第5話 ①

 北上するおれたちは雑木林を抜け、山間に延びる砂利道に合流した。この砂利道は車同士がどうにかすれ違えるほどの幅があり、ほぼ平坦だった。どうやら、廃中学校の西側から北上している道らしい。タイヤ痕があり、車の往来が皆無でないことが窺える。林業のトラックや林道ドライブの車などが来れば、道の真ん中を堂々と行進する隊列を早急に片側に寄せなくてはならないだろう。

 木陰が点在しているのは嬉しかった。とはいえ、勾玉を見つけた小屋からすでに一時間も歩いており、おれでさえ息が上がりかけている。次の目的地まではさらに一時間は歩くという。ナナの体力が気になり始めたおれは、休憩する旨をカズマに伝えた。

「じゃあ、あそこで休もう。ちょうど、椅子もあるし」

 先頭のカズマが歩きながら言った。彼の指差すほうを見ると、すぐ先の左側に、道と小川とが接近している箇所があった。向かって右の山の斜面に杉林、左の平地には雑木林があり、木陰が期待できる。

 もっとも、椅子などどこにも見当たらない。しいて言えば、二本の大きな丸木が、並べて置いてあるだけだ。

「ああ、そういうことか」

おれがそうつぶやくそばから、カズマは走り出した。そして彼は、道と小川とに平行して横たわる二本の丸木のうち、小川寄りの丸木の前に立つ。

「おれ、ここね」

 宣言したカズマは正面を道に向け、その丸木の手前側に腰を下ろした。

 道寄りに横たわるもう一本の丸木も使えば、それぞれが向かい合って休めるだろう。だが、ほかの子供たちも小川寄りの丸木に群がってしまった。

 ほぼ完全に枝が払われた二本の丸木は、どちらも五メートル以上の長さであり、直径は五十センチ前後だ。丸み具合といい高さといい、格好のベンチである。

 しかし、ナナには大きすぎたようだ。彼女はカズマの左隣に這い上がると、腰を落ち着け、両足をぶらぶらとさせた。

 ナナに並び、エリ、モリオ、キヨシの順に腰を下ろした。子供たちは皆、道寄りの丸木に正面を向けている。おれは彼らと向かい合うように、そのもう一本の丸木に腰を下ろした。

 期待どおり、この一帯は木陰となっていた。丸木のベンチもさることながら、心地よいせせらぎが聞こえ、まるで骨休めのために用意された場所のようである。

「今、何時?」

 モリオがおれに訊いた。

「えーと」おれは腕時計を見た。「十時三十八分だよ」

「弁当の時間にしようよ」

 おれの答えに意味などなかったかのようにモリオはほざいた。

「だから午前十時三十八分なんだって。まだ昼飯の時間じゃないよ」

 おれは告げたが、モリオは頬を膨らませた。丸顔がさらに丸くなる。

「モリくんって、すごい食いしん坊」

 エリがモリオを蔑視した。

 とはいえ、おれも空腹になりかけている。

「ほかのみんなは、もう食べられるか?」

 子供たち一人一人の顔を見ながら、おれは尋ねた。

「おれは構わないよ」

 カズマが答えると、エリとキヨシも頷いた。

「あたしも食べられるけど」

「ぼくもOK」

「そうか」おれはカズマを見た「参謀としては、ここで弁当の時間にしても問題はないと思う。リーダーの決断をどうぞ」

 振られたカズマは、得意顔で頷く。

「じゃあ、ここでお昼にしよう」

 リーダーの一声と同時に、モリオは背中のリュックを足元に置き、布の包みと水筒を取り出した。カズマとエリ、キヨシも、自分の足元に置いたリュックに手をかけるが、その三人が取り出したセットもすべて、布の包みと水筒だった。

「なんだかなあ」おれは苦笑した。「みんな同じじゃん。おれのとも似ているし」

 そんな言葉に構うことなく、四人はそれぞれ、自分の膝の上で包みを広げた。布の包みが覆っていたのは、どれもが揃って竹皮の包みである。問題は、それら竹皮の包みの中身だった。

「いただきまーす!」

 四人が同時に声を上げた。

「それ、何?」

 問うまでもなかった。四人の弁当はどれもが、直径五センチ弱の小さな茶まんじゅうが五個、だった。

「おまえら……まんじゅうが弁当なのかよ?」

「だって、好きなんだし。しょうがない」

 茶まんじゅうを頬張りながら、モリオが言った。

 頷いたほかの三人も、一斉に茶まんじゅうにかぶりつく。

「好きなんだろうけどさ」おれは辟易した。「申し合わせたみたいに、みんなが揃ってまんじゅうじゃん。まさか、おまえらの親が用意したんじゃないんだろうな?」

 そうではないことを願った。

「お小遣いを出し合って買ったの」

 答えたエリが水筒の飲み口に口をつけた。水筒の飲み口はストローになっている。よく見るとほかの三人の水筒も似たようなタイプだった。

「ふーん、そうなんだ」

 これ以上の追及は疲れるだけだ。

 おれは自分のリュックを足元に置いた。そして自分の弁当を取り出そうとして、ふと、正面を見る。

 四人が茶まんじゅうを食べている中、ナナは空を見上げながら、左右の足を交互に揺らしてリズムを取っていた。

「ナナちゃんは、お弁当、食べないのかい? ていうか、持ってきていないの?」

 おれが問うと、ナナは足を揺らしながら大きく頷いた。

「うん。持ってきていないよっ」

 しかも平気な様子である。

 考えてみれば、小さめの弁当箱でさえ、おれの握りこぶし程度のポシェットに入るわけがない。コンビニおにぎりが一個だけならどうにか入るかもしれないが。

 それにしても、ほかの四人の素知らぬ様子が気に入らなかった。かいがいしくナナの面倒を見ているエリは、何も感じていないのだろうか。

「おまえらな――」

 説教しようとしたが、すぐに言葉を吞んだ。ナナより年上とはいえ、やはり彼らも子供なのだ。

「ナナちゃん、こっちにおいで」

 おれはナナに手招きした。

「なあに?」

 茶まんじゅうに夢中の四人をよそに、ナナは丸木からぴょんと飛び下り、おれの前に来た。

「隣に座って」

 おれは右に腰をずらし、表皮が剝けて滑らかになっている部分を空けた。この部分は深くえぐれており、ナナの体格にちょうどよい高さとなっている。

「うん」

 答えたナナはおれの左にちょこんと腰を下ろした。

「おにぎりだけど、ナナちゃんのぶんもあるよ。お兄ちゃんと一緒に食べよう」

 そう誘うと、ナナはおれを見上げた。

「ナナちゃんのおにぎりもあるの?」

「あるさ」

 答えたおれは、リュックから取り出した布の包みを自分の膝の上でほどき、ラップでひとまとめにされた三個のおにぎりをナナに見せた。のりをくまなく巻いた丸いおにぎりである。若干だが、コンビニおにぎりよりは大きめだ。ナナにはオーバーサイズかもしれない。

「わあっ」

 ナナは相好を崩した。

「さあ、どれがいいかな……って、三つとも中身は同じなんだけどね」

 三個とも昆布の佃煮にした、と祖母に告げられていた。

「ナナちゃんは、えーとね、ちっちゃいおにぎりがいいなっ」

 両肩を揺らしてナナは言った。

「大きさも同じだよ。その前に……」

 ひとまとめにされたおにぎりを膝の上に置いたまま、おれはリュックからビニール袋を取り出す。

「これで手を拭こうね」

 ビニール袋から取り出したおしぼりを広げ、ナナに渡した。

「はーい」

 元気よく返事したナナは、受け取ったおしぼりで手を拭き始めた。

「ていうか、あいつらは、汚れた手で食っているのかよ」

 茶まんじゅうを食べている四人を見ながらつぶやいた。もっとも、当の本人たちはもとより、ナナにさえ、おれのつぶやきは聞こえなかったらしい。今さら何を言おうと手遅れだ。水を差すのはよそう。

 気を取り直し、リュックから水筒を取り出した。

「ナナちゃん、おにぎりの前に、これ、飲もうか」

 おれは言いながら水筒の麦茶をふた兼用のコップにそそいだ。

「うん」

 頷いたナナから、おれはおしぼりを受け取った。

「いただきまーす」

 ナナは小さな左右の手のひらを合わせ、拝むようにお辞儀すると、麦茶の入ったコップを受け取った。

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