第10話 攻略のアジト
海が見える埋立地。そこに立つ高層ビルを見上げる。周囲にまして空は暗く、建物にも明かりは見当たらない。もうまもなく日付が変わる。あたりに人の影もほとんどない。
入口近くのプレートから、30階建てだとわかる。複数の企業が入居しているらしい。スギハラが指定したのは、このビルの4階だった。
メインエントランスの自動ドアは作動していなかった。スギハラの指示通り、隅に小さく設けられている手動ドアを押して入った。
暗い。
うすぼんやりと目の前に広がる、巨大なエスカレーター。ぼくが近づくとゆっくり動き始めた。足場が光る。気味の悪い虫のようにも見えた。入り口のドアとは電気系統が違うのだろうか。
4階のフロアはロビースペースだった。非常口誘導灯だけでは見通しが悪かったけれど、その場所がとても広く、天井も高いということはわかった。オフィスロビーだからだろうか。あちこちにソファが置かれている。この暗闇のなかでは座る気にはなれなかった。
端末が振動する。着信だ。相手はスギハラだった。画面を叩いて応答する。
「よう。いまどこだ」
「もうついたよ。そっちこそどこにいるんだ」
機械音。そして遠くに明かりが浮かんだ。
「もうすぐつくから、そのまま待ってろ」
やがて、フロアの端の曲がり角からスギハラが現れた。
暗がりの中にいるからだろうか。ショッピングモールで会ったときに比べて表情が険しく見えた。
「こっちだ。ついてこい」
エレベーターホールがあった。一基、口を開けたままぼくたちを待ち構えていた。
スギハラに続いて乗り込んだ。スギハラがボタンを押す。26の数字が点灯する。
やがてエレベーターの口は閉ざされ、ゆっくりと上昇を始めた。
「どこでゲームオーバーになった?」
「なんだって?」
「『ラプソディ・トゥ・アクト』だよ。ゲームオーバーになったからここに来たんだろ。体験版だと、一度ゲームオーバーになったら再スタートはできないようになってるからな」
仕方なく答える。
「……オオカミだ」
「オオカミ? ああ、ロガビアオオカミか! 城門を出てすぐのモンスターじゃないか。あっという間にやられたんだな」
スギハラの嘲笑には何も言い返すことができなかった。プレイ開始後まもなくゲームオーバーになってしまったのは事実だった。
「スギハラ……おまえもプレイしたことがあるのか?」
「何度かはな。どうしてもロガビアグマを倒すだけで1日かかるから、もうやらせてもらえなくなったがな」
「ロガビアグマ?」
「序盤の小ボスってとこだな。ふつうにイメージするクマの3倍はある化け物だ。5回は食われたよ」
あれだけの現実感がある世界で、そんなモンスターと戦うのか。妄想がそのまま現実になる感覚があった。それは怖くもあり楽しそうでもあった。
「ヤン・リーニャンはロガビアグマ打倒までに1時間かからなかったからな。あいつこそ化け物だな」
耳を疑った。ヤン・リーニャン? 『フェアリー・コール4』で世界記録を持っている彼女が、『ラプソディ・トゥ・アクト』をプレイしているのか?
「まあ、詳しい話は部屋についてからだ。さあ、降りるぞ」
スギハラの声に合わせたように、エレベーターが静止する。扉が開く。
薄暗い廊下。足元で誘導灯だけが光っていた。
窓はすべてブラインドが下りているようで、高層階からの夜景などは望むべくもなかった。
スギハラの後ろを歩いていく。もしもいま、誘導灯の明かりさえも消えてしまったら、外聞もなく叫ばない自信はなかった。心臓が徐々に高鳴っていくのを感じながら、一歩ずつ足を前へ運んだ。
曲がり角。抜けて出た長い通路の端から、かすかに光が漏れ出ていた。きっと、あれが目的地だろう。光に寄せられる虫の気持ちがわかったような気がする。安堵と不安を同時に感じながら、スギハラがその光の部屋の扉に手をかけるのを見た。
瞬間、目が眩んだ。
室内の照明のせいだと理解するのには時間がかかった。
大きな機械。それに、人だ。人がいる。
「紹介してやろう。ここが『ラプソディ・トゥ・アクト』攻略のアジトってわけだ」
スギハラの不敵な表情にも、強い照明に照らされ、濃い影が落ちていた。
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