第7話 ラブレターの書き方

 建築機器メーカーで働く、城崎しろさき 一太いちた 27歳。

 4月より、群馬営業所から東京本社へと移動となる。

 学生の頃から好きだったバイクと共に上京し、初めての都会での生活に戸惑う一太。


 都会には峠がないじゃん? どこを攻めればいいんだよ…。

 そんな時に本社の先輩に言われた。

「俺が若い頃は首都高を攻めたけどな。」


 なるほどね! さすがシティーボーイだ! カッコいいな!




      🏍




 午前 2:12 首都高湾岸線 辰巳第一タツミダイイチ


 首都高を軽く流して今は休憩中。

「缶コーヒーのブラックって、何で甘味があるんだ? ヤバみだな…。」

 手に持った缶コーヒーを見つめ、俺は小声で言った。

 すると後ろから、クスッと女性の笑う声が…。

 カコン! コロコロ…。

 笑う声に驚いた俺は、一口しか飲んでいない缶コーヒーを落としてしまった。

 足元に落ちた缶コーヒーは無残にもこぼれていく。

 あぁ…。スクリューの蓋を閉めておけば良かった…。


「あの。驚かせてしまってすみません。」

 

 俺に話しかけてきた女性は、Sun Recordsサンレコーズと書かれた黒い帽子に、赤いボーリングシャツを着ている。パンツはワイドシルエットのエヴィスジーンズ。靴は紺色ステッチのサドルシューズ。

 …つーか、こういう子って地元には結構いたけど、都会に50'sフィフテーズ? 嫌いじゃないけど…。


「いえ、別に…。」

 落ちた缶コーヒを拾い、俺はゴミ箱に向かう。


「あの。」

 何かを言いたそうに、その女性は俺の後に続き、ゴミ箱の前までついて来る。


「どうしました?」

 彼女にそう言うと同時に、嫌な光景を発見した俺。

 そこにはボンネットを開けた車…。


「ありゃりゃ。エンジントラブルですか?」

 ヤベ、余計なこと言っちまった。


「あの、パンクしてしまって…。」

 今にも泣き出しそうな顔のその女性は、俺の事をジイッと見つめながら言う。

 てか、パンクなの? ボンネット関係ないんじゃね?

 

「えっと、保険会社に連絡はしましたか?」

「携帯を忘れてしまって…。」


 そう言いながら、俺に熱い視線を送る女性。


「よかったら僕の携帯を使ってください。」

 そう言って、彼女に携帯を渡すと、無理無理! と言わんばかりの仕草をしながら彼女は言う。

「あの、この車。姉さんの車なのです。」


 はぁ? だから何だよ! 意味わかんねえから! …ったくしょうがねぇ。


「その車。CooperクーパーCLUB MANクラブマンですよね? トランクを開けてください。」

「ダメなんです! トランクはカラッポなんです!」


 マジか? んな事も知らないのか?


「えっと…。今の車って、スペアタイヤは付いていないですよ。」

「じゃあ、直らないんですか?」

「大丈夫ですよ。直しますので、トランクを開けてもらえますか?」

 俺がそう言うと、小動物のように跳ねながら、車に向かう女性。そして、ボンネットをボン! っと閉め、俺の所に駆け寄り言った。

「お願いします!」


 違うって! トランクを開けろっつーの! この子の頭は大丈夫か? て言うかこの子、前にどこかで会ったか? まあいいか…。


「あの、トランクですが、僕が開けちゃっても良いですか?」

「はい!」


 何で笑顔なの? トランク知らねえの? さっきカラッポって言っていたじゃん。もう、早く直して帰ろ…。

 と思いながら、俺はCooperのパンク修理キットを取り出し、パンクの修理をしてあげた。



      🚘


 

「一応、治りました。ですが、高速での走行はできませんので、枝川えだがわで降りてください。」

「ありがとうございます! それでは行きましょう!」


 行きましょうって、どこに行くんだよ! あんたが行くんだよ!

 俺はその言葉を無視し、バイクに戻る。


 MC31のセルを回し、エンジンをかけると、先ほどの女性が助手席の窓を開け、俺に話しかけてきた。

(MC31 = HONDAホンダ Hornetホーネット250)


「それではお願い致します!」


 彼女の言葉に対し、呆気にとられる俺…。


「お願いしますって、何がですか?」

「ん? 枝川ですよね?」

 俺の返答に、苦笑いで答える彼女。


 いやいやいや! すぐそこじゃん? 1Kmもねえじゃん?

「あの。すぐそこですよ?」

「でも私、高円寺こうえんじまでの帰り方がわからないのです。失礼ですが、あなたも杉並区ですよね?」


 ナンバー見たのか? まぁ、確かに俺は阿佐ヶ谷あさがやだけど…。てか、何で俺までした(一般道)で帰るんだよ!


「ついでにお食事をしませんか? 梅里うめさとのジョナサンでどうですか? お礼をいたしますので。」

「お礼は結構です。それでは環七カンナナの高円寺陸橋までで、よろしいですか?」

「梅里のジョナサンまでで、お願いします。」

 …この女…。



      🏍




 9号深川ふかがわ線を走る俺たち。土曜の早朝と呼べる時間になってしまった首都高速。枝川で下りようと思ったが、今の交通量なら他の車に迷惑がかかる事は無いだろう。

 彼女の前を走る俺は、走りながら彼女の車の横につけ、話しかけた。


「今の時間帯なら、ゆっくり走っても他の車の迷惑にならないので、護国寺ごこくじ辺りまで行きますね。もし、混んできたら、その手前で下りますので、バイクのウインカーを見ていてくださいね。」

「はい。ありがとうございます。何だか楽しいですね!」


 楽しくねえから…。

 俺は彼女の言葉を無視し、少しスピードを上げ、再び彼女の車の前に出て誘導した。


 結局、俺たちは東池袋まで行き、池袋の西口に向かう。要町カナメチョウ通り周辺は、居酒屋やカラオケボックスの塵芥じんかい収集車が至る所でハザードをつけていた。

 そんな中、俺はというと。一般道になり、後続車の女性がいた事などすっかり忘れ、車線変更をしながら環七へ出る交差点、武蔵野病院前まで来てしまった。

 すると、後ろから何やら声が聞こえる。


「おーい! 早いよー!」


 あっ…。忘れてた…。先導していたんだ。


 信号が変わり左折後、左車線をゆっくり走っていると。赤いCooperの姿が見えた。

 俺は再び彼女の横に行き、話しかける。


「もうすぐ大和陸橋やまとりっきょうです。あとは大丈夫ですよね?」

「えっ? 梅里の…。」

 と言いかける彼女の言葉を遮り、「それじゃ、これから予定があるので。失礼します。」と言い、MC31をキックダウンさせた。サイドミラーから赤いCooperの姿は消え、ホッと一安心。

 


 あとは迷いようが無いし、大丈夫だろ…。



 名前ぐらい聞いておけば良かったか? 可愛い子だったし…。




      🏠




 翌日。


 空腹のため起床。腹が減って起きるとか、健康すぎる俺。

 部屋にいても何も無いし、ファミレスのモーニングに行くかな。


 部屋着から、外出用の服に着替える俺。

渋川しぶかわだったら部屋着でウロチョロできんだけどな。」

(群馬県渋川市の意。)

 などと独り言をもらし、バルコニーから外を眺める。何だか雲行きが怪しい。携帯の天気予報で確認をすると曇りになっている。

 「大丈夫だろ。」

 またもや独り言をもらし、玄関を出た。


 日曜の朝なのに、空気が重い。実家の周りは緑が多いから、日曜の朝は空気が澄んでいるんだけどな…。


 細い路地を抜け、青梅おうめ街道に出ると、交通量は多い。街路樹のイチョウは新緑を広げようと待機している。街道沿いの豆腐屋さんでは、店主が打ち水をしながら俺に会釈をしてくれた。

「おはよう。今日は休みかい?」

 おっと? 東京で知らない人に話しかけられたぞ? 初めてだぞ?

「おはようございます。休みなのでブラッと。」

「珍しい若者だな。気をつけてな。」

「あはは。ありがとうございます。」


 何だかすげーな。お豆腐屋さんのご主人、フランクさんだ。帰りに買って行こう。もめん豆腐に納豆をかけると美味しいからな。

 う〜。想像したら腹へった…。


 空腹に悶えながらファミレスに到着。若いウエイトレスが、めんどくさそうに俺をテーブルに案内する。

 テーブルにつき、タブレットでモーニングメニューを開くと、けっこうハードな内容ばかり。ヤベーな、食いきれねーぞ?

 ん? グリーンサラダ & ハーフトースト モーニング。これにすっか。安いし。


 注文を済ませ、持ってきた小説をバッグから取り出した時、俺の後ろのテーブルから声が聞こえた。


「よし、それじゃ自分が書いたのを隣に渡してぇ。」


 何だ? 朝っぱらからお絵描きか?

 しばらくすると、「ひゃー!」と甘ったるい声が聞こえる。


「ヤバいヤバい! 小夜さやのが一番いいんじゃない?」

「だね!ヤバいね!

「やっぱ自分で書いたほうがいいんだよ! マジでヤバい!」


 ヤバいのはお前らの頭だろ! パブリックな場で騒ぐんじゃねぇよ!

 つっても、気になるほど騒いじゃいないが。


「でもさ、何で名前くらい言わなかったの? 言えば思い出したんじゃん?」

「うんうん、ヤバいね。」


 あぁ、気になる! 1人、気になる女がいる! の連射はやめろ!


「…だって…。」

「うっわ! 顔真っ赤! ヤッバ! めっちゃヤバい!」


 お前もヤッバ! しかし、他人の会話って聞くつもりはないけど、聞いちゃうよな…。


「てかこれ、どうやって渡すの?」


 渡す物? ハハーン。ラブなレターってやつか?


「…あれだし…。家の前だし…。郵便受けに…。」

「いやー! 無いでしょ? それヤバみ!」


 ヤバみって…。


「しっかし小夜もやるねぇ。高校の時に…。」

「お待たせいたしましたぁ! グリーンサラダ & ハーフトースト モーニングになります!」

「あ、ありがとうございます。」


 店員さん、タイミング!

 カブったから!

 高校の時に何? 何があったの小夜ちゃん! ヤッベー! スッゲー気になるんだけど!


「一途だよねぇ。もう小夜ってヤバみぃ〜。」


 おいヤバ美。お前もう一回リピートしろ!


「確かに小夜ってキレカワだからね。男だったら…。」

「ドリンクバーが付いてますのでぇ! あちらでどうぞ!」


 だからタイミング!!

 男だったら何っ!!


「で? 今日行っちゃうの?」

「…うん…。」


 ラブなレターを郵便受けにか…。

 俺だったら、そんなの入っていたら捨てるな…。

 あ、そうだコーヒー。


 俺は席を立ち、ホットコーヒーを取りに行く。


 いやー、青春ですな。小夜ちゃん、上手くいくといいね。

 おじさんは陰ながら応援しているよ。


 さぁてと。朝に飲むコーヒーはエスプレッソだよな。やっぱ苦味がヤバみだからな。

 コーヒーメイカーにカップを置き、ボタンを押す。プスプスと湯気を立てながら、カップに注がれるエスプレッソ。いいねこの香り。


 そろそろ出来上がるかな?

 カツンと乾いた音が鳴る。出来上がったようだ。

 カップを手に取り振り返る。

 すると。

「城崎 一太さん。」

「うぉ? 」


 びっくりした!

 何が起きた?

 あれ? この子って、昨夜のCooperの?

 

「私の事、覚えてますか?」

「先日の辰巳第一ですよね?」

「それもそうですけど…。」

 

 それもそうって…。


 あぁ?


 思い出した!


遠藤えんどうさん?」

「はい。」

 

 遠藤小夜さん。確か何年か前に、ストーカーされてた子だ。

 俺が研修で今の所に住んでいた時に、そのストーカーを捕まえたんだ。

 たまたま俺の帰宅時間と、ストーカーがカブったんだよな…。

 あの時は色々と面倒だったな…。


「ここじゃアレなんでテーブルに行きましょ? 今日は逃しませんよ。」


 ん?


 あれ?

 

 さっきの後ろの会話って、小夜さん達?


 ラブなレターって…。


 俺…かよ!?




      ☕️




「へぇー。すごいねお母さん。ジョナで告ったの?」

「そうよ。だってお父さん、すぐに逃げちゃうんだもん。」

「あはは! お父さんってそんな感じ。」


 


 うるせぇ…。




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