第4話 STEALTH(ステルス)

 就職浪人をし、今春やっと目標としていた会社に入社を果たした木戸キド マイ

 大学からの延長で、一人暮らしをする彼女のアパートには黒猫がいた…。




      🏠




「木戸 舞、行きまーす!ってアムロか!」

 新社会人としての初出勤の朝、私は大きな声でアパートのドアを開けた。


 大声とともに、勢いよく開くドア。アパートにしてはやや広い通路。そこには後退あとずさりする人影があった。


「い、行ってらっしゃい…。」


 突然の出来事に驚いた表情をしながらも、私に挨拶をしてくれたイケメン男性。隣の部屋の交換留学生、リー君だ。私は照れながらも、挨拶をする。


「い、行ってきます…。」

 聞かれたか?聞かれたよな…。私は恥ずかしさのあまり、下を向いてその場を足早に去った。


 はぁ。初日からやらかしちまった…。


 エレベーターで1階に降りると、エントランス脇には黒猫。

 この黒猫。首輪をしているが、誰が飼っているのかは誰も知らない。このアパートの住人は、それぞれにこの黒猫に名前をつけている。

 ちなみに私はこの黒猫をステルスと呼んでいる。私が遅くに帰宅をすると、植え込みの薄暗い中に隠れていたり、いつの間にか私の背後にいるからだ。

 いわゆる、アメリカのステルス型戦闘機 F-117 からいただいた訳なんだけどね。


「バイバイ、ステルス。」

 私が彼にそう言っても、ステルスは前足で顔を撫でている。

 ん? 朝だから顔を洗っているのかな?

 




      🚃




 

 会社に到着し、正面玄関に入る。

 そのホールには紅白の垂れ幕。中心には大きく達筆に墨で書かれた、祝! の文字。

 その垂れ幕の下には5〜6人の高給取りを匂わせるオジサマがた。

 リクルートスーツに身を包む私たちに、「おはようございます! 入社おめでとう!」と、酒焼けとタバコで、喉が重低音化したトーンの口調でそれぞれに言っている。多分だけど…。

 だってさぁ…。皆がそれぞれに言うから、聞いているこちらは「ダダダダダァー!」としか聞こえないんですわ…。そんなダダダ地区を通り過ぎ、私は4階のホールに向かった。


 今期の新入社員は57名。私は希望した部署。映画の販促部はんそくぶに配属となった。新入社員の私たちは、講師の男性から所属部署に向かう前の、注意事項を教わる。その多くは社内での出来事や社内の風景をSNSに発信しないように、との事だった。

「学生気分が抜けきらない君たちなら、必ずやるだろ?」と言わんばかりの口調で、講師に釘を刺された。


 その後、私たちは各部署に別れる。私の行く販促部は2人。私の隣にいる男性は40代だろうか?他社からのヘッドハンティングか?

 そんな事を考えていると、新入社員の担当という女性が、私たちに挨拶をする。


「初めまして木戸 Matildeマティルデ うめです。よろしくね。」

 

 驚きだ! この人ってスッゲー美人! そんでハーフかよ! セカンドネームって言うんだっけ? マティルデ? そんでオチが梅ちゃんかよ! 両親の悪意を感じる名前だな…。と心で思う私に梅ちゃんが話しかけてきた。


「あなたが木戸さんね?同じ苗字だから気になっていたの。」


 最後に ふふっと肩をすくめて言うところは、女の私でもホの字になりそうだ。


「はい! 木戸 舞です! 逆から読むとイマドキです! よろしくお願いします!」

「面白い子。舞はイマドキちゃんね。」

 

 おっと? いきなりフランクな対応だな! さすがハーフだ。

 でも、なんだろ…。梅ちゃん、どこかで会ったことがあるような…。


「そして岩崎さん。我が社へ来ていただきありがとうございます。」


 ほうほう、岩崎さんね。やはりヘッドハンティングか? すると、岩崎さんは立ち上がり、挨拶を始めた。


「木戸さん…えっと、木戸さんですとアレなんで、舞さんでも良いですか?」

「はい。かまいません。」

 岩崎さん、紳士だな。


「舞さんとは初めましてですね。私はここのグループ会社のアメリカ支部にいまして、こちらの木戸さんとは以前から顔見知りでした。私事わたくしごとなのですが、ある事情で日本に戻る事になり、木戸さんにこの会社の会長に口利きをして頂き、入社することになりました。ヘッドハンティングというとカッコよく聞こえますが、実は会長に頭を下げて、なんとか入社させて頂いたのです。ですから私の事は、ただの同期と思って下さい。これからよろしくお願い致します。」


 岩崎さんはそう言って私に頭を下げた。なんて腰の低い人だ…。って、岩崎さんもどこかで会ったかな?

 なんだろ、この違和感…。


「初めまして岩崎さん。確かに同期ですが、私は社会人一年生です。こちらこそ、ご指導をよろしくお願い致します。」


 私たちがお互いに挨拶を終わると、梅ちゃんが切り出した。


「さあ!自己紹介も終わった事だし、社内を案内するわね。」

 そう言って、梅ちゃんは左腕全体で カモーン! と言わんばかりに私たちを手招き…もとい。腕招きをし、社内の案内をしてくれた。

 社員食堂やアメニティールーム。全てが整っている。女性に優しい職場だ。特に驚いたのは、会社内を自転車が走っている。すげーな…。


 その後、販売促進部の上司や先輩を紹介され、共に昼食会をした。美味しかった。


 



      🏢





 只今の時刻、17:05。出社初日が滞りなく終了…。


 今日は社内の案内だけなのに、異様な疲れを感じた。

 初日という事もあり、17:00迄で退社となった私たちは、個々に退社をする。


 私は極度の緊張からか、疲労? 心労? のため、会社の近くにあった公園で少し休むことにした…。

 

 ベンチに座り、一息をつく私。昼間ならきっと子供達で賑わっているのだろう。そんな事を考えながら、空を見上げる。


「4月になると、まだ明るいんだ…。」

 ピンク色に染まる西の空を見ながら、私は小声で言った。


 そして、朝に買った手付かずのペットボトルのお茶を口に含み、喉を潤す。


「お腹すいたな…。」

 私はお茶に向かい話しかけた。


 すると猫の鳴き声が…。


 いつの間にか私の座るベンチの前に黒猫がいる。


「ステルス!?」

 …。

 多分これが、な声のお手本だ。


 ステルスはアクビをしたのち、歩き出した。


「ちょっと、ステルス? どうやってここまで来たの?」

 私の問いかけに立ち止まり、こちらを見るステルス。そしてしばらく私を見つめたあとに、再び歩き出した。


「ははーん。冒険ですな?」

 私はそう言って、ステルスのを付けた。


 結構広いこの公園。遊歩道の真ん中を歩く真っ黒なステルス。

 4月の夕日は、いまだ冬毛のステルスを綺麗に引き立てている。

 そのステルスはというと、たまに立ち止まり、こちらを見ては私を確認するかのような素振りをする。

 

 なんだろこの子。本当に私をどこかに連れて行ってくれるのかな? そんな事を考えていると、ステルスは急に足早になった。

 そして公園の北側。出入り口もない行き止まりで、ステルスは犬のようにお座りをしている。


イン、連れてきたぜ。」

 

 誰?今の声…。誰かいるの?


Bogeyボギー…。Stealthステルスまで連れて来てどうすんだよ…。」


「はっ? リー君? 」

 木陰から現れた彼を見て、思わず口走る。Bogeyボギーってステルスの事? てか、ステルスって誰? 私がステルス? てかてか、なんで猫が喋ってるの!?


 錯乱状態の私を無視し、 リー君はステルスに言う。


「奴らにバレちまった。少し早いが、Stealthステルスの意識を解放しろ。」

「当たり前だ!このままじゃられちまうからな!」


 ステルスはそう言うと背中を丸め、シッポをピーンと立てた。

 逆立つ毛並み。

 4本の足の指先からは鋭い爪が飛び出している。まるで何かを威嚇いかくしているようだ。


 そんな姿を見た私は…。

「ちょっと、ステルス! ここでウンチしちゃダメでしょ!」

 と言った。


 すると…。

「黙れStealthステルス!」

 リー君が私を怒鳴りつける。


 私たちを無視するかのように、漆黒のステルスはいつの間にか、純白の猫へと変貌をとげていた。


 青い瞳が銀色の瞳へと変化した白いステルス。

 そして私に向かって光を放つ。

 その光が私を包むと同時に、私の頭部に電撃が走った。

 すると。

「クソッ! インもいたか!」

 先ほどまで一緒にいた梅ちゃんが悔しそうに言う。

 梅ちゃんの背後には見知らぬ男性? では無い。この男、先ほどまで一緒にいた40代男性。岩崎。

 その正体は、ChainチェインGangギャングという名の傭兵だ。


 そんな中、私は全てを思い出す。

 国際指名手配の組織。

 C.M.C

 木戸 Matildeマティルデ 梅とは、その組織の幹部。

 そして私たち、StealthステルスBogeyボギーインとは、その組織の幹部、Matildeマティルデを確保するために送られた刺客だ。

 私の任務は Matildeマティルデの潜伏先での行動を見張るため。ごく普通の日本人になりきるために、記憶を消された。そう、すべてが仕組まれた事だったのだ。

 


Matildeマティルデ。私の跡をつけるなんて、言い度胸ね。」

「へぇ。さっきまでの舞とは別人ね。今の舞の方が私は好みだわ。」

 私に向かい、舌舐めずりをしながら言うMatildeマティルデ


Stealthステルス、悪いが私は戦闘タイプでは無いので消えさせてもらうぞ。ドロンでござる。」

  Bogeyボギーは私とMatildeマティルデとの話に割り込み、そう言うと煙のように消えた。

 

「あらぁ?猫ちゃんは消えたけど、あなた1人で大丈夫かしら? インChainチェインGangギャングと遊んでいるわよ?」

 ほくそ笑むような顔をし、私を挑発するMatildeマティルデ。この女の能力は Rough terrainラフター。攻撃半径は12m。近づけば全身の骨が歪み、文字通り、荒れた大地のようになる。

 それに反し、私の能力はStealthステルス。気配は消せるがMatildeマティルデの半径12mに入れば一瞬で全身の骨が砕ける。戦車の弾丸ですら歪ませる能力者。Matildeマティルデ。こいつ最強じゃねえか!


「どうしたの? すごい汗ね。お姉様が全身拭いてあげるわよ!」

 そう言ってMatildeマティルデが仕掛けて来た。


 12m…。

 近づけば、終わりだ…。

 気配を消す私。

 

「あらぁ? 消えちゃったわね。ふふーん…。なるほどね、あなたがStealthステルスね?」


 Matildeマティルデに向かい、試しに20cmほどの枯れ木を投げる。

 するとその枝は一瞬で折れ曲がり、パーン! という音をたて、弾け飛んだ。


 マジか!? 私ったら絶対絶命じゃねーか!


「見〜つけた! 気配を消しても無駄よ〜! Stealthステルスって光学こうがく迷彩めいさいだったのね? 私には見えるわ〜!」

 人を小馬鹿にした口調のMatildeマティルデ


 馬鹿にも見えるように、してやっているんだ…。ついて来い鬼女きじょ


 遊歩道の両脇、グリーンベルトの樹木の枝を飛び移り、6mほど上空を移動する私。

 私の跡を追いかけて来るMatildeマティルデ

 彼女が通り過ぎた木の枝は、次々と乾いた音をたて破裂して行く。


 クソ! Bogeyボギーの奴、どこに仕掛けた?


 すると…。

 公園の入り口、私が先ほどまで座っていたベンチのあたりで、私の全身があらわになる。


 立ち止まる私。

 勢い余り、私に抱きつくMatildeマティルデ


「えっ?」

 私の身体が無事な事に驚くMatildeマティルデ



 Disableディセイブル…。

 Bogeyボギーの能力。能力無効化だ…。

 

「バイバイ梅ちゃん。」

 

 彼女の顳顬こめかみに私の専用ナイフ。ガドゥーカを差し込む。

 グッタリとするMatildeマティルデ

 

 私はガドゥーカを顳顬こめかみから抜き、急いでMatildeマティルデから離れた。

 

「おーいBogeyボギー。能力解除してみ。」


 猛ダッシュで私の元へ駆け寄るBogeyボギー。そのまま急いで私の肩に乗り言う。


「大丈夫か?死んでるよな?」

 ビビるBogeyボギー


「大丈夫だ。」

「本当だな?」

 尚もビビるBogeyボギー。そんな時、緑地帯の奥からインの姿が見えた。


「よし、インが来たぞ。アイツがMatildeマティルデの近くに来たら解除しろ。」


 インが私たちを見つけ、言う。

「いやー。ChainチェインGangギャングヤベーな。逃げられちったよ。」

 呑気のんきにニヤケヅラで言うイン


「よし、解除しろ。」


 私が言うよりも先にBogeyボギーが、能力を解除した。彼はChainチェインGangギャングを取り逃がしたインに苛ついたようだ。


 インMatildeマティルデの横を通り過ぎようとした時、彼女の右足がピクッと動いた。


「ウガッ!?」

 情けない声を出し、驚くイン

 インは、のけ反りながらも彼の能力、Bomberボマーを発動し、Matildeマティルデを吹き飛ばす。

 あたりに飛び散るMatilde《マティルデ》の肉片。


「馬鹿者! 確保できなかったじゃねーか!」

 夕闇の公園にユニゾンする、私とBogeyボギーの怒鳴り声。


 どこからか聞こえる携帯の着信音…。

 吹き飛んだMatilde《マティルデ》のバッグからだ。


 私はそのバッグを拾い、中を見る。


 未だ鳴り続ける着信音。


 携帯のモニターには岩崎の文字…。


 この曲…。SamサムCookeクックの…。


 確か…ChainチェインGangギャング…?





 MatildeマティルデChainチェインGangギャングはもしかして…。




 あぁ…。こりゃ狙われそ…。




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