第8話 本当は見えてるけど

 東京都 多摩市に住む、赤城あかぎじゅん 16歳。と言っても3月に父親の転勤で、佐賀県 鳥栖とす市から引っ越してきたばかりの、ビギナーな東京っ子。

 無事、都立高校に入学した赤城君のスクールライフのスタート。




      🏫




 連休明け。


 久々に顔を会わせるクラスメイト。

 

 俺の通う高校、都立高校というだけあって、生徒のほとんどが地元の中学からの入学。

 佐賀から来た俺には知り合いなんていない。そんな訳で、俺は早くも孤立していた。

 いわゆる、グループに入れなかったわけだ。


 連休明けというだけあって、あちこちで飛び交う、お土産ラッシュ。

「これ、ネズミーランドのお土産ぇ!」

「うっそー! ありがとぉ!」

 嘘じゃねぇよ、貰ってんじゃねえか! 東京女子は何かと「嘘」と言う。これが俺にとって、ものすごくかんに障る。癇に障るワード、No. 1だ。


「赤城君、おはよう。」

 おっと?

「お、 おはよう。」


 そうそう俺には唯一、挨拶をしてくれる女子がいる。隣の席の井本いもと 香織かおりさんだ。

 井本さんはクラス委員をしている。井本さんは、ボッチの俺に毎朝、挨拶をしてくれる良い人だ。


 そんな中、俺はある視線に気がつく。

 その視線に気付くのはいつもの事だが。その視線の主、毎朝、窓際に設置された棚に座っている。

 昭和を思わせるセーラー服を着たその女子は、何かと俺に視線を送る。ある意味、俺に夢中の昭和女子だ。

 その女子は俺が教室に入ると、必ず俺の近くをウロチョロする。

 テンションが上がると、俺の背中に寄りかかる。これがけっこう重い。迷惑だ…。あと、俺と井本さんが会話を始めると、必ず邪魔をしてくる。


 そして今もそう。

「赤城君はどこか遊びに行ったの?」

(ねぇ。見えてるんでしょ〜?)


「別に、行きたいところなんて無いから…。出かけなかった…。」

(おぉ? クールな返答だね。うぇ〜い!)

「そ、そうなんだ…。」

(早っ! 話終わりかよ! 気の利いたこと言ってやりなよ!)


「井本さんは?出かけたの?」

(ほら〜! 今のは私の声に反応したでしょ?聞こえているんでしょ? うぇ〜い!)


「妹をヒューロランドに連れて行ったけど、親子連れが多くて凄かったよ。」

(ヒューロランドって何よ? ピューロランドとは別物? ねぇ、教えなさいよ。)

 昭和女子はそう言って俺にもたれ掛かる。


 重い…。


「そ、そうなんだ。でも、妹さんは楽しかったんじゃない? 井本さんって優しいもんね。」

(ウッヒョ〜! 何よその言い方は! この流れで告っちゃうのかい? )


「そんな事ないよ…。」

(おっと? 今がチャンスじゃね? 行くんじゃね? Goじゃね? )


 ここで予鈴よれいが鳴る。助かった…。


 しばらくすると、担任の登場だ。

 引き違いのドアをスライドさせ、入ってくる担任。


「席につけー!」


 先生の一言で席につくクラスメイト。昭和女子も席につく。座るのは俺の机にだが…。


 ちなみにこの昭和女子、実は幽霊だ。俺にはどうやら見えるらしい。

 俺が霊的物体を見えるようになったのはいつからだろう…。覚えていないけど、物心がついた頃には見えていた。

 そして俺がこの昭和女子を初めて見たのは入試の時。不覚にも目が合ってしまったのだ。これは男だったら仕方がない。この昭和女子、あまりにも美人だからだ。例えるなら俺の大好きなアーティストのアリアナ・グランデに似ている。

 普段だったら、人間と幽霊の区別は気配でわかる。だが、その時は入試。色々な制服を着た生徒がいる中、全く気にしていなかったのだ。

 俺は試験中も、昭和女子に、ずうっと話しかけられた。


(今、見たよね? 目が合ったよね?)

(無視をするなコラ!)

 みたいな感じで…。


 それは全ての試験科目と面接の時もだ。そんな中で無事、合格ができた俺って、すごいと思う。

 あんな綺麗な女性に抱きつかれたり、耳元で囁かれたりしたのに、平常心を保てたからだ。

 だったら話しかけて仲良くなれば? と思うかもしれない。だが仲良くなんて、できる訳が無い。相手は幽霊、またの名を化け物だから。

 それに、幽霊って一度話しかけると、二度と離れない。いわゆる、取り憑かれる訳だ。ホラー映画の中でも有名な、ポルターガイスト。あんな惨劇が実際に起こりえる訳だ。

 本当、あんなのはゴメンだ…。


 そして、最近の昭和女子は日に日にオラついてきている。今もそうだが、俺の邪魔をしてくる。授業中に俺の机に座り、ノートを撮らせない。そんな時、俺は消しゴムを使うフリをして、昭和女子のお尻をパンチする。全身の力を込めてだ。何度も何度もパンチを繰り出す。(きゃっ! エッチ!)と言われるが、ここで照れた素振りをすれば、実はお前の事が見えているんですよぉ。とバレてしまう。

 トイレもそうだ。女子なのに男子トイレに入ってくる。俺が用を足していると、目の前にいる。たまに顔を真っ赤になるところを見ると、確実に俺のを見たに違いない。エロ昭和女子め…。




      🏫




 昼休み。


 ボッチのお昼はボッチ飯。

 昼休みになると、屋上が解放される。俺がいた中学は屋上なんて解放されない。東京はハイカラだ。

 俺はいつも屋上ので食べている。


(今日のおかずはなんだい?)

「今日は…。今日のおかずは何かなぁ?」

 あっぶなか! 返事するところだった!

(ん? 今、返事したでしょ? ねぇねぇ! いい加減ゲロっちゃいなよ! あははは!)


 昭和女子…、うっざ…。でも、何気に助かっている…。毎日1人じゃさすがにヘコむからな。



 お弁当を食べ終わり、教室に戻ると井本さんが友達と何やら話している。

 しかも井本さん顔、真っ赤。


「戻ってきたよ。」

 井本さんに言う一緒にいる友達。

 なんだ?


「あの、赤城君。」


(これは告られんじゃね?)

「はい。どうしました?」

「お昼って、どこで食べているの?」

「屋上だけど…。なんかヤバいのかな?」

「別に…。そう言う訳じゃ…。」


 あれ? もしかして、本当はダメだけど、本人には言いづらい的な感じかな?


「あぁ。明日からは教室で食べることにするよ。」

 俺がそう言うと、井本さんの友達が会話に入ってきた。


「赤城君ってさ、佐賀から来たばっかでしょ? こっちの事よくわからないだろうから、しばらくは私達と一緒にお昼しない? 女子とじゃ嫌かな?」


(いいじゃん。そうしなよ。)

「うん。そうだね…。」

 ヤッバ!?


(おーい! 今のはビンゴだろ! 確実に私への返答だろ!)

「それじゃ決まりだね。ところで私たちも屋上に行ったけど、赤城君、見当たらなかったけど?」

(いい加減に認めろよぉ。認めてくれないと私はお前の名前を呼べないんだよぉ。)


 何それ? 幽霊ってそうなの?


「あぁ。ギンバにいたけど?」

「何て? ギンバ?」

(何て? ギンバ?)


 3人で声を合わすな!!


「えっと…。ギンバ。ここのここ。」

 俺は指で机をなぞり、屋上の俺がいた場所を説明した。


「ぷぷっ! スミっこね! あははは!」

(ぷぷっ! スミっこね! あははは!)

 

 だから3人でユニゾンするなっちゅーの!

 そして笑いながら、昭和女子が井本さんにもたれ掛かる。

「うっ…。」

 体勢を崩す井本さん。

 後ろに倒れそうになった井本さんを 俺は両腕で抱き上げた。いわゆる一つのお姫様抱っこだ。

「井本さん、大丈夫?」


「はい。大丈夫です…。」

(ありゃ〜。ごめんごめん。)


 俺が井本さんを腕から下ろすと、教室中から拍手が巻き起こった。


「スッゲー! 赤城君!」


(確かに今のはファインプレーだな!)

「わがぁ言う…。」

 ヤバッ!


「わがぁいう? 何?」

(わがぁいう? 何?)

「いや、今のは別に…。」

(なんだよぉ〜。教えろよ〜ん。)


 うざっ…。

 昭和女子の言う、ファインプレーのおかげで、クラスに馴染めた俺。放課後の掃除の時も、クラスの男子のみならず、女子とも会話ができるようになった。

 多少の佐賀弁はつっこまれたが…。


 

 そして、当番の体育館の掃除が終わり、教室に戻ると、井本さんが帰る支度をしていた。今日は委員会の集会があったようだ。

 昼休みの一件以来、何となく話しづらい。こう言う時に限って昭和女子は現れない。


 気まづい…。


「赤城君も帰り?」

「うん。体育館の掃除がやっと終わって。」


 なんか言わないと!

「井本さんって、どこまで帰るの?」


「え? 赤城君と同じ多摩センターだよ?」


 えっ? て何?

「それじゃ、一緒に帰らない?」

「うん。」


 まったく昭和女子。何でこう言う時に出てこないんだ?





      🚃




 モノレールに乗る2人。

 相変わらず話す事もなく、出入り口の両サイドで向かい合う。


 女子との会話ってどうすんだ?

 ネコ動画?

 そんなの見た事ないからわかんねーし!

 音楽かな? アリアナ・グランデ好きかな?


「あの、赤城君。」

「は、はい。」

 ヤバ、キョドった。

「私、赤城君と同じマンションなんだよ。てか、隣なんだけど…。」

 マジか?

「そうだったの!?」


 井本さんは軽くため息をついたように見える。


「ごめん。わからなかった。」

「あっ別にそう言う意味じゃなくて、何回か一緒にエレベーターに乗ったのに、教室ではあまり話さないからさ。嫌われているのかな? とか思っちゃって…。」

「そんな…。俺、たまに方言が出るから、あまり話さないって言うか…。気を悪くしていたらごめん。」

「全然、気にしないで。そう言えば、クラスミって何?」

 あれ? そんなこと言ったけ?

「えっと、明るくないところ? 夕方とか、灯りをつけっか迷う時間帯とかの。」

「薄暗いとか?」

「うーん。ちょっと違うけど。えっと…。あぁ、部屋で本を読んでっとさ、暗すみで何ししょっと? って言われるでしょ?」

「あはは! そう言うことか!」


 良かった。

 話ができた。

 井本さん、笑うと可愛いな。



 モノレールを降り、改札を抜ける。

 いつもは1人なのに、今日は2人。しかも女子だ! 初めてだ。

 

「今日は少し遅い時間だけど、赤城君がいるから公園の中を抜られる。」

「え?公園を抜けて、帰れるの?」

「知らなかったの? 10分くらい違うよ? でも5時を過ぎると、ちょっと怖いからね、暗すみで。」

「使用法が間違ってますので、落第です。」

「使ってみたかったの。えへへ。」


 そんな話をしていると、前方から車椅子を押す女性が。


「あっ、 万理マリ!」

 井本さんはそう叫ぶと、その女性のところに走り寄った。


「こんにちは万理ママ。」

「こんにちは香織ちゃん。後ろの子は?もしかして彼氏?」


 あれ? 何だろ? ものすごい邪悪な霊気が…。


「井本家と杉山家のあいだの、赤城さんトコの純君だよ。同じクラスなの。」

「あらぁ赤城さんの? 同い年だったの? こんにちは純君。隣の杉山です。この子は万理。あなたと同い年よ。」

「初めまして。すみません、ご挨拶に伺った時にお会いしなかったので、わかりませんでした。」


 万理さんは麦わら帽子を被り下を向いている。

 万理さんからなのか? 信じられないくらいの邪悪な霊気が溢れ出ている。


 あっ! 僕の守護霊が…。


「こんにちは万理さん。赤城 純です。」

 俺が挨拶をしても、万理さんは微動だにしない。

 まあ、すぐには無理か…。


「ごめんなさいね。この子、山で事故にあって。ショックで動けなくなってしまって…。」

「そうでしたか…。」

 ここら辺だと、あの山だな?


「それじゃ、またね万理。」


 井本さんが挨拶をし、俺も頭を下げる。

 俺たちが万理さんの横を通り過ぎようとした時に、かぼそい声が聞こえた。


「待って…。」

 

 その声に反応する3人。

 万理さん早っ! もう話せるのか?


「純君…。」

 万理さんが僕の名前を呼んだ。


「万理?」

 驚く、万理ママと井本さん。

 井本さんが万理さんの麦わら帽子をとる。

 車椅子に座る万理さんを見て、俺は叫んでしまった。


「昭和女子!?」

 

「…ひどいよ…。私の事を…そう呼んで…いたんだね? 純君は…。」

 万理さんは息を切らしながら、一生懸命に俺に話しかける。

 

 幽体離脱?

 幽霊じゃなかったのか。

 驚きすぎて、言葉を失う井本さんと万理ママ。

 

「ひどいって、どっちがだよ。入試の時から俺の邪魔ばっかりして。」

「ふふふ…。純君なら…私を助けて…くれると思って…。ね…。」

 今まで、息をするのも苦しかっただろうに…。


「万理!」そう言って万理ママは万里さんを抱きしめている。井本さんも同じだ。


「ずいぶん厄介なのが憑いていたんだね。でも、もう大丈夫だよ。僕の守護霊が浄化させたから。」

「ありがとう…。ありがとう…純君…。私は純君に…。どうやって…お礼をすれば…良いかな…。」


「そんなの…。今ならまだ間に合うから、同じ学校に入学してほしい。それで話し相手になってほしいかな。」

「そんな事で…良いのかい? 純君の…彼女に…なってあげても…良いんだけど…。 」 


「あっ! それはダメ!」

 井本さんは真剣な眼差しで、万里さんに言った。

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