第4話 ②
道は平坦だったが、背の高い雑草をかき分けなければならない箇所もあり、行程は決して楽ではなかった。
剝き出しの両腕を雑草で切らないように、おれは神経をすり減らした。もっとも、子供たちは両腕ばかりか両足も露出しているのだ。よく怪我をしないものだ、と感心してしまう。
カズマだけでなく、エリもモリオもキヨシも、お宝のありかまでの道順は把握しているらしい。ナナでさえ、いくつもある分かれ道をどちらに曲がるのか、その手前に差しかかるたびに、「こっち」と指差しながら予告するほどだ。この雑木林の至るところが彼らの普段の遊び場となっているに違いない。一抹の不安を抱いたおれは、幼い頃のおれを牽制した父の気持ちがなんとなく理解できた。
「地図なんて必要なかったじゃん」
最後尾につくおれは、歩きながらこぼした。
「宝探しには地図が必要なんだよ」
先頭を行くカズマがそう返した。雰囲気を盛り上げるためのアイテムは必要なのだ、と言わんばかりだ。四つ折りにされたその地図はカズマの半ズボンの後ろポケットから半分ほど飛び出している。
「ねえ、カズくん。遠回りでいいから、雑草の少ない道のほうがよかったよ。この道、なんだか歩きにくいな」
二番手でナナの手を引くエリが、心底つらそうに訴えた。彼女は自分に雑草がかかってでも、歩きやすい空間をナナに作ってあげている。
「おれも同感。こんなんじゃ、かえって時間がかかるし」
そう訴えるモリオはナナに続く四番手だった。歩きながら、立ちはだかる雑草を器用に足でねじ伏せている。
「宝探しは他人に知られないようにやらなきゃ。人目につかない道を選んだことは正解だと思うけどな」
五番手を行くキヨシはカズマを支持した。すぐ前のモリオが雑草をねじ伏せてくれるおかげで、特に支障なく歩いている。
最後尾のおれも多少はモリオの恩恵を受けられた。とはいえ、最後尾なりに背後が気になる。得体の知れない何かがまた迫ってくるのではないか――そんな不安がぬぐいきれない。
ふと、疑問を覚えた。
「キヨシの発言に異議あり」おれは言った。「この林の中なら、どこを歩いたって人目につかないんじゃないかなあ」
「えーと……」
キヨシは言葉に詰まったらしい。
「タカ兄ちゃんに異議あり」カズマがキヨシに代わって発言した。「道があるっていうことはさ、人が通るっていうことじゃん。あーあ……キヨシだけだよ、おれの演出を理解してくれるのは」
「ナナちゃんも鉛筆は知っているよっ」
エリのおかげで難なく足を進めているナナが、カズマの背中に言った。
「ナナちゃん、鉛筆じゃなくて演出だよ」
ナナの手を引きながら、エリが訂正した。
「えんしゅつ、ってなあに?」
おそらく、今の時点でこの宝探しを満喫しているのは、こんな余裕があるナナだけだろう。
「カズくん、答えて」
エリは、答える役目をカズマに転嫁した。
「わからん」
「ばかじゃん」エリの声音が険を帯びた。「カズくんって本当にばかじゃん」
「おれはばかじゃねーよ。エリだって答えられないくせに」
振り向きもせずにカズマは言い捨てた。
「わからないで口にするから、ばかなんじゃん」
エリは引き下がらない。引き下がらない、というよりは、物理的にカズマとの距離を詰めていく。ナナは強引に引きずられている感じだ。
「ばか、って言うほうがばかなんだ。というより、大ばかさ。そう、エリは大ばかさ」
カズマもエリと同様に感情が高ぶっているらしい。
「あたし、大ばかじゃないもん」
エリはカズマのすぐ後ろに迫っていた。
モリオは呆れたように首を横に振り、キヨシはげんなりとうな垂れた。
「いいや、大ばかだね」後ろの様子に気づいているのかいないのか、カズマの口調も変わらない。「こんな道くらいで音を上げるなんて大ばかだろう。だいたいさ、今日はいつもみたいには歩けないんだ。いつもの道だって通れない。そんなことも理解できないで、エリは本当に大ばかだ」
「いい加減にしろ!」
おれは怒鳴った。
全員の足が止まる。
キヨシ、モリオ、ナナ、エリの順に振り向いた。きょとんとしているナナを除き、三人はおれの剣幕に驚いている様子だ。最後に振り向いたカズマは、すぐ目の前にエリの後頭部があったことに驚いたらしい。
おれまでが熱くなってはいけない。感情を抑えつつ、伝えるべきことを伝える。
「こんなことでいがみ合ってどうするんだ。せっかくの宝探しが台なしになるぞ」
「ごめんなさい」
エリがナナの手を離してうつむいた。
ばつが悪そうにカズマもうつむく。
「おれも悪かった。ごめん」
「なら、先へ行こう」
とおれが言うなり、ナナがカズマの横を走り抜けて前に飛び出した。
「ナナ!」
カズマが叫ぶと、ナナはすぐに立ち止まり、道の先を指差した。
「ほらっ」
十メートルばかり先で道幅が広くなっていた。雑草の少なさと相俟って、この先は歩きやすそうである。
「カズくんとエリちゃんが仲直りしたから、道が広くなったんだよっ」
屈託のない笑顔でナナは言った。
「その先は最初から広かったし」
カズマが片手で頭をかいた。
一方のエリは、うつむいたまま頬を紅潮させていた。
とりあえず諍いは収まったが、おれはカズマの「今日はいつもみたいには歩けない」という言葉を頭の中で反芻していた。もしかすると、このおれがみんなの足を引っ張っているのかもしれない。だが、せっかく和んだ雰囲気を損なう恐れがあり、それを確認することはついにできなかった。
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