03話「This is Love? ~疑心暗鬼~ 」

夜23:55。


「……ふぅ、十分だ」


 日本には美味い食べ物が沢山あると聞いていた。

 魚にキノコにアルコール強めの酒……豪勢な飯に舌鼓を打つ。

 

 とある居酒屋の一室。

 貸し切りで用意されたこの場所。ダウンタウンエリアに存在するビルの上階。窓から外を眺めながら、アルコールの低い酒を軽く流し込む。


「……しかし、まさかと思ったが」


 着替え、そして腹を満たすために用意された店の一室。


「内容が内容だから、依頼人はタダ者ではないとは思ってたさ。だが、しかし」


 小さな器に盛られた酒を口にし、一室のテーブルの上に並べられた刺身のフルコースを口にしている人物へと声をかける。


「俺より若いってのは……予想外だぜ」


 “巫女服”にも似た和装の少女。

 結われた真っ白な髪、綺麗な薄化粧の白い肌、大人びた雰囲気のアクセサリーを揃えるも、“まだ成年にも満たない小さな女の子”。


「……悪かったな、こちらから迎えにいく予定だったのに」

「仕方ないですよ」


 少女は、果物を齧ったところで殺し屋へと視線を向けてきた。


「初日から、あんな歓迎を貰ったのであれば……」


 笑顔で、少女は答えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数時間前。

 アスリィ・レベッカと呼ばれる殺し屋との戦闘後、ズブ濡れになった衣服を着替えるために街へ下りようと、威扇は考えていた。


 だが、そんな矢先に突如現れたのだ。

 『暖めてあげよう』。そんな言葉を口に、突拍子もなく。


(……)


 最初こそ、警戒した。

 何せ、威扇がいた場所は誰も使っていない廃墟ビルの屋上。そんな場所に現れたのは、そこらにいた一般市民とはかけ離れすぎた雰囲気の少女。


 見た目からして子供、だ。


『災難でしたね……いきなり、刺客だなんて』


 少女からは戦意らしきものも、殺意すらも感じ取れない。

 無防備に、何の用心もせずに、一歩ずつ殺し屋へと近づいていくのだ。


『でもよかったです……あのお二方は、殺し屋の間でも名高い人達で、そこらの人より特別濃厚な【L】を宿していると聞いていました……それだけの強敵を、うまくあしらってみせたのですから』


 一方的に話を進める少女。

 警戒心の欠片もない。あまりにも能天気だった。


 ”殺し屋”。”刺客”。そして、それをうまく”撃退”。

 事実の一部始終を監視し、その結果に満足を浮かべている様子。


『手紙、読んでくれたのですね。届いて良かったです』

『……ああ。やはり、か』


 威扇、またの名を【植物人間】。

 他の殺し屋と違い、皆が耳にするわけでもない……知る人ぞ知るシリアルキラー。


 確かな腕であることに探し求める者は非常に多いが、そう簡単に、彼へ手が届くことはない。闇に覆われた殺し屋こそ、この槍兵の男の事だ。


『お前が……”手紙”を送った物好き、か』


 たった一通の手紙。

 足取りも掴めず、正体さえ分からない殺し屋に……そんな紙切れがファンレター感覚で届くことなんてあり得ない。


 だが、その手紙は届いた。殺し屋の元へ。

 どのような力を使ったのかは分からない。どのような経由を使ったのかもわからない……濃密すぎる裏世界の包囲網をかいくぐって。


 巫女を思わせる和装。胸に飾られた紋章。

 

 その紋章を前に威扇は、手紙に張り付けられていた”紋章の判”をパスポートのように見せびらかした。


 そうだ。

 この人物こそが……依頼人。


『初めまして、【植物人間】さん……私が“アルス”です』


 アルス。

 それが、クライアントの名前だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 直接、現場に居合わせて集合という流れであった。

 向こう側から異常に気付いて迎えに来てもらうという醜態。殺し屋としては重大なミスである。反省点であり汚点だ。


 だが過ぎた事は仕方がない。威扇は気持ちを入れ替える。


(しかし、随分と軽く入れてもらえたものだな。こんな店に)


 子供と余所者。

 他国とのコミュニケーションには敏感な店の一室を貸す居酒屋の主を相手に話を軽々と通す。彼女の立場がどれだけ特殊なものか、より信憑性が強まっていく。


 アルス、とこの少女は名乗った。

 その名は、届いた手紙に記されていた名前。


「もうすぐ、二十四時、ですね」


 二十四時。

 日付変更の瞬間。威扇が窓際で酒を飲んでいるところへ……少女もまた、ホロ酔い気分で窓の外を眺め始める。


 ここは路地裏の奥のダウンタウン……だというのに、表の街の風景が一望できる。

 ここらのVIPがよく利用するという高見の舞台、だそうだ。


 これだけ見栄えの良い場所からのぞき込むとすれば何なのだろうか。

 街の夜景か、或いは日本の文化の一つでもある花火なのか。


「……始まりますよ」


 祭り、なのか。


 ……否、どれにも当てはまらず。

 今から始まるのは、愛を正義とかざす新たな時代において。


 その色が最も濃いとされるこの国においては、一般行事と言われても何ともない数分の“催事”。


「“選別”が」


 ここは“アイドコノマチ”。

 今となっても日本地図には記されていない“日本中央の革命都市”。


 街の真ん中で空飛ぶ城。日本の城にも似た建造物。

 どのようなテクノロジーを使っているかもわからない“浮遊城”。


 光り出す。

 街の底にはびこる市民達が視線を集める、色鮮やかな輝きが。


 ……降りてくる。

 浮遊城が今、このアイドコノマチへと舞い降りる。

 

 墜落しているわけではない。

 夜の二十四時を過ぎたその瞬間に、街と一体化したのだ。


 瞬間。聞こえてきたのは“悲鳴”であった。


「始まった」


 男性、女性。性別を問わず、まるで獣にも似たような金切り声が途端に街のアチコチから聞こえ始めた。


 城がアイドコノマチに舞い降りてから実に十分近くたってからの事であった。

 これだけ離れている場所。指で円を作れば、その城を囲めるくらいには遠目にあるはずなのに、うるさい悲鳴だけがココにまで届いて来る。


 ……騒がしいのは向こうだけではない。

 真下を見てみれば、警察と思われる人物達に連れ去れる男女達。老若問わず、まるで奴隷にも似たような荒んだ人間達が、悲鳴を上げながら連れ去られている。

 

 そこから逃げ出そうものなら、警察は問答無用で“射殺”する。

 地獄絵図、というべきか。


「……愛に選ばれなかった者が、こうして散っていく。哀れな日」

 城を眺めながら、アルスと名乗る少女が呟く。

「生きる希望も、死ぬ自由すらも与えられない……地獄の瞬間」

 悲しい目というには澄んでおり、怒りの目というには落ち着いている。

 もう見慣れてしまった……諦めの境地も言えるような静かな視線だけが、その少女の異様さをより引き立てる。


「ここにいれば安全ですよ、ひとまずは……こんなところ、そこらの人間は来ることが出来ませんから」


この場所、金持ちの間では有名な理由が一つある。


落ちぶれた人間達の間抜けで滑稽な姿。それは酒の肴として、あまりに愉快すぎる。性格の悪い人間には相応しい、宴の会場ということだ。


 そんな場所に威扇を……この少女は連れてきた。

 悪びれる様子こそないが、かといって、目の前の映像に面白みを覚えている様子もなく。


「これも全て国の為、ですか……“天王”」


 アルスが眺めるのは城の天守閣。


「……ふざけるな。思い上がりが」


 この街の風景を一瞬で地獄に変えた権化。

 あの城、一点のみにしか視線は定められていなかった。


「さてと、そろそろ仕事の話をするか」


 酒も飲み終えた。飯は腹に収まった。

 今日一日の宿としてこの一室を提供され寝床も問題ない。心配することは全て解決したところで、威扇は話を進めることにする。


「まずは最終確認だ……依頼人、お前の名前を聞かせろ。”フルネーム”でな」


 契約者の名前の再確認。


「【花園愛留守[はなぞのあるす]】。花園、の当主です」


 “花園”。

 少女はその苗字に特別な意味があるかのようにアクセントをつける。


「じゃあ、次の質問だ」

 最後の確認。

「仕事内容、改めて聞かせてくれ」

 それは手紙にも書かれてあった……”仕事内容”。


「手紙の通り、」


 花園愛留守は殺し屋の問いに何の躊躇いもなく、代り映えのない表情で答えた。

 

「あの城の墜落……“王の殺害”に手を貸してください」


 革命はあまりにも密やかに。

 その狼煙は淡々と、空を暗雲に染め上げていくものなのだ。

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