第3話 Pretty Vacant

 世界中を巻き込んだ大戦。戦後間もなく訪れる闇。日ごとに増える失業者。毎夜起こる犯罪。弱者の生活の場は縮小されつつある。

 クオン・ヘイとイーア・ヘイはそんな時代に生きる双子の兄妹。両親を失くし、幼い頃から病弱な2人は遺伝子工学の先駆者、ヴィット博士のプラントで生体実験の助手として働いていた。




      🏥




 プラントの地下2階。イーアはB204号室に、本日オペの予定のツクネ・ハラダという名の女性を迎えに行っていた。


 トントン…。


「ツクネ・ハラダさん、お迎えに来ました。」

 少し間が空き、中から声が聞こえる。

「はい、用意はできています。」

 イーアの声に反応した女性の声。


 イーアが、電子制御でロックされた扉を開けると、ツクネ・ハラダという名の女性はベッドに座っていた。不安そうな顔をするツクネにイーアは言う。


「いよいよですね。」

「…はい。」


 ツクネ・ハラダ 17歳。彼女はイーアと同い年。彼女がヴィット博士のプラントに来たのは4日前。病名はわからないが、慢性的な疾患があるようだ。


「イーアさん。私、なおるのでしょうか…。」

 不安そうな面持おももちでイーアに問いかけるツクネ。


「大丈夫ですよ。皆さん元気に退院されて行きます。」

 ツクネはイーアの返答にニコッとし、下を向いた。そして…。

「あの…。クオン君…。」

 恥ずかしそうに言うツクネに、イーアが言った。

「クオンは男子だから、ここには入れないのです。でもオペ室の前にはいますよ。」


 イーアの言葉を聞き、ニコッと微笑むツクネ。ツクネはイーアの兄、クオンに好意を持っていた。





     🏥





 ツクネがオペ室に入り、しばらく手が空くクオンとイーア。他に誰もいない職員の休憩室で、2人は少し早い昼食をとっていた。


「イーア、今夜にしよう。」

 兄、クオンが世間話をするかのように小声で言った。それに対し、無言でうなづくイーア。


 2人は今夜、このプラントを抜け出す。


 ここは病院。だが、それは名ばかりの軍事施設…。ツクネのような人は次から次へとやって来る。既に50名前後は入退院をした。病名はわからないが、ここに来るそのほとんどが、余命宣告をされている。なのに、ヴィット博士のオペ後は、余命宣告をされた人に見えないほど、健康な身体を取り戻している。

 そして僕たち兄妹もだ。僕たちはもともと、身体が丈夫な方では無かった。と言うよりも、病弱な兄妹だった。僕たちは貧民街の出身で、病院に行く金などない。終戦間近に父親は僕たちのために出兵し、帰らぬ人となった…。母は民間兵の誤射によって死んだ。母を撃ったのは6歳の少女だった…。その少女もまた、ライフルのバックショットによる頭部の殴打によって死んだ。

 そんな中、孤児だった僕たち兄妹はヴィット博士に引き取られた。と言っても人体実験のサンプルのためだ。その実験とは


 Nineナイン Livesライヴス


 猫は9回生き返る…。

 そんな迷信のような事をヴィット博士は研究をしていたわけだ。

 そして博士は僕ら兄妹をサンプルとし、薬の投与後、色々な実験をした。僕たち兄妹の身体で、迷信では無く確信に近づけた。丈夫すぎる身体と、9つの命。


 最初の実験。猫のDNA組織によって、俊敏性を会得した僕たち。軍の兵士20名による自動小銃、ブラックライフルの連射を避け、兵士を抹殺する実験。この実験は何度も行われたが、僕たちは1度の死亡で済んだ。

(ブラックライフル = アーマライト社製 キャリバーM16)

 2回目の実験は軍事作戦だった。未だ囚われている民間人の救出。暗視スコープを必要としない目による、暗闇での市街地や森でのミッションだった。僕はその時に、イーアを守るため1度死んだ。

 そして最後の実験。僕たちの問題点である腕力だ。猫パンチという言葉があるように、接近戦での格闘に不安が残っていた。相手の攻撃は避けられるが、打撃不足が生じる。そこで回避策として、両手で持つ短剣での格闘技術を学んだ。僕たちは博士によって創られた生物兵器なのである。






 🏥





 その夜…。


 けたたましく鳴る警報機とともに、血飛沫ちしぶきが壁に飛び散る。クオンとイーアの脱走劇のスタートだ。

 彼らは脱走の前にプラントを破壊する事にしていていた。軍の兵士たちは死に物狂いで、脱走する2人を襲う。狭い場所での戦闘はクオンとイーアの味方をした。弾倉20のM16のマガジンがいたるところに散らばっている。屈強な兵士の悲鳴。天井のライトは飛び散る血液で、あたりをピンクに照らす。それはまるで、プラントの屋上から見える夜景ですら、赤く染まっているようだ。

 耳をつん裂くような銃声。とり肌が立つような男の叫び声。重力を無視した2人の動きの前に、驚愕する自国の兵士たち。プラントを破壊するクオンとイーアは、鬼神のごとくヴィット博士の元へと向かった。


 最上階の部屋。そこは200㎡ほどの広いモニタールーム。その部屋にいる職員は既に逃げ出していた。そしてこのモニタールームの奥がヴィット博士の部屋だ。

 博士の自室に入ると、彼はモニターを観ている。その姿はまるで、テレビでアニメを観る子供のようだ。


「素晴らしい!」

 博士はモニターに向かい、話しかけている。


「博士。」

 クオンがヴィット博士の名を呼ぶ。

 博士は振り返り、不敵な笑みを浮かべて言った。

「私を殺すのかい?ヒッヒッヒ。」

「この世界に未練がないのであれば…。」

 クオンが博士に言う。

「未練と言って良いのか知らんが、もっとさぁ…たくさんお前たちのような怪物を創りたいと思うよ。」

 博士が言い終わるのと同時に、イーアは叫んだ。

「悪魔がぁ!」


 イーアの叫び声と同時に、部屋中に充満する血の匂い。イーアはヴィット博士を切り裂き、ふかふかの絨毯を彼の血で真紅に染め上げた。


 憎しみに満ちた顔をするイーアに僕は優しく話しかける。

「行こう、イーア。仲間を探しに…。」

「うん…。」



 部屋を出るクオンとイーア。血に染まる廊下を抜けエレベーターに乗る2人。1階に到着すると、全身を紅く染める人影が…。その人影は、背を丸め何かをむさぼっている。

 僕たちがその人影に近づくと、その人影はハッとした表情でこちらを見た。


「クオン?」

 立ち上がり、僕の名を呼ぶその人影はツクネだった。ツクネの右手には兵士の脚。膝下だけの足を振り子のように、ゆらゆらと揺らしている。


「クオン?何処かに行くの?私も連れて行って?」

 屈託のない笑顔で言うツクネ。


「クオン、ツクネは失敗作みたい…。」

 口の周りを赤く染めるツクネを見て、イーアが言った。


「ツクネ、お腹がすいていたのかな?」

 クオンの質問に、ツクネは手に持った足を一口かじり、話し始めた。

「なんだかね。お部屋の外が騒がしいから出てみたの。そしたらね、たくさんの人が倒れていてね。それでね、私に襲ってきた人を噛み付いたらね、美味しかったの!だからね、今はお食事中。クオンも食べる?美味しいよ。」


「ツクネ。君は失敗作だ…。人の味を覚えたらこの世界では生きていけないよ。」

「生きるよぉ!クオンの身体も食べさせて!」


 ツクネがクオンに襲いかかってきた。


 長く伸びた爪がクオンをかすめる。ツクネの身体能力は異常に高いが、戦闘力は皆無だ。


「クオン大好き!食べさせて!」

 ツクネが叫ぶ。

「私の一部になって!食べさせて!」

 尚も叫ぶツクネ。

 ゲシュタルト崩壊…。


 クオンの周りを駆け抜けるツクネ。たまに攻撃を仕掛けて来る姿は、獲物を狩る狐のようだ。背後から右手の爪で襲いかかるツクネ。クオンはツクネのその右手を掴み、その右手を短剣で切り落とした。

 1階のフロアに響き渡るツクネの断末魔。すべてのガラスを割ってしまいそうな、その高い叫び声はもはや人間では無い証拠だ。

 ツクネは切り落とされた手首を 涙を流しながら必死で繋げようとする。


「見てられないな…。さようなら、ツクネ。」

 クオンはそう言って、ツクネの首を胴体から切り離した…。

 ピクピクと動くツクネの左足。

 切り離されたツクネの頭はクオンを見つめている。


「クオン…大好き…。」

 ツクネはそう言って目を閉じた…。


 死んだツクネを見る僕にイーアが言う。

「ねぇクオン。悲しい?」

「仲間が死んだら悲しいだろ?」

「それだけ?」

「うん、僕たちはPretty しらけたVacant世代だからね…。」

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