30
「久しぶり」
梶原の部屋で、漫画を読んでいた姉ちゃんは、梶原の後に続く僕を見て、ちょっと驚いてから、ふっと優しく微笑み、三年前と変わらない姉ちゃんの声で、そんな軽めのあいさつをした。
行くまではいろいろ話そうと思ってたのに、いざ会ってみると、何も言えなくなってしまう。僕は姉ちゃんと初めて会ったときみたいに、えっと、と言葉を探してしまった。そんな僕を、相変わらず微笑をうかべながら、黙って見ている姉ちゃん。よく考えがまとまらないまま、何か言わなきゃというそれだけで、そういえば、と僕は口を開いた。
「バンプの新譜、聴いた?」
やっぱり、そういう話題しか思いつかなかった。僕と姉ちゃんとを繋げてくれた音楽。僕と姉ちゃんを繋げる、一本だけの細い糸。僕が姉ちゃんの何を知ってるかって、音楽の趣味と、彼女の夢。それだけなんだ。一番安易で、一番広げやすい話題。手始めに、切り出してみた。けれど。
「ああ、この前、秋に出たやつねー。ごめん、まだ聴いてないんだ」
姉ちゃんはバツの悪そうな顔で、謝った。僕は意外すぎて、驚いて、呆然と、姉ちゃんを見つめた。悲しくはない。
姉ちゃんは不機嫌そうに続けた。
「ていうか、そういうの、もうあんま聴いてないんだよね」
言われた瞬間、全身に、悲しさと、寂しさがドッと波のように勢いよくぶち当たってきた。その場に立ちすくみ、そうなんだ、と告げた。声が震えているのがわかる。泣くかもしれないと思った。
糸をたぐり寄せたその先に、姉ちゃんはいなかった。
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