第8話 GAME OVER

「これがおまえの装備だ。間違いはないか」

 ネザニからナップザックを受け取る。正しいかどうかの判断なんてできはしなかったが、取り出して広げてみた防具のサイズは、ぼくの体格に合っているように感じた。

「残念ながら武器は、戦火の中に置き去りになったようだ。軍から再び支給されるが、どれか好きなものを選べ」

 ネザニが提示したものは、スタンドに立てかけられた3つの武器。

 小柄な剣と盾がセットになったもの。見た目からすでにずっしりとしている斧。そして、両手で持つのにふさわしそうな長い剣。

 ぼくは、単に見た目の格好良さから、長い剣を選んだ。受け取ったときに、その重さに少しひるんでしまった。

「おれはしばらく部屋を出ているから、装備を整えておけ」

  着替えろということだろうか。ネザニが出たあと、室内を見渡すと、くすんではいるが立派な鏡を見つけた。その前に立ち、まずは上着を脱いだ。右の腹のあたりに痛々しい傷と治療跡がある。軽く触れてみると、静電気が走るような刺激があった。

 この傷が、ぼくとコナクヨとの因縁の傷ということだろう。オープニングで見た、ぼくの唯一の記憶だ。

 与えられた防具は、ところどころに鉄をあしらいつつも、基本的には革でできていた。思ったよりも身軽に動けそうだ。最後に長剣を背負って、部屋を出る。

 廊下の端のほうで、ネザニが誰かと話をしていた。ネザニはぼくに気がつくと、そばまで来るように指で合図をよこした。

「ラノン様。この者が先ほど名を挙げたアランです」

 ラノンと呼ばれた男は、きれいに整えられた銀髪に劣らない、美しい容姿を持っていた。ネザニよりも若く見えるが、その態度はむしろ年不相応なくらいに落ち着いていた。

「君か。例の戦の生き残りというのは。すまないな。私の統括する軍の者であったにもかかわらず、その名を知らず」

 統括? というとこの男は……。

 ネザニが補足する。

「思い出したか、アラン。このお方は、お前や私の所属するロガビア海軍統帥本部総長、ラゾル・ラノン元帥閣下だ」

 海軍、ということは陸軍もあるのだろうが、少なくとも軍のトップの一人というわけか。

「とはいっても、元帥だなんてただの称号でしかない。コナクヨに対して、何も手を打てていないのが現状の我が軍だ。その結果が、アラン、君一人に頼らざるを得ない状況というわけだ。申し訳なく思うよ」

 丁重に謝罪をするラノンは、こちらが申し訳なく感じてしまうほど、恭しく見えた。そう思うならもっと優れた装備や資金をくれないか、と言いかけたけれど、陳腐な批判に思われて口にするのはためらわれた。きっとなんらかの言い訳が用意されているだろう。

「それでは私はこれで。父上に呼ばれているのでね」

 向き直り、ラゾルは去っていく。首元で結ばれた髪が颯爽とたなびいた。彼が道を歩けば、男女問わず思わず目を止めてしまうだろう。

「ラノン様は、領主ザイオン様の次兄であらせられる。ご子息ゆえに本部総長という高位に着任されたのは間違いのない事実だが、閣下を悪く言う人はいない。それほどの器量のお方なのだ。ラノン様がいなければすでに我が都市はコナクヨの領土と化しているはずだという者までいるくらいだからな」

 ザイオンの息子……。そして有能な海軍のトップ。権力と実力を兼ね備えているわけだ。いつか深く関わるときもくるのだろうか。

「さあ、おまえもそろそろ旅に出なければな……。まずは、コナクヨトギの情報を集めることだ。人の集まるところに情報も集まる。ここから北上し、首都スカイハイゲンを目指すと良い。道中にはナローハットという村もある。そこで一息つけるだろう」

 一挙に新しい情報を伝えられて、少し戸惑ってしまった。情報はシステムに保存されるだろうか。不安に思いながら、視界の上の端に赤い円の点滅を見つけた。さすがにユーザーインターフェースは存在しているようだ。得た情報をあとで見返せるといいが。

「それと……。これは少ないが、おれからの餞別だ」

 布袋を受け取った。口をのぞくと、硬貨らしいものが入っていた。

「500ドーレだ。道中の薬や食糧くらいは買えるだろう。地図も渡しておこう」

 ネザニに感謝の言葉を告げ、ぼくは兵舎を出た。


 ロガビアの都市の外へ向かう。道具の用意は後回しにしよう。どうせ体験版だ。綿密な準備をするより、とりあえず早くフィールドを歩いてみたかった。

 活気ある城下町の商店群を駆け足で抜けていく。


 外壁のアーチをくぐる。 

 同時に、風が吹いた。生い茂る草花がいっせいに揺れて、点滅する映像のように、その表と裏とを、交互にぼくに見せた。緑の草原。風とぼくだけが、いまここにいるようだった。

 遠くには小麦色の土が見える。小高い丘になっていて、そこからの景色を見てみたいと強く駆り立てられた。

 ぼくは走り始める。


 唸り声。

 振り向いたときにはそれは、ぼくのすぐ目の前に飛びかかってきていた。

 大きな狼。

 応戦しなければ。

 いや、間に合わない。

 ぼくの首筋から赤い血が吹き出る。

 噛みつかれたんだ。

 ああ、目がかすむ。


 今度こそ、GAME OVERの文字が、画面に浮かんだ。

 

 

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