第7話 チュートリアル
「さて、おまえがどこまで覚えてるかわからないが……。どうだ、一から話してやろうか」
答えによってはチュートリアルをスキップできるのだろう。ただ、ゲームの事前情報も何も知らないぼくにとっては、全ての記憶を失ったも同然だ。ネザニに話させるほかなかった。
「そうしてください」
「よし、わかった」
ネザニは一枚の紙を机に広げた。端々が汚れたそれは、古い地図のようだった。
巨大な大陸が1つと、海を渡ってその右隣に少し小さめの陸地が描かれている。大陸は、アルファベットのQをきわめて分厚い線で縦に長く書いたような形をしていて、向かいの陸地は大陸の3分の1くらいの大きさの円として表わされていた。
ネザニはQの大陸の最下部を指さした。砦の形をした絵が描かれていた。
「我々の都市ロガビアが根ざすこの大地、これらは全て我が国ティカベイルのものだ。何百年と続く偉大なる祖国だが、そこに侵略者が現れた。コナクヨの奴らだ」
ネザニは円形の陸地の方に指の先をずらした。
コナクヨ……。ザイオンも口にしていたが変わった響きだ。ティカベイルとは文化圏ごと違うのだろうか。
「コナクヨは我々の土地を奪おうと、侵略を始めた。十年ほど前のことだ。ティカベイルの北の方、コナクヨとの間に島々が見えるだろう。我々の領土、セツァリワ諸島だ。ほとんど無人の島たちだったんだが、奴らはここに自らの軍を置き始めた。そこからこの長い戦いは始まった」
領土問題から戦争に発展したのか。なるほど。
ネザニの説明に熱が入る。
「軍事力でいえば、我が祖国ティカベイルがコナクヨに劣るはずもないのだが、コナクヨとの間には大海があり、直接的な衝突はなかなか迎えられない。このたびのように、奴らが船を出してきてはそれを迎撃する程度の小競り合いが続いている」
小競り合い……。オープニングで見たあの凄惨な戦いもあくまで小競り合いだというのだろうか。
大海が広がっているとはいえ、コナクヨの軍はティカベイルまで来れるというわけだ。
「こちらから、コナクヨに攻め入ったりはしないんですか」
思ったままのことを投げかけてみた。ごく自然な疑問だろう。ネザニも待ち構えていたかのように大きくうなずいた。
「一度だけあった。戦争が始まってから数年が経ち、こちらの準備も整ったころだ。大軍を乗せられる巨大な船を使って海を渡った。だが……。コナクヨの地を踏む直前、兵たちは瞬く間に、殺されてしまった」
ネザニの表情が曇る。
「焼き尽くされたんだ。やつらの兵器、コナクヨトギでな」
コナクヨトギ……。ザイオンからの命令にあった名だ。
ネザニは机の上にあった瓶を掴み、グラスへと茶色く濁った液体を注ぎ、それを一気に飲み干した。まさか酒ではないだろうが、ネザニの勢いから、ビールを連想した。
「コナクヨトギとはいったい、どんなものなんですか」
ぼくは、ネザニが一息ついたのを見計らって質問した。
「残念ながらそれは不明だ。それが判別できる前に兵たちは皆殺しにされ、生き延びた者も、コナクヨに背を向けて帰還するしかなかったからな。わかっていることは、奴らの領地までの射程範囲がある凶悪な破壊兵器ということだ」
コナクヨトギを我が軍のものに。ザイオンはぼくにそう命じた。このクエストが大筋の目的なのだろうが、そのためにはコナクヨトギの正体を暴かなければならないだろう。ただコナクヨに向かったとしても何を持ち帰ればいいかもわからないのだから。
「そのときの、生き残りの方に会わせてもらうことはできませんか。ザイオン様の命を果たすためにも、できるかぎりの情報は集めたいんです」
我ながら物語の主人公になりきった発言だと感心した。
ネザニは笑い出した。何がおかしかったのだろうか。
「いや、すまんな。その生き残りにはもう会っている。おれがその海戦、と呼ぶのも情けないくらいみっともない戦いだったが……唯一の生き残りだ」
自虐的にネザニは笑った。目の前の彼はゲームのキャラクターだとわかっていても、あまりにも悲しく笑うその姿に少し胸が痛くなった。
「なあに、気にするな。おまえがコナクヨトギを持ち帰れば、奴らももう終わりだ。おれの無念も晴れるってもんだ。一緒について行ってこそやれねえが、ザイオン様の命令を果たすための力にはなってやるからな。さあ、おまえも飲め」
ネザニはもう一つのグラスをぼくの前に置き、さきほどの液体をそれぞれのグラスに注いだ。
「これは……なんですか」
茶色の液体に視線を向けたままぼくは尋ねた。
「あ? こいつの記憶まで失くしちまったのか? これはバクシュだ。麦の汁だよ」
麦の汁……。つまり、ビールのことではないのか。ネザニが自分のグラスをぼくのグラスにぶつけた。乾杯のつもりだろうか。
しかたなくグラスを口元へ運ぶ。
ネザニの語った話に煽られていたのか、勢いよく飲みきってしまった。
空いたグラスを見て、ネザニが嬉しそうにぼくの肩を叩く。
バクシュはしっかりと味がした。
ああ、ビールは嫌いなんだ。
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