第5話 魔法の手

 私は斉木さいき 里緒奈りおな 16歳 高校一年生。頑張った甲斐があり、都内でもちょっと有名な私立高校に入学ができた。

 苦手だった英語も克服して、入試の成績は学年で首席になった。

 その時の涼子りょうこの嬉しそうな顔は、今でも目に焼き付いている。あっ…。涼子って私のお母さんの事なんだけどね。

 もちろん、本人を呼ぶ時はちゃんと「お母さん。」て呼ぶよ。私はバカ娘じゃありませんから。



「ねぇ。今日は見に来てくれる?」

 話しかけて来たのは、クラスメイトの美梨みり。名前はミリでも背は高い。ミリ違いだけど…。


「ごめん…。今日は私が夕飯の当番だから…。」

 ついでに仕事で疲れた涼子に、夕飯を あ〜ん してあげたいんだ。


「そうかぁ…。お母さん今日は遅番かぁ…。」

「うん。ごめんね。」

「いいよ。その代わり、日曜日はちゃんと見に来てよ。」

「了解しました。」

「でもさぁ。いつも思うんだけど、リオもリオのお母さんも美人だよね。」

「ふふ。ありがとう。でも私よりも美梨の方が美人だよ。って言うか美梨は可愛かわカッコいい。」

「本当? じゃあ私達ってお似合いなんじゃ無い? 付き合っちゃおうか!」

「あはは。そうだね。」


 美梨。いつも誘ってくれているのに、ごめんね…。って言うか、どうしたんだろ。複雑な顔をしているけど…。


 ちなみに美梨はじょバス。女子バスケットボール部の事だけど。美梨はその女バスで、1年生なのにレギュラーだ。

 身長が170センチを超えているだけではなく。シュートの正確性とボールを持った時の動きが、どの部員よりも凄い。そしてルックスも良いので、男子のみならず、女子からも人気だ。いや、大人気だ。

 この前なんて、3年生の女子から告られたらしい…。すごいぞ美梨!


 そんな人気者なのに、美梨はいつも私の事を気にかけてくれている。なんて言ったって、私はコミュ障なのだ。

 クラスではういている私。休み時間はだいたい本を読んでいる。最近は量子力学リョウシリキガクだ。

 そんな私を見て、クラスの男子は私の事を魔女と呼ぶ。まったく、思春期の男子はバカが多くて困る…。

 でも、男子がそう言って私をからかうと、いつも美梨が私を助けてくれる。美梨は初めて出来た友達。大切にしたい…。




      🏫




 私は斉木 涼子りょうこ 36歳。薬局で薬剤師をし、生計を立てている。

 子供は娘が1人。名前を里緒奈といい16歳の高校1年生。幸運な事に、優秀な成績のため、学費が免除となった。本っ当に良い子に育ってくれた。ある事を除けばだけど…。


 そして今日は私の仕事が遅番の日。そんな時は毎回、里緒奈が夕飯を作ってくれている。しかも手の込んだ夕飯だ。とても嬉しい、がその反面、とても心配な事もある。なんて言ったって火を使うのだから…。

 心配性な私は、ガスをやめ、IHアイエイチクッキングヒーターにしてしまった…。9万8千円もした…。まぁ学費が無くなったのだから良しとしよう…。それに火事の心配は無くなった訳だし?


 ちなみに娘だが、中学生の頃から、暇さえあれば机に向かっている。部活は生徒会に入り、会計を担当していた。当初、生徒会長に推薦をされたらしいが、勉強を優先したいと言う事で、辞退したらしい。

 本人にその事を聞くと、

「だって試験でいい成績になれば、お母さんが嬉しそうにしてくれるから。」

 と言う。まぁ確かに嬉しいけど…。

「私はお母さんの笑顔が大好きなんだ。だから友達よりも部活よりも勉強を選ぶの。」

 と言われた時は、さすがに危機感を感じた…。

 学生なんだから、友達とネズミーランドや水族館。コンサートや映画などに行ってもらいたいと思う。高校に入学をしてからはどうなんだろう…。

 里緒奈からは、友人らしい名は美梨ちゃんと言う名前しか聞いたことがない。その子は友達なのだろうか? うちの子と仲良くしてくれているのだろうか? 心配だ…。




      🚌




 お米を研ぎ、炊飯器のタイマーを19:00にセットする。

 発泡酒は朝のうちに入れておいたから、確実に冷えている。

 今日はサワークリームで味付けをした根菜のサラダ。

 メインは鶏のムネ肉を使った唐揚げ。ムネ肉だからカロリーは多少、控え目かな?

 時計の針は18:30。

 よし! お料理のスタートだ!


 ジャガイモの皮をピーラーを使い丁寧にぎ落とす。

 そのジャガイモを小さめにカットして、耐熱ボールに入れる。

 レンジでチンしている間に、食パンのミミと乾燥バジルの葉。あと粉チーズを少々入れて、スライサーで粉状こなじょうにする。

 そろそろフライヤーの用意だ。

 160℃に設定をして、鶏肉は素揚げにする。


 私が夕飯の支度したくをしていると、玄関で物音が聞こえた。


 ガチャ…。

  ガチャ…。


「ただいまぁ。」


 涼子だ!

「お帰り! お疲れ、お母さん!」


 涼子に抱きつく私。


「ちょっと里緒奈。フライヤーやっているんでしょ? ちゃんとキッチンにいてちょうだいね。」

「うん。でも、もうちょっとだけ…。」

 私は涼子に抱き付いただ…。ママだけに…。


「はい。もう良いでしょ? お母さんも手伝うから…。」


 涼子は照れながら、自分のウエストに巻き付く私の両腕を 優しく握りしめ、私を見る。


 もぉ涼子、大好き!





 部屋着に着替えキッチンに来る涼子。

 

「ねえ里緒奈? この粉は何に使うの?」

 私が先ほど作った、唐揚げにかける、ふりかけを見て涼子が聞いて来た。


「これはね。唐揚げにかけるの。素揚げにしたから、これで味付け。」

「へぇ、すごいね。どこで覚えるの?」

「美梨が教えてくれたんだよ。」


 おおぉ。噂の美梨ちゃん…。噂をしているのは私だけだけど…。


「里緒奈は美梨ちゃんって子と仲がいいの?」

「うん。今日ね、お母さんの事を美人だって言っていたよ。」

「あらぁ。いい子ねぇ。」

「今度の日曜日にが練習試合をするから見に行くんだ。お母さんも一緒に行こうよ!」

「いやいや…。お母さんが行ったら、ドン引きでしょう…。」

「なんで?」

「なんでって…。」

 まったくこの子は…。

「別にいいじゃない? 帰りに買い物とかすれば、私もお手伝いできるよ。」

「そう言う事じゃなくて、美梨ちゃんとお出かけしたら? 試合に勝ったら、おめでとうって言ったり、負けたら残念だったね。って励ましてあげたり。」


 で私を見る里緒奈。 


「お母さんの意地悪…。お母さんと一緒にいたいのに…。」

 

 もぉ…。この子はなんで…。





     🍴




 テーブルに並べられる、盛り付けのされたお皿たち。


 私は涼子のグラスに発泡酒を注いであげる。

 涼子は私のグラスに冷たいお茶を注ぐ。


「せーの。いただきまーす。とカンパーイ。」


 夕食の際はいつも声を合わせる。

 涼子は発泡酒を。私はお茶を一口飲み、食べ始める。

 他愛たあいの無い会話が、とても幸せに感じる。


「ねえお母さん。お酒って美味しい?」

「一口飲んでみる?」

「親がすすめちゃダメでしょ。」

「それもそうね。」


 2人で肩をすくめる。


「はい。お母さん、あ〜ん。」


 私が涼子に唐揚げをあげると、涼子も私の真似をする。


「それじゃ里緒奈も、あ〜ん。」


「美味しいね。」

 涼子が言ってくれる。良かった! 今夜のオカズも大成功だ!

 そんな中、お母さんが意を決したように、私に聞いて来た。


「ところでさ。里緒奈は好きな男の子はいないの?」

「私はお母さんが好き。お母さんの事が大好き。」


 即答!?


「いや。そう言う事じゃなくてね。クラスにさ、イケメンとかいないの?」

「私はお母さん以外は嫌なの。」


 即答パート2!!


「そ、そうなの…。」


 私の返答に首をかしげる里緒奈。

「どうしたのお母さん?何か悩みでもあるの?」


 あんたのそのマザコン属性だよ!

「そうね…。悩みって言えば悩みかな…。」

 

「ねぇお母さん。明日は休みだから、ヤッパもらう。」

 

 もらう?

 何を?

 と考える私をよそに、里緒奈は私のグラスを奪い、発泡酒に唇を当てた!


「うぅ…。臭い…。無理、口の中に入れられない…。」


 よ、良かった…。と安心する母、涼子であった、が!


「と言うのはうっそーん!」


 里緒奈の喉が、ゴクリと言う。


「苦〜い…。ヒック…。」

 里緒奈はそう言って、顔を真っ赤にしている。

「ちょっと里緒奈!大丈夫?」


 私は里緒奈の隣に座り、急いでお茶を飲ませた。


「ゴクリ…。」


 お茶を飲み、ニヤける里緒奈。


「里緒奈?」

「なんだか、ホワーンとするよ。」


 あぁ…。もうこの子は…。


「お母さん。」

「何?」

「チュ。」


 私の頬を両手で押さえ、私にキスをする里緒奈…。

 ちょっ!? 待っ!?


「えへへ〜。」

「えへへ〜。じゃないの!まったく!」

「えへへ〜。もう一回。」

「もう一回は無い! ソファーで少し横になりなさい!」

「連れてってぇ〜。」

 と甘えた声で言いながらも、その場で寝てしまった里緒奈。


 まったく…。




      ☀️




 翌朝…。



 ヤバい…。


 記憶がハッキリとあるのですが…。


 涼子とキスしちゃった…。


 怒っているかな…。


 いや。子供の頃はいつもしてたし?

 16歳なんて、まだ子供だし?

 些細ささい悪戯いたずら的な?

 あははは…。


 ハァ…。8時か…。

 美梨の試合、見に行かなきゃ…。


 そんな事を考えていると、私の部屋のドアがノックされた。


「里緒奈、起きてる? 学校に行くんでしょ?」


  ドアが開く…。

 同時に布団をかぶる私…。


「さあ起きて。」


 涼子はそう言って部屋のカーテンを開ける。


「里緒奈。」


 涼子が優しい声で、私を呼ぶ。

 なのに返事ができない私って…。


「ねえ里緒奈。あなたのファーストキス。お母さんがもらちゃったね。」


 ヤバい…。泣きそう…。てか、すでに涙が出ているんだけど…。


「あなたの大切な物を 最初にお母さんにくれてありがとう。」


 涼子のその一言で、私はベッドを飛び出した。


 涼子に抱きつく私。


「お母さん。キスしていい?」

「はいはい。」

 涼子は私の頭を撫でながら返事をしてくれた。


「もう一回いい?」

「はいはい。」


 涼子の手は、優しく私を包む。

 さっきまで悩んでいたのが、嘘みたいだ…。

 心がトキメク魔法の手…。


「お母さん、大好き。」

「はいはい。お母さんも里緒奈が大好きよ。」


「お母さん、次は舌を入れてもいい?」

「ハァ? 調子に・の・る・な!」


 ぺちん!


 私の頭を叩く手も優しい涼子…。

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