 そんな孤独の場に、また一人姿を現す。

「ダメじゃないか。掟を破ったら」

 その人物もまた、先ほどの処刑人同様に素顔を仮面で隠す。


「……すみません」

 ガトウは、その人物に対して頭を下げた。


 仮面こそ身に着けているが、その人物は鬼やキツネなど何かしらの生き物をイメージとした仮面とは違う。


 ただ、大きく【罰】と漢字一文字が刻まれた仮面。

 目元は片目が開いているのみ。誰よりも異様な雰囲気の仮面を。


 そして、罰の仮面をつけた何者かは___

 ガトウと同様、“紋章付きの和装”に身を包んでいた。


 正体は分からない。男であるか、女であるかも。

 仮面から見える黒髪。甲高い声。女性っぽく思えるが、どうなのだろうか。 


「聞き分けが良いのが、君の良いところではあるけど、ね」

 罰の仮面の何者かは、叱責を続ける。

「あんな老人なら、何もすることはないとは思うよ……でも、」

「わかっています。以後、気を付けます」

 これ以上、変に続けたくはないと、ガトウは話を切り上げようとしていた。


「……感情、というのは制御が難しい。善意に対しても、悪意に対しても」


 嵐の跡。

 いつの間にか“叫び声一つ聞こえなくなった”廊下を、罰の仮面の何者かは眺める。


「だけど、君はそうは言えない立場だ。それを、しっかりと理解するんだよ?」


「それは……いや、分かっていないから、こう言われ続けるんですよね。申し訳ございません」


 また一つ、謝罪をした後にガトウは頭を上げる。


「【キサナドゥ】」


 目の前の人物を、ガトウはそう呼んだ。


「また、取り返しのつかない事が起きぬ様……気を付けます」

「よろしい」


 喋る相手、それ次第ではどのような結果が見えていたか。認められていない言葉を口にするというタブーを二度と犯さないことを、ガトウはここに誓った。


「しかし、君がどうしてこの場所に?」

 キサナドゥは首をかしげる。

「こんな場所、君には不利益でしかないだろうに。どうして、わざわざ?」

「……そうでした」

 思い出したかのように、ガトウは背を向ける。


「すみません。人を待たせているんです」

「ああ、なるほど。待合室はココを通らないといけないのか……こんなタイミングでこの場所を通ることになると色々と面倒になるなぁ。次からでも、待合室の場所を変えられないか掛け合ってみるよ」


 待合室。その部屋があると思われる通路の方へ、キサナドゥも顔を向けた。


「そう何度もあるとは思わないけど……君が、辛いだろうしね」

「ありがとう、キサナドゥ」


 お礼を言い残し、ガトウは待合室へと向かっていった。



「……感情、か」


 キサナドゥは、何処かぎこちなく待合室へと向かうガトウの背中を眺める。



「難しいな、人の心というのは」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 待合室。

 座椅子のソファーと無地のテーブル以外には何もない殺風景の空間。


「……お待たせいたしました」


 ガトウは一息吐いた後、ソファーに腰掛ける。


「お待ちしてましたよ。この国のお偉いさん」


 対面から彼を出迎えたのは___

 アスリィ・レベッカとプラグマ。植物人間と呼ばれた殺し屋と対峙した、不気味の姉妹であった。

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