35

 高校一年生の冬、隣りの県に、バンプオブチキンのライブを見に行った。サンボマスターに続いて、人生二度目のライブ。ただ、自分から行きたいと思って、必死になってチケットを取ったのは、生まれて初めてだった。

 当日、朝から友達と特急列車に乗って出かけた。車内では、二人とも無言でiPodを再生していた。何百回と聴いた曲たちを、また聴いて、予習した。

 ライブ会場は海に面したスタジアムで、地元のライブハウスなんかとは比べ物にならないくらい大きくて、ちょっとビビって、でも、その何倍も興奮して、会場の中に入った。

 僕たちの取ったチケットのブースは、最高の場所だった。一番ステージに近い列の、真ん中のブース。僕はすっかり煮え切った頭で、ステージを見上げながらライブの始まりを待った。

 メンバーが登場した時よりも、ギターの最初の一音が響いた瞬間の方が、感動するんだと教えられた。足が震えて、心臓が高鳴った。それから二時間、この面倒くさがり屋な僕が、拳を振り上げて、周りのみんなと同じように、曲に合わせてジャンプし続けた。疲れなんて一切感じなかった。終わるころには、全身がびっしょりと汗ばんでいた。

 帰りの電車は、二人とも興奮しきっていたから、ずっとしゃべっていた。そうしていないと落ち着かなかった。

 駅で別れて家に着くころには、とっくに日付が変わっていた。両親はすでに寝ている。明日は学校だ。布団に倒れこむと、ライブの余韻に浸りながら、思った。

 夢のような一日だ。


   *


 最後に来たのはいつだったろう。少なくとも、高校に入ってから来た記憶は無い。砂浜の入り口に自転車を止めて、重たいバックを持つと、僕はあてもなく歩きだした。

 ずっと自転車を漕いでいたから、体が暑い。あのライブの後のように、全身が汗ばんでいる。学生服を脱ぐと少し寒くて、何故だか潮の香りが強まった気がした。夏の終わりか、秋の始まりか。どちらともつかない季節の風が、僕の体をそっと冷やした。

 家から出て初めてイヤホンを外すと、あまりに静かで驚かされた。何かを洗うような波の音がよく聞こえる。周りを見渡すけれど、どこにも人が見当たらない。まるで世界から忘れられたような、そんな場所。

 静かすぎて寂しくて、またイヤホンをはめた。ふと、遠くに三、四メートルほどの高さの岩肌が見えた。

 あそこにしよう。

 僕はまた、ぽつぽつと歩き始めた。バッグがずっしりと重たい。

 

   *


 ライブから帰ってきて数日後、僕は両親に学校を辞めたいと言った。バンプオブチキンのボーカル藤原基夫も、高校一年の半ばに中退していたからだ。正直、頭が煮立っていたとしか考えられない。「高校中退」という肩書が欲しかっただけだ。

当然、両親は猛反対。イジメを受けているんじゃないかなんてことも疑われた。本当の理由なんて言えるわけもなく、僕はただ頑なに、学校を辞めさせてくれと、両親に言い続けた。

「頼むから、高校だけは卒業してください」

 母親に泣きながらそう言われて、目が覚めた。高校に進学してしまった以上の後悔に襲われた。こんなはずじゃなかったと、僕は頭を抱えた。もっとスマートに、両親を説得して、学校を辞める予定だったのに。

 泣きながら謝った。ごめんなさい、学校に行きます。

「そんなころころ考えを変えるくらいなら、何も言わない方がマシなんだよ」

 父親に怒鳴られて、ごもっともで、もっと泣いた。

 結局、学校を辞めることは無かったし、二年になったら、ちゃっかり行きたい大学まで決めてしまった。最近では、「学校辞めるって言ってたくせに」と、何故か母親は不服そうに言って、笑いのネタにする。それがありがたくて仕方がない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る