第12話 新卒のユカ

 タブレット画面上、少女のキャラクターは頭にリボンをつけ、服もフリルのついたワンピースだった。ユカは、その姿に違和感のない声で話し続けた。


「わからないことが多くご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、一刻も早くタカギさんのお役に立てるようにがんばりますので、ご指導いただければ幸いです!」

 まるで新入社員の挨拶かなにかのようだった。

「誰なんですか? この人は」

 ユカに対しては無礼に聞こえたかもしれないが、ぼくは率直に尋ねた。

「新卒だよ。うちの会社のな」

 スギハラが答えた。冗談を言っているそぶりはなかった。

「どういうことなんです。ソロプレイではなく、彼女とプレイしろと?」

 ぼくはスギハラではなくオカダの方を向いて質問をした。それを察してか察さずか、オカダがぼくのほうを向き直った。

「ラプソディ・トゥ・アクトは、複数プレイ可能だ。しかし、プレイ人数を増やすと、その分、難易度調整が入る。調整対象は主に被ダメージや与ダメージ。人海戦術は有効ではない。そこで我々が調べた限り、二人でのプレイが最高効率だと判断した」

「彼女のRTAの経験は?」

「素人だ。船頭多くして船山に……というだろう。君ほどの力量を持った人物にとっては、なまじ経験者と組まされるよりやりやすいのではないか?」

 それはそうかもしれない。どのルートで攻略していくかで意見が分かれるなんてことがあっては到底攻略は無理だろう。いっそ従順な素人の方が都合はいいかもしれない。

「とはいえ……彼女、ゲーム全般の知識くらいはあるんでしょうね」

「『リトクリ』は結構やってました! それ以外はあんまりですが……」

 ユカが画面越しで元気よく答えた。リトクリ、すなわち『リトル・クリーチャー』といえば世界的に人気なモンスター収集型RPGだ。ぼくも全作プレイしている。むしろ、ユカくらいの年齢であれば、リトクリを一度もプレイしたことのない人のほうが少ないのではないだろうか。

「まあ、全くゲームをやったことがない、というよりはましだと思うけど……。オカダさん、あなたやスギハラはプレイしないんですか」

「私らは通常業務が忙しいからな。ある程度秘密を保ったままこの場所を確保し続けるのにもそれなりの労力がいる。それに、君も私らより彼女とのほうが気楽だろう」

 否定はしなかった。


「よろしくお願いします!」


 ユカは元気よく叫んだ。ぼくのパートナーか。

 体験版の仕様書には、ラプソディ・トゥ・アクトは多人数同時接続が可能であるように書かれていた。ぼくはオンラインゲームに関しては経験が薄い。RTAとしてはもちろん、普通のゲームでも、誰かとずっとプレイを共にするなんてことはこれまでなかった。ゲームの中でまで人に気を遣うなんてことは耐えがたかったからだ。

「ユカさんは、ここには来ないのか?」

「彼女は別のオフィスから接続する。なにせ何日も篭りきりになるんだ。仲間とはいえ、他人がずっと同じ部屋にいては耐えられなくなるだろう。この部屋は君一人のものだ」

 ぼくは部屋を見渡した。そうか。クリアまでここはぼくの部屋であり牢獄のようなものなんだ。ただ、ぼくのいまの部屋よりは随分広くて、それに綺麗だった。

「まあ、意思疎通の面は安心してくれ。ラプソディ・トゥ・アクトの世界に入れば、二人はすぐそばだ」

 ユカが、ユカのキャラクターが、画面越しで人懐っこく微笑んだ。

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