余計な毒まで飲み干す君はどうしようもなく可愛い子

七夕ねむり

第1話

可愛いものが好き。

柔らかいものが好き。

いい匂いのするものが好き。


女の子が好き。


それがどう違うというんだろう。

私にはずっとわからない。



「亜紀ちゃん!なんかいいのあった?」

由花子は丸い瞳をキラキラさせて私の手元を見る。

「うーん、これどう思う?」

水色のストライプのポーチを目の前で振って見せる。彼女とはまた違った眩さを孕んだチャームがちらちらと目の端で踊る。丸い手のひらサイズのポーチに入れるものなんてあっただろうか。

「可愛い!」

色も可愛いね!シンプルだし亜紀ちゃんっぽい!可愛いものに目がない彼女は私よりはしゃいでいいなと笑う。

「ピンクも色違いであったよ」

「え!本当!?見たい見たい!」

その勢いに押されながら私たちは狭い雑貨屋を練り歩く。どこかに見落としている素敵なものがあるんじゃないかとでもいうように目線を売り場に彷徨わせながら。


「本当だ!ピンク可愛い!えっ、黄色もオレンジもある!」

ねえどうしよう、どれがいいと思う?そう迷う後ろ姿が時折困りながら振り返るので、薄っすらと口元が緩んでしまう。

「そうだね、可愛くて迷っちゃうな」

本当は迷ってはいなかったのだけど、彼女の返事が予想できたのでそう言った。

「やっぱり!亜紀ちゃんも迷う?私も迷いすぎて困るー」

困る、と言いながらも眉を下げて目尻も下がる横顔をずっと見ていたいなと思う。


「あ、これなんだろ?」

彼女は別のものに興味を奪われたらしい。すらりと伸びた指の先を辿ると、綺麗な小瓶がいくつも並んでいた。薄桃色の一つを手に取って、そっと鼻を寄せてみると、甘ったるく、それでいて花のような煌びやかな香りがした。

「香水、だね」

「綺麗な瓶!いい匂いもする!」

「そうだね」

由花子の反応があまりにも子供のそれだったので、くすくすと思わず笑いが漏れてしまった。

「亜紀ちゃん…馬鹿にしたな?」

「そんなことないよ」

「なんかわかんないけど、絶対馬鹿にしたー!」

「気のせいだってば」

可愛いなって思っただけだよ。

そう言ったら由花子はどうするんだろう。私は言えもしない言葉の未来を考える。

「ね、これすごくいい匂い」

そんな私の気も知らないで、あどけない笑顔でねえねえと由花子が呼ぶ。

「どれどれ?」

「ほら、ふわっと爽やかな匂いがするでしょ?」

由花子が手には繊細な硝子細工に、青空を一欠片落としたような瓶があった。パタパタと仰いでみると柑橘系のようでいて、心地の良い甘さがふわふわと鼻先に届いた。

「いい匂い」

「ね!」

どうしよっかな、買おうかな。その瓶を手に持ったまま、落ち着きのない彼女はひらひらと紺色のプリーツスカートを揺らす。

「そうだ、ポーチはどうするの?」

思いついたように言って見せると、ああそうだったと彼女は頭を抱えた。

「残念だけど、これはまた今度にしよっかなあ」

名残惜しそうに空色の欠片を棚に置く。

「そうだね、また今度見に来ようよ」

「うん!そうする!」

答えが決まったらしい彼女はくるりと背を向ける。見慣れたセーラー服が棚の影へと消えていく。

彼女の残していった小瓶を摘んで、そっと鼻を近づけた。



「明日からこれ使おっかな!ねー、亜紀ちゃんも一緒に使お?」

「そうだね、そうする」

二人して同じお店の同じ大きさの紙袋を下げて、並んで歩く。


「あ、そうだ。…ねえ由花子」

なに?と突然足を止めた私を少し先を行く彼女が振り返る。



“さっきの香水、由花子にはちょっと合わないかも”



一歩彼女に近づいて、そっと小さな耳に囁いた。

「えー!なんで?!」

「うーん…ちょっと大人っぽすぎる、ような?」

あははと思ってもいないでたらめを口にして、笑って見せる。亜紀ちゃん意地悪だよと言われて本当にその通りだなと思った。

「そのままじゃだめなの?」

「え?」

「由花子はいっつも甘い匂いがするけどな」

「それ、柔軟剤じゃない?!」

今度は二人して笑ってしまう。


「まあ、亜紀ちゃんがそう言うならいっか」


ちょっと照れくさそうに言った由花子は、決まり悪そうにはにかんだ。どくんと心臓が跳ねて、それからばくばくと煩い音を立てる。絶対伝わってないと解りきっているのに、なんだか私の気持ちが見透かされた気がした。絶対、そんなわけないのに。


夕暮れの中で、小さな紙袋を揺らす。

とりあえず、今日買ったこれには何を詰め込もうか。私は家へ帰ってからの算段をとり始めた。

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余計な毒まで飲み干す君はどうしようもなく可愛い子 七夕ねむり @yuki_kotatu1

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