第5話 6つの職業
叫び声が聞こえる。それも、辺り一面から。
金属同士がぶつかる音。うっすらと開いた目に映るのは、火。燃えている。
人と人とが争っている。
手のひらと頬に、土の感触。
ぼくは横たわっているようだ。
地面を伝って轟音が響く。映画なんかで聞いた音とははっきりと違う。音が肌に直接ぶつかってくるようだった。
腹のあたりがものすごく熱い。なんとか右腕を動かして、熱源を探す。
答えはすぐに見つかった。腹に触れる前に、滴る液体が手を濡らしていく。
血だ。ぼくは出血している。腹部に鈍痛が訪れる。むしろ、やっと気づいたというべきか。
がらららと大きな物体が崩れていく音。
起き上がれそうにもない。
ただ、悲痛な叫び声だけが連鎖するように、鳴り止むことなく周囲を覆っていった。
視界が暗くなっていく、強制的に。
暗転。
全身が身震いを起こしている。これはぼく自身の体の状態なのか。それともセンサースーツから与えられている情報なのか。
画面には<GAME OVER>とでも表示されるのか。ついさきほどまでぼくが見ていたのは、そう思わされるほどの光景だった。
誰かのセーブデータを途中から始めてしまったような、そんな居心地の悪さを感じる。
景色が明るくなる。視界の高さが、いつもどおりだ。ぼくは直立している。
辺りを見回してみる。大理石、だろうか。いずれにしても質の良さそうな石造りの床に壁。高い天井に、金銅・ガラス製のシャンデリア。宮殿と呼ぶべき場所のようだ。世界史には詳しくないけれど、15、6世紀ごろのヨーロッパにありそうな建物だ。
そしてぼくの目の前には、立派な椅子に座った厳しい表情の男性がいる。その位置と衣服の絢爛さからして、相当な権威を持つ人物に違いない。
偉い人物とは目を合わせて良かっただろうか。いや、ぼくは何を気にしているんだ。
その人物は、ぼくを見ている。ぼくも見返した。彼が口を開いた。
「その方、名前をなんと言ったか」
ああ。ぼくは理解した。これはオープニングだ。物語内で主人公の名前を決めさせる、よくあるやり方だ。
ただ、入力するツールがない。コントローラもタッチスクリーンも。
まさか。
ぼくは声を出した。
「アラン」
RPG系のゲームをプレイするときにはいつも使う名前。口にするとやや気恥ずかしい。椅子の男には明らかにぼくの声が聞こえている。やはり、音声で入力できるようだ。
「アラン、か。ふむ……して、職はなんであったか」
職? 戦士や魔法使いのようなジョブやクラスだろうか。けれど、このゲーム内の職種をぼくは知らない。
答えに詰まっていると、別の男が声を上げた。
「ザイオン様、しばしお待ちを」
スキンヘッドの頭に対して、口元のひげが濃い。ユニークな顔だ。
「この者は、まだ目覚めたばかりで記憶が確かではないのです」
そういって、ひげの男はぼくのもとに近寄ってきた。
「さあ、この図書を見て、お前の職を思い出せ」
ひげの男はぼくに一冊の本を手渡した。手元にわずかながら本の重みが感じられる。十数ページほどだろうか。それほど厚くはない。
1ページめに、職種と思われる名前が一覧になって書かれていた。
・ブレーディアン
・ウィザード
・ベアハンズ
・シーフ
・クレリック
・インヴォーカー
6種類。だが、ブレーディアン以外の文字は暗く塗りつぶされ、文字の横に<only for regular version>と書かれていた。ブレーディアンしか選べないようだ。この制限は体験版ゆえということだろう。
さらにページをめくると、まずはブレーディアンについての記述があった。それぞれの職についての説明があるのだろう。とりあえず、いま唯一選択できる職についての説明を読む。
<ブレーディアン>
攻守のバランスに秀でた近接戦闘特化職。
剣を始め、重い武具を難なく身に着け、肉弾戦で敵を粉砕する。盾を携え、カウンターを駆使した戦い方も可能。ただし、魔術の素養はなく、魔法はほとんど習得できない。
ブレーディアンと呼ぶにふさわしい華麗な剣戟と強靭な肉体で、最前線へと躊躇なく斬り込んでいく……
なるほど。やはりこれは基本の戦士職のようだ。説明の記述はさらに続いていた。
ああ。好奇心が刺激される。もっと読み進めていきたい。
「ザイオン様をあまり待たせるなよ。その図書はあとでくれてやる」
ぼくの心を見透かしたようにひげの男が急かしてきた。
仕方ない。いずれにせよ、選択肢は一つだ。
ぼくは顔を上げ、「ブレーディアン」と言葉を発した。
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